「single-blog.php」* 有料カテゴリ:「今日の迷信・余言・禁言」は月額1,200円で読むことが出来ます。// ざっくりとは終了 // Header画像を変更する事

今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


遺しておきたい「年賀状」という日本の文化


毎年、この季節になると「年賀状屋さん」ではなかった「年賀状を扱う印刷会社さん」から「来年用の年賀状見本の案内」がメールで送られてくる。それが来ると、また今年も“そういう時期になったのか”という感慨を持つ。来年は、干支で言えば「癸卯」の年→“ウサギ(卯)年”ということになる。それで、新しいデザインをいろいろと視てみたが、いま一つ「これで行こう‼」と決断できるものが出て来ない。そこで、時間を食うのでいったんあきらめ、また時間が出来た時に考えよう、ということにした。毎年、私は年賀状の中に書き込む文章だけは“オリジナルのもの”を書き込むスタイルとしているので、そういうことが可能な「デザイン見本」の会社でないと頼まない。したがって、印刷会社なら“どこでも良い”というわけではない。それに、年賀状のデザインそのものも、なるべく“他の人とは異なるもの”を信条としているので、そうなると“択び出す”のも、そう簡単ではない。毎年、送る人自体はどんどん少なくなっていく。亡くなってしまう方もいるし、疎遠になってしまう方もいるし、最近はSNSの発達で、わざわざ「年賀状を出す」ということ自体を“無意味”と考える人も多くなった。そういう風に書いて来られる方には、迷惑かもしれないので二度と出さない。ただ「年賀状」という日本の風習自体は、私個人は“善いもの”だと思っている。いまは魅力が薄れてしまったが、年賀状の籤というのも、それ自体は魅力的である。近年、あまりにも“景品がお粗末”になって来て、あれはどうにかできないものだろうか。私は、こと年賀状に関しては「通常ハガキ」よりも十円くらい高くして、それを“景品”に充てると良いと思う。そうすれば、年賀状なのだから、多少高くなっても、用いる人は用いるし、ほんとうの意味での“ステキな景品”が当たるのであれば、何ら問題がない。欧米の場合、クリスマスカードが年賀状を兼ねているらしい。もっとも、あればキリスト教徒のカード交換だから、日本のような“習わし”とは微妙に異なる。中国や韓国でも「年賀状」そのものはあるらしいが「春節」と呼ばれる“旧暦の1月1日”から出す形で、やや季節的に「新年おめでとう」という感じに日本人の場合ならない。世界的にも「年の初め」は太陽暦としての1月1日を指す。「日本」は、古代エジプトと同じく“太陽神=ラー=天照大神”の国なので、太陽暦が相応しいのだ。
「ex-module-past-post-list-01.php」出力:single-post用の過去記事ループ処理

過去の記事一覧今日の迷言・余言・禁言