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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「両親ともウクライナ人」でも「ミス日本(⁉)」


「何人⁉」という定義の根本はどこにあるのだろう。時々わからなくなる。先日、両親ともウクライナ人の女性が「ミス日本」に輝いた。5歳の時からずっと日本に居て、現在も“日本人モデル”として頑張っているのだから「ミス日本」でもおかしくない……という評価のようだった。そうだろうか。どうしても私には引っ掛かる。5歳の時、離婚していた母親とともに来日し、その母親が日本人男性と再婚をし、国籍も日本人になっているから、本人の中では“日本人”に違和感は持っていないらしい。美しく聡明な女性なので「ミス日本」で勝ち残ってきた女性たちの中でも、ひときわ目を引いた。だから、そういう意味では「ミス日本」に選ばれたことは少しも不思議ではない。それはそうなのだが、この選考会は“未婚の日本人女性”として“最も美しい女性”を択んでいく大会ではなかったか。そうだとすれば、本来は彼女がグランプリでも「純潔日本人女性」をグランプリとし、彼女を“準グランプリ”とする方が妥当なように、わたしには思われる。そうでないと、もし何人も彼女のように両親とも外国人で“日本国籍を有している女性”が出てきた場合、毎年「ミス日本」なのに、日本人の血は「半分も含まれていない女性」がグランプリとなってしまう可能性が出て来る。別にそれでも良いが、国際的にも“日本を代表する女性”として、日本人の血が半分も含まれていない女性が「日本女性とは彼女のような女性です」と紹介される可能性もあり、なんとなく哀しいというか寂しいというか複雑な気持ちになる。じつは週刊誌が彼女の近況を追っていて、日本人の既婚医師との“度重なるデート”“お泊り熱愛”を問題視しているのだが、問題視すべきは“そこ”ではなくて、いや、そこも多少は問題かもしれないが、それよりも“両親ともウクライナ人”という“その部分”の方に、わたしは或るような気がしてならない。
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