もう一人の自分を演じる……別に俳優でなくても、そういうことはたまにある。例えば、既婚なのに「独身」と偽ったり、会社員なのに「芸術家」と偽ったり、50歳なのに「34歳」だと偽ったり……その程度のウソなら、急場しのぎに誰でも一度くらいはつくことがある。けれども、世の中「ついてはいけないウソ」というものもある。別人に成りすますこと、それも「行方不明」の別人に成りすますこと。これは絶対にやってはいけない。その家族にとってみれば、ワラをもつかむ気持ちで捜し続けているのが普通だからだ。今月3日、アメリカのオハイオ州で8年前から「行方不明」になっていた少年が発見された、という第一報が届いた。その青年の主張によると、頑強な二人の男に監禁され、8年間にわたって各地を連れまわされていたが、すきを見て逃げ出し救助を求めたのだという。その青年の顔面には複数の打撲痕があり、着ているものもボロボロだった。だが、警察は慎重に確認作業を行った。行方不明当時の写真や特徴と相いれない部分があったのだ。もし青年のいうことが正しいなら、彼は14歳のティモシー・ピッツェン君でなければならない。それに14歳というには少し大人びすぎていた。言葉遣いにも首を傾げる部分があった。結局、DNA検査によって確認することになった。その結果出て来たのは、全くの別人、それも犯罪者リストに該当する人物がいたのだ。ブライアン・マイケル・リニという23歳の人物だった。しかも、この人物は一か月前まで一年以上も刑務所の中に居た。つまり「監禁されていた」という部分だけが事実だったのだ。この男は、強盗と器物損壊とで収監されていた。彼は出所後、たまたまTV番組で8年前の失踪事件を知った。そうして、そのTV番組に出ていた失踪少年の父親と自分の父親との違いに愕然とした。自分も、ああいう父親だったのなら、今のようにはなっていなかったのに…と感じたのだ。そうすると、あの可哀想な父親の“息子”に成り代わってあげたなら、あの人も、そして自分も、新たでハッピーな人生を歩めるのではないだろうかと思ったのだ。この「行方不明」事件は謎が多く、当時、失踪直前まで一緒だった母親はホテル内で自殺していた。そうして「息子は安全なところに居る。捜さないで欲しい」と記された書置きがあった。この“なりすまし”が発覚して報道された後もティモシー・ピッツェン君から連絡はない。
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