「疾風」という言葉があるが、日本におけるキックボクシング界の沢村忠氏の“出現”と“幕引き”は、まさにそういう感じだった。一時期“行方不明説”や“死亡説”が流れて、その後の消息も知れないままだったので、或いは“噂”は真実だったのではないか、と私などは思っていたものだった。今でこそ日本の格闘技はさまざまな分野が競い合っているが、1970年代には“ボクシング”と“プロレス”と“キックボクシング”の三つしかなかった。「キックボクシング」は、タイの「ムエタイ」にヒントを得て多少“日本流”にアレンジした部分があったように思うが、“新しいスポーツ”としてTVに登場した。そのレジェンドが沢村忠氏だった。彼の出現によってキックボクシングは一躍“人気格闘技”として脚光を浴びた。一つには彼が連戦連勝で、無敵の強さを誇り、その決め技としての「真空飛び膝蹴り」が見事なまでに決まって相手選手が倒れ落ちていく姿が、多くの若者を熱狂させたのだった。その沢村忠氏が肺がんで3月26日に亡くなっていたことが親族により公表された。過去の“行方不明説”や“死亡説”は、何だったのだろう。一つには、そういう噂がまことしやかに思えるほど“突然引退”したからだ。おそらく、その引退もやみくもに包まれるような形で、公式の引退発表はなかった。何度か“敗れて”消えていったのではなく、突然TVに出なくなった。何かがあったからだろうが、その後も「キックボクシング」は番組として続いたが、まるで“嵐”が去ったように、ブームは消滅していった。そして、ほどなくしてTV番組も消えてしまった。謂わば、最初で最後のキックボクシング界の寵児だったのだ。時々、どんな分野でも「ブームを引っ張っていく人物」というのが出現する。その人物が出て来たことで、その分野自体が脚光を浴び、その人物が消えてしまうと、あっという間に“世間のブーム”自体も火が消えてしまうのだ。そういう人物は「それに魂を賭けている」場合が多い。ただ一人からでも“開拓”は可能なのだ。
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