私は昔から自分の顔の“法令線”がクッキリしていないことが嫌だった。“法令線”とは小鼻脇から口唇を取り囲むように刻まれる筋のことである。どうして「法令線」という名称なのかというと、上司から部下に対して“命令を発する”、或いはお上から下々に対して“法規を発する”、そういう時に効果を発する筋だからだ。つまり、筋のある者が、筋のない者に対して“命令する”形を取ると、筋のない者はそれに逆らうことが出来ない。そういう筋だから「法令線」という。決して“やくざの世界”を言っているわけではない。一般的に言えば、法令線のクッキリしている人は“自らの守備範囲”というものを悟っていて、その範囲内の職務には“絶対的な自信”と“或る種の義務感”を持って生きている。そして、その法令線が若い頃からクッキリしている俳優の一人に“舘ひろし氏”がいた。「石原軍団」の一人として登場した俳優だが、近年は単独で主役に起用されるケースが多くなった。映画「終わった人」もそういう作品の一つで、出世コースから外れて子会社で定年を迎えた男を描いた地味な作品だ。派手なアクション映画ではない。今回モントリオール世界映画祭に出品された「終わった男」の舘氏の演技は、審査員たちに「定年前から定年後の主人公の心情の変化を見事に表現している」と絶賛された。法令線が深く刻まれた男が演じた“命令を発することなく終わった男”は、けれども、世界中に居るだろうその人たちの心情を見事に描き出したのだ。その結果、最優秀男優賞という役者として“最高の栄誉”を与えられた。1999年に「鉄道員」で高倉健氏が受賞して以来の快挙であるらしい。当たり前の話だが、役者は自分とは異なる人生を歩んだ人物を演ずる。時として役者に“異なる人生を歩んだ人物”が憑依しているのではないか、と思うほどに迫真の演技となることがある。“猟銃自殺”する直前に演じた田宮二郎氏の遺作演技は、まさにそういう迫力があった、と誰かが語っていた。もしかすると、何千何万の“出世コースから外れた人達”の想念が、舘ひろし氏の肩に憑依していたのかもしれない。
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