このところ週刊誌業界が大忙しだ。さまざまな“スクープ合戦”が繰り広げられている。もちろんトップを走るのは『週刊文春』だが、『週刊新潮』や『週刊女性』や『女性セブン』なども追従している。スポーツ新聞各紙もこれに加わるが、締め切りに追われるスポーツ紙は“スクープ”があっても、深く掘り下げられない。一時期は写真週刊誌が隆盛を極めたが、誰もがカメラを携帯するように変わって、“写真”だけでは納得しない時代になった。私は大昔、最初に『週刊文春』へと着目したのは「疑惑の銃弾」スクープが報道された時からだった。言わずと知れた“三浦和義氏の「ロス疑惑」報道”で、まだ世間が誰も注目していない時だった。『週刊文春』はただ一誌だけ「疑惑の銃弾」というタイトルで、当時・輸入商であった三浦和義氏の妻がロサンゼルスで銃弾を浴びて死亡したのは、保険金目的で“仕組まれたもの”だったのではないか、と報道したのだ。私は、その週刊誌をたまたまどこかのレストランで暇つぶしに読んだ。当時としては異色の内容で、私の記憶が間違いなければ最初から連載形式をとっていた。私は大変に興味を持ち、周りの人達に「あれって本当なのかな?」と反応を確かめてみた。ところが、誰もその記事には関心を示さなかった。というか知らないようであった。それから確か“第二弾”が出て、そのあとでTVの夜の番組で、初めて“疑惑の本人・三浦和義氏”のインタビューと共に、その事件の大要が報道された。それも“疑惑の人物”としてではなく、最初は“妻を撃たれた悲劇の主人公”としてのインタビューだった。そうなのだ。最初TVは彼を“悲劇の主人公”として登場させたのだ。つまり、文春側とは逆の立場で“擁護する立ち位置”からスタートしたのがTV報道だった。この時、一般の事件の被害者のようにカメラを意識することなく振舞えば“被害者”で終われたのだが、彼はあまりにも“華やかな印象”を刻みすぎた。それが、つぎつぎと取材を受ける形へと転じていき、“疑惑”もまた注目を集めるように変化していったのだ。ところで今の文春は、あのころと違って、黙っていても“スクープ”が飛び込んでくる。実際には“スクープ”をさばき切れていないのではないか。もう“ひと掘り”するための『隔週文春』を発行すれば、第二の「疑惑の銃弾」が生まれて来るのではないだろうか。
最近、わたしはときどき録画して溜まっている昔の「洋画」や「邦画」を観る。洋画の方が圧倒的に多いが、たまには邦画も観る。すると必ずと言っていいほど、現代では“相応しくない表現や映像” 続きを読む
ときどきマスコミ報道の中で「スタグフレーション」という言葉を耳にするようになってきた。この言葉の意味は「景気停滞しているのに物価上昇が続いている現象」のことだ。なぜ、こんな言葉が使 続きを読む
お笑い芸人「もう中学生(丸田典幸氏43歳)」が、モデル・タレント恵理氏(32歳)と結婚、それをTV番組の中で自ら報告した。「もう中学生」とはいうが、もう43歳になっていた。二人のコ 続きを読む
「三度目の正直」という言葉がある。この言葉の意味は、ほんとうのところ、よくわからない。通常は、一度目や二度目は上手く行かなくても、三度目であれば上手く行く……という意味で使われる。 続きを読む
「紀州のドン・ファン」殺害(⁉)事件の大阪高裁の判決が出た。一審と同じく「無罪」だった。和歌山の資産家・野崎幸助氏が急逝覚せい剤中毒死した事件だが、元妻である須藤早貴被告(30歳) 続きを読む
3月から4月にかけて、北国では“化粧のような雪”が降ることがある。つまり気温が上がって、路上の雪が溶けだして時間が経つと、それはどんどん“黒っぽく”なる。白かったはずの雪が黒くなっ 続きを読む
私も知らなかった。学校の校長というのは「教員免許」がなくても“成り得る”職業だったということを。実際、そういう形で校長となって、その顛末を書籍化した『素人校長ばたばた日記』という本 続きを読む
どの世界でも「蛇の道は蛇」で、その世界だけでは知られている“裏方たち”がある。「同人誌」の世界で広く知られているのが新潟の有限会社「あかつき印刷」だ。元々が同人誌で描いていたことが 続きを読む
記憶喪失は小説やドラマなどでは“事件のカギを握る設定”として、よく用いられる。けれども現実には、その後の人生に“暗い影を宿している”ケースが多い。愛知県の岡崎城公園付近で、男女のカ 続きを読む
今日からか、昨日からか、よくわからないが日本の高市首相が訪米し、アメリカのトランプ大統領と会談する。こういう訪問日程は、当然のことながら相当前に決められるもので、或る意味では“どう 続きを読む