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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


♬けれども 問題は…傘がない 行かなくちゃ


元フジテレビの大島由香里氏が今日1月28日に「紅茶入れて」という曲で歌手デビューするそうだ。最近はアナウンサー出身の人が、いろいろな分野にチャレンジしているのを見掛けるので、これもその一つなのに違いない。この曲はタレント木梨憲武氏がプロデュースし、所ジョージ氏が作詞した楽曲であるらしい。近年は、若い人たち向けの歌はあっという間に浸透していくようだが、中年以降の人達が“口ずさみたくなるような歌”はあまり流行らない。特に“日常のさりげない光景”を切り取ったような歌を、ほとんど耳にしない。そういう意味では、この種の歌がもっと出てきても良い。そう想ったら、急に大昔、まだ20代に入って間もなくの頃、友達の家で初めて聴いた井上陽水氏の「傘がない」を聴きたくなった。そこでネット上に探して久し振りに聴いた。「傘がない」を初めて聴いた時、わたしはちょっと衝撃を受けた。こういう日常のちょっとしたことを“鮮やかに歌い上げる”井上陽水という歌手の美声に驚いたからだ。そして、いま再び“その初期の頃の歌声”を耳にして「そう、こういう声だった」と改めて想った。当時の日常が鮮やかに蘇えった。それに、なにも歌わない間奏も情緒があって実にいい。そう、最近の歌は、この何も歌詞を入れない間奏の楽譜に魅力のあるものが乏しい。「傘がない」という曲は、もう50年も前の曲だと思うのだが、いま聴いても、すこしも色褪せた感じがしない。とても新鮮で“青春期の大切な1ページ”という印象を与える。ハッキリ言って歌詞の内容は身勝手なものなのだが、むしろ、それが青春時代の“若さ”や“幼さ”や“愚かさ”を見事に表していて、とてもリアリティある作品となっている。そして、その歌詞内容に相応しい透明感のある当時の歌声が素晴らしい。こんなことをいうと“陽水ファン”から叱られそうだが、彼のような歌声でも、やはり年齢とともに“透明感”は薄れていった。松山千春氏もそうだったが、初期の頃の透明感ある歌声は、しだいに技巧だけで創られた声質へと変貌していく。それは仕方のないことで、そうであれば、その声質に合った“大人の歌”に変えていけば良い。ところが、これがなかなかに難しい。かつて、十代の時にパンチの利いたジャズ歌謡で一世を風靡した弘田三枝子氏は、その途中から人気が低下しアメリカへと旅立った。そうして、日本に戻って以降、今度は「人形の家」という日本歌謡とも西洋オペラとも言えないような“独特の歌唱法”で再び人気を掴んだ。ただ年齢とともに、その歌声は徐々に弱々しくなっていった。いまは、こういった“その人の人生”を感じさせる歌謡曲が少ない。
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