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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「マンホールの蓋」として生きていく


8月15日に乳がんの為53歳の若さで逝った「ちびまる子ちゃん」の作者・さくらももこさん。その彼女が描いた「マンホールの蓋」のデザイン画が公表された。実に明るく爽やかな印象の「ちびまる子ちゃん」が描かれた“マンホール画像”である。提案された静岡市としては8月下旬に“お披露目”予定だったらしい。つまり完成したが、彼女の死には間に合わなかったのだ。多分、さくらももこさん自身はそうなるだろうことを感じていたに違いない。だから、あえて自分の故郷である静岡市の方へ、自ら提案したに違いないのだ。自分の“身代わり”である「ちびまる子ちゃん」が“マンホールの蓋”になって、学童たちの行き来を見守り続けていたい。或いは、いつまでも学童たちと“向き合って”いたかったのだ。彼女の“生まれ育った”静岡市には、原作の記念館である「ちびまる子ちゃんランド」がある。さらに、彼女が作詞した「まるちゃんの静岡音頭」という“市のPRソング”もある。幼い頃、実際に母親から言われた「ちびまる子ちゃん」という自分への呼び名をそのまま漫画化して大成功した。彼女の中では、いつまでも“自分の幼少時代”が仕事の源泉として息づいていたに違いない。がんとの闘病が長く続いて、“ちびまる子”の時代に戻りたい、という意識が強くなったに違いない。そういう時に、自らが“故郷に帰る方法”として、彼女は“マンホールの蓋”になることを択んだ。そうすれば、いつまでも“あの頃”で居られるのだ。永遠の“小学三年生”として一緒に児童たちと学校に通える。自ら作詞した歌も“お祭り”の時など子供たちに歌ってもらえる。「ちびまる子ちゃんランド」という記念館は“おうち”として子供たちに来てもらえる。そういう想いもあって、彼女は自らの“死”が近づく中で何度も足を運んだらしい。“お忍び”で誰にも気付かれることなく、自分のおうちを訪れていたらしい。だから、きっとこれからも“お忍び”で訪ねていくに違いない。

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