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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「五輪」や「万博」の“時代”は、もう終わった⁉


彼がTVに出始めた頃、わたしは彼の発言に対し「それはないだろう」と思うことが多かった。それに、どこか人間としての“冷たさ”を持っているようで、その部分も私には好きになれなかった。ただそれから何年も経って、ときどき「彼も良いことを言うなあ」と思うような発言が多くなった。社会学者の古市憲寿氏である。彼が“一般的な考え方”に近づいたのか、それとも、われわれの方が“彼のような考え方”に近づいていったのか。今回も「万博はそもそもいらないと思う」という発言をしていて、わたしも同様な考え方を持っていたので、改めて奇妙な共感性を持った。大阪で開かれる「関西万博」に関しては、以前からいろいろと問題が指摘されている。いちばんは“建設費増額”の問題だ。どんどん膨れ上がっていきそうで、それでいて各パビリオンの“建設遅れ”も指摘されている。更に問題となっているのが“高額なチケット代”で、その結果として売れ行きも良くないらしい。いくつかの国が“撤退の意向”を表明している。あまりにも問題が多すぎて「東京五輪」以上に、開催する前から批判を浴びている。古市氏が言うように、昔は開催する意義があったが、現在では「未来が視えない時代」に入っていて、そういう時代においては「意味を持たない」という意見なのだ。ほんとうに、その通りで「五輪」にしろ「万博」にしろ、現代は“それ”によって世界が統一されるとか、平和になるとか、交流を深められるかと、もはや、そういう時代ではない。アスリートの場合は、各種競技別に「世界大会」というものがある。それで十分なような気がする。昔のように“総合的な大会”は“平和のため”というよりは“金儲けの場”に変わってきていて「国別」という本来の意義も、人種や民族の移動・混合で“何国人”なのか、もはや判然としなくなっている。「万博」にしても同様で、各種の展示会や交流の場は万博だけではなくなっている。それに“そこ”で描かれた未来が、必ずしも将来の主役になるとは限らない。昔は、或る程度まで“その予測”が通用したが、現代では不可能になっている。さらに経費の問題がある。こういうイベントは途方もないお金がかかる。ハッキリ言って現代の日本は、そういうものに巨費を投じれるような経済状況ではない。ましてや前回の開催地がドバイだっただけに、大阪で“掛けられる予算”が貧弱に視える。チケット代が高い割には“優雅な気分”“ぜいたくな気分”は味わうことが出来ないのだ。いまの日本で巨額な費用が掛かるイベントの開催は、批判なしには勧められない。どうせ巨費をかけるなら、もっと日本国民が悦ぶ耐久性のある施設の設置とかを進めた方が良い。
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