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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「何もない」ということが最高のオモテナシ⁉


最近は「なにからなにまで揃っている」ということをウリにするホテルや宿が多い。それでは「何もない」というのは“最悪の宿”ということになりそうだが、これが意外にそうでもないらしい。「何もない」ならかえって中途半端にあるよりも、徹底的に“何もない”方がいい。その方が、それをウリに出来るからだ。つまり、現代のようにあらゆる面で“便利な日常”を送っている都会人に取っては、何もなくて不便な方が時代をスリップしたかのようで“癒し”につながる場合もある。私のように、少年時代を暗く貧しく不便な地域で暮らしていた者には信じられないが、街中の便利なところで恵まれた環境で育った人には、或いは大人になってからも都会から出ることなく、普段は忙しく合理的に働いている人に取っては、不便で何もないことが“大昔にもどった”ようで新鮮に感じられるのかもしれない。青森県のほぼ中央に位置しているのが「ランプの宿 青荷温泉」だ。ここは東京からだと新幹線と在来線を乗り継ぎ、その後は送迎バスに乗り、合計7時間かけて辿り着くような山間のひなびた温泉宿だ。携帯電話は圏外となり、スマホもパソコンも使えない。TVも自家用車も使えない。周辺には土産物屋や飲食店もなく、文字通り何もない。温泉風呂はほんとうは四つあるのだが、現在は二つしか使えない。灯りはランプのみなので、食事時などは何を食べているのかよく見えない。ランプの灯りは暗いので、読書にも適さない。結局、だれかと話すことくらいしか、時間を過ごす方法がない。だから自然と客同士が仲良くなる。ほんとうに不便で、ほんとうに退屈で、意図しなくても“非日常”を体験できる。そのせいなのか、外国人客が多い。こんなに不便で暗い宿なのに、外国人たちの多くは“それ”を求めて来るかのようで不満を漏らす人は少ない。今年の年末年始も満室だったらしい。黒石温泉郷にある宿としては、唯一の宿なので競合相手もない。電気のない生活というのは、確かに非日常で普段スマホから離れたい、という気持ちを持っていても、事実上それが出来ない人に取って“スマホから離れられる宿”として貴重なのかもしれない。ちなみに、ここは電気が通っていないのではなく、微弱なためトイレ以外では使用できないのが現状である。だからTVも観られない。おそらくだが“非日常”は最初の一日二日は愉しいかもしれないが、三日目からは「帰りたくなる」に違いない。だから、良いイメージを保つためにも、二日以上は泊まらないことだ。
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