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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「日本」にとって「最良の時代」はいつなのか


最近、自然災害の脅威を改めて感じることが多い。大昔から、人間は“自然災害”と闘い続けてきたはずだが、今もって“征服できた”とは言えず、むしろ古代人と同じく「命を優先して逃げてください」というのが精いっぱいでしかない。要するに“赤子の手をひねるような感じ”で敗れ続けている。つまり生命体としての「地球」や「大自然」にいくら戦いを挑んでも、永久に勝てない。そうであるなら、もう人類が歴史上の中で“進化してきた”という発想は無意味だし、止めにした方が良い。要するに、古代人そのまま「大自然の脅威に平伏しながら生きていく」ので良いのではないだろうか。そして、そういう何万年も続いた“人類の歴史”のなか客観的にみて、どの時代がもっとも輝いていたか、を見つけ出すようにする。そうして、その時代のごとくに“今を寄せていく”のが、再びわれわれが“輝きを取り戻す”上ではもっとも有効な気がする。そういう観点から“歴史・時代”というものを捉えなおすと「日本」においては、江戸時代がもっとも平和で、さまざまな文化や芸術が花開き、経済的にも豊かだった時代のような気がする。当時、京都や大阪の人口は約40万人、そして江戸は人口100万人で“世界の中でもっとも人口の多い街”だったのだ。つまり、われわれは「江戸時代」を手本として、文化や芸術や商売を行えばよい。そうすれば、再び“平和で豊かな国”を創り出すことが出来る。江戸時代といえば“鎖国時代”でもあったが、その結果、さまざまな面で“独自の文化・芸術”が花開くことになった。いまの日本で鎖国をすることは出来ないが、訪日客の数をこれからも或る程度は制限した方が“本来のJAPAN”の姿は保つことが出来るのかもしれない。特に芸術・文化・科学技術の面で、今後は“日本固有のもの”に徹していった方が、かえって“価値あるもの”が生まれて来そうな気がしてならない。或る意味で、世界から来るものを“何の選別もなしに受け入れすぎ”て独自性を失い、あらゆる世界からの影響に染まっていったことが、日本固有の優れた文化・芸術・科学技術などが衰退していった最大の原因があるのかもしれない。
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