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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「晩年運」というのは、いつから始まるのか⁉


今年は「節分」が2月2日で、いつもより早い。どうしてなのかと言えば、われわれが用いている「太陽暦」上の都合からだ。そのせいか中華圏における「春節」の時期と重なった。こちらの方は「太陰暦」上の1月1日の関係からだ。元々中国の太陰暦は、なるべく太陽暦である“24節気”と極力“重なり合うよう”工夫されて作られている。だから「(節)分」や「立(春)」に合うよう「春節(1月1日)」が“やって来る”のだ。こういう“区切りもの”というのは、そのほとんどが大昔から決まっている。つまり、大昔に設定された。大昔だが、いい加減ではない。それなりの理由や納得の元に定められている。ただ多くの場合、その由来や根本を知らないまま使用している場合が多い。わたしが最近、不思議なのは「晩年運」という言葉だ。よく「占い」では用いる言葉なのだが、改めて考えると、いったい、いつからが「晩年」なのか、よくわからない。一般的に言えば、社会に出るまでが「初年運」社会的に働いている期間が「中年運」社会の第一線から退いて以降が「晩年運」と言えるのかもしれない。もっと、現実的な言い方をすれば、親に食べさせてもらっている間は「初年運」自ら稼ぎ出してからは「中年運」年金を受給しだしてからは「晩年運」ともいえる。もっとも「晩年」というのは、その死後に判るもので、その人の“死亡前十年くらいの間”を言うのだという説もある。確かに、年齢的に定めてしまうと、百歳を超える長寿の方たちの“晩年”がいつなのか、よく解からなくなってしまう。一つの目安としては、干支暦の“60干支”が一巡する「還暦」つまり、満60歳以降は昔であれば「余生」であった。けれども、今は60歳など現役バリバリという場合が多い。したがって、そういう点から言えば、本人の中で「もう現役から退職しよう」と思った“その時”からが「晩年」なのかもしれない。人は心身とも健康な状態であれば、一応、働き続けることはできる。だから或る意味では、それぞれにとっての「晩年」というのは時期が異なるもので、いつから、いつまでと“決めつけられる”ようなものではないのかもしれない。わたしは「晩秋」という季節が、いちばん「晩年」に相応しいような気がするので、雰囲気的に“そういうような感じ”になったら、自分の中で「晩年だなあ」と思うことにしよう。
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