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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「本格認知症」になったら「来世は消滅する」か


最近、思うのだ。認知症になって、完全に記憶が無くなってしまったなら、もう「生れ変る」などと言うことは出来なくなってしまうのだろうか。「死後世界」も「来世」や「転生」も、記憶が継続することを前提として語られている。けれども、もし、現世において完全な認知症となって、その後何年も生き続けたなら、もはや、文字通り「過去は幻」となって、その人は“自分の生きた証”を失う形で、亡くなってしまうことになる。夢グループの石田社長が、歌手の橋幸夫氏の病状について語ったようだ。それによると現在は“アルツハイマー型認知症”により入院中で「ほとんど会話は成立しなくなっている」という。「ぼくの顔を忘れ、言葉も忘れている」状態であるという。これは、なかなか重症だ。82歳なので、年齢的な点から言えば、そういう状態がやって来てもおかしくはないが、6月にはコンサートにも出演していたらしいので、急速に症状が進んで行ったのかもしれない。人は誰でも齢を取るし、それによって、あらゆる部分が弱まっていく。わたし自身も、年齢と共に“記憶力の低下”が目立ってきている。昨日食べたモノすらも、判然としないくらいだ。だから、認知症は確実に迫って来ているのかもしれないが、そう考えると、自分が行ってきた過去をすべて忘れてしまうのは、もし「死後世界」というものがあるのだとすれば、気楽で良いのか、それとも上手く対応できず悩むのか、いっそ完全に失われてしまう方が、中途半端に悩まず良いのかもしれない。古代エジプトの「死後世界」では「死後法廷」というのがあって、そこで現世でどういうことをしてきたかで裁かれるのだが、記憶が失われてしまうと、裁かれようがない。その結果で「生れ変りのコース」が定まるのだが、これも定めようがない。そうなると、裁くことも出来ず、生まれ変らすことも出来ず、宙ぶらりんのまま「あの世」を漂うことになる。なにしろ、昔、関わっていた人たちも、家族親戚も、想い出すことが出来ないのだから、再会を喜び合うことも出来ない。まあ、きれいさっぱり現世とサヨナラ出来て、案外「ゼロ」からの出発というのも、それはそれで楽しいのかもしれない。
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