1960年に或る夫婦が所有していた一枚の絵画がサンフランシスコ美術館へと寄贈される。それはファン・ゴッホ作「果物と栗のある静物」という表題の絵画だった。ところがその作品はゴッホの作品名簿に載っていない。審査の結果「贋作ではないか」という評価が下されていたからだった。今回、再度の鑑定でゴッホ美術館の専門家が「真作である」と太鼓判を押した。しかも1886年10月~12月の間にパリで描かれた作品であることまで判明した。その“決め手の一つ”は、この作品の下にスカーフを巻いた女性の肖像画が描かれていたことである。それは赤外線調査によって浮かび上がった。贋作であれば“カンバスの遣い回し”などするはずがない。やはり“売れない画家”であるゴッホは、カンバスを買う金すらも乏しかったのだ。けれども、そのことが真作であることを証明してくれた。この絵を見ると、正直、まだ“われわれが知っている”ゴッホの絵ではない。実は“われわれが知っている”ゴッホの絵のほとんどは、彼の精神が少し“病み始めて以降の作品”である。特に、ゴッホの絵は何故か日本人に好まれるのだが、日本人たちが“好むゴッホ”は、健全なゴッホなのではない。少し“病んでいるゴッホ”なのだ。その日本人たちが“好むゴッホ”を描き出す直前ともいうべき頃の作品が、このほど“真作”と証明された「果物と栗のある静物」なのだ。だから、ゴッホの絵にしては躍動感が乏しい。浮世絵の影響を受けて明るいが、まだ凡庸な印象を受ける。かつて日本では、ゴッホの「ひまわり」をオークションで53億円という巨額で落札し、世界中を驚かせたことがある。1987年、日本がバブル景気に沸いていた時期だ。他の絵画はバブルの終了とともに日本から消えたが、この「ひまわり」だけは今も残っている。その後、“ゴッホの絵”と言えば高額な値が付くようになったが、生前のゴッホは“絵が売れない画家”として貧しく生きていた。今回の“真作”も“売れない時期”の作品なのだ。芸術作品の評価とは何だろう。再度いうが、売れているゴッホは、“病んでいるゴッホ”が描いた作品だ。日本人が好むゴッホは“健全な頃”のゴッホではない。元々ゴッホは牧師の家に生まれた。そして自分自身も途中までは牧師を目指していた。つまり、元々彼の絵には“神の救い”を与えようとする想いが、どこかに息づいている。加えて日本の“浮世絵からの影響”が色彩などに窺われる。そして“病み始めたゴッホ”の過激さと繊細過ぎる神経。これらすべてが日本人には“微妙に合う”のだと思われる。神を求めて、神に辿り着けなかった男の“嘆き”が木霊し続けるような画面。
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