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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「顔を出さない作家」が「直木賞」で良いのか


第171回目の直木賞が、一穂ミチ氏に決まったという。最初は同人誌でボーイズラブ小説を手掛けていて、それが編集者の眼に止まり、近年、一般小説に転向していった作家らしい。それは良いのだが、一応、どんな作家なのかと写真画像を探したのだが、見当たらない。生年月日も記されていない。対談写真も、もう一方の作家は顔出ししているのに、この作家の方は黒く塗りつぶされている。まるで犯罪者のようですらある。或る程度、有名になるまでは諸事情があるから「顔出ししたくない」というのも解からないではない。けれども、直木賞という権威ある賞の受賞者が、名前(本名)もわからない。生年月日もわからない。性別もわからない。どんな外貌なのかもわからない。それで良いのだろうか。私はやや疑問を感じる。これは小説家だけでなく、あらゆる分野に関して言えることで、たとえば私の属する“占いの分野”に関してもそうである。昔「銀座ジプシー」という人が完全マスク姿で人気を集めたことがある。あの人の場合には水晶球霊視という占いスタイルであったこともプラスして妙な存在感があった。けれども今は「ゲッターズ飯田」という芸能事務所に所属するタレント占い師が、SM嬢のような眼鏡マスクをかけてTVに登場してくる。最初の出たてはそれでも良いが、いつまでも顔面を隠すのは卑怯な印象を私は感じてしまう。古ぼけた書籍を片手に出てくるなど、いかにも芸能事務所から“仕込まれてでもいるような雰囲気”が好きになれない。大体芸能事務所に所属するタレント占い師は信用できない。わたしがむかし占いを教えていた「叶レオナ」なども、いつの間にか「天から霊感を授かった」などと吹聴しているが、わたしからの占い講義の料金も“出世払い”にしてあげたのに、それなりの出世をしたのに“踏み倒した”ままではないか。とにかく直木賞受賞作家にケチをつけて申し訳ないが、何らかの“やましい部分”を持っているから、顔を出せないのではないだろうか。別に、いまの時代、ボーイズラブを過去に書いていたからと言って顔出しNGにする必要などあるはずがない。そういえば松本清張の小説に「顔」という作品があり、過去の犯罪を知られるのを嫌って“顔の大写し”を避けて来た俳優の物語だったような……。
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