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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


『時をかける少女』が持っている不可思議な魅力


ときどきTVから録画してあった大昔の映画を観る。昨日も80年代前半に公開された原田知世主演の「時をかける少女」を観た。この映画は筒井康隆氏の小説を脚本化したもので、ちょっとSFっぽいというか、幻想的なというか、角川春樹氏の発案による大林宣彦監督の奇妙奇天烈な作品だ。つまり、映画会社としての採算を考えた正規の作品というよりも、多分に“大正ロマン風の趣を持った”作品として超短期間で仕上げた作品だと言われている。主演の原田知世氏にしても、角川氏や大林氏は「映画スターとして育てていこう」という気はまったくなくて、これにだけ出たら「もう、ふつうの高校生に戻って欲しい」という気持ちで撮り終えた作品らしい。ところが、実際に上映してみたら、予想外の反響があり、原田氏と同年代の男子学生たちから多くの支持を得ていったという。わたし自身は歌も含めて“大ヒットした作品”であるので「時をかける少女」という名は知っていたが、具体的な中身も知らなかったし、観て見て面白くなければ途中で消す気持だった。ところが、奇妙な面白さがあって引き込まれていった。たぶん、理科の実験室での薬品の煙や臭いが“別世界の入り口”的な発想が、若い人たちを引寄せたのだと思う。大林宣彦監督の作品には、いつも“不可思議な部分”があるが、それに対して、あまり説明しすぎないところが良い。この作品は正直言ってどう考えても、映像作品としては“荒っぽい作り”で、もっと他の撮り方があったのではないか……と素人のわたしでも思うのだが、ただ昔の角川映画は総じて“荒っぽい作り”なので、それでも“引き込まれていく”不可思議な魅力の方が重要だ。われわれは無意識に“もう一つの世界”のようなものをどこかで容認している。だからこそ、現実なのか、夢の世界なのか、昨日の出来事なのか、幻の出来事なのか、未来の出来事なのか……判然としていなくても、なんとなく受け入れてしまう出来事がある。ここには来たことがある……とか、前に同じことをしていたような気がする……とか、むかし逢っていたような気がする……とか、きっとこうなっていくんだ……とか、われわれの遠い記憶に眠っている何かが引き出されていくような“そういう体験”は誰でもがしている。だから、この作品のような“ありえないけど…ありそう”な映画というのは、奇妙に人に“なつかしさ”を与えるのだ。
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