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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


いつからでも、どこからでも、人は生まれ変れる


多くの人は“怖がり”である。いまの自分の環境とか立場とか状況とかから、抜け出すには“勇気”がいる。ましてや人にそれを宣言するのは、或る種の“思い切り”がないと出来ない。昨日、誕生日を迎えたという俳優業だった人物が、その誕生日であることの報告と共に“役者稼業”から引退したことを宣言した。「小野原幸一(32歳)」という役者さんで、彼によれば既に昨年の7月で“事実上の引退”をしていたという。正直、わたしは“知らない俳優”で、多くの方にとっても、そうなのではないかと思う。そうは言っても昔は「役者稼業は三日やったら止められなくなる」と言われたほど魅力のある職業だ。その舞台から身を引く決断は勇気のいるものであったに違いない。ただ、この人はまだ32歳である。人生の“折り返し地点”にも達していない。そうであれば、新たなる人生の扉を拓くのは何ら難しいことではない。本人がSNS上に投稿した写真は、新たなる環境に飛び込んで、新たなる意欲で働き始めていることを窺わせる“とても充実した顔”をしている写真だ。実質的には昨年の7月で引退していたにもかかわらず、いまになってSNS上で「引退宣言」をしたのは、完全に役者業から身を引いたことに“吹っ切れたもの”を感じているからだろう。そして、同時に“新たな世界や環境”に希望の光を見出しているからに違いない。人はだれでも、人生上での大きな転機に“迷い”“うろたえる”ものだが、その切り替えの向こうに“明るい光”を見出した時、改めて「過去は幻」となり、新たなる世界に飛び出している自分を再発見するのだ。彼自身が「すべてお芝居のために生きていたことが夢のようです」と記述している。この表現は好い。なぜなら完全に“生れ変った”から言える言葉だからである。過去の世界に未練を持っていたなら、どこかしら執着が抜けないままであったなら、こういう表現は出て来ない。わたしはよく「新たなる扉を拓く」という表現を使うが、人間はいつからだって、どこに居たって、あたらな扉を拓くことはできる。生れ変ることはできる。「もう遅い」ということはない、それは本人の中で「もう遅い」と思ったとき、そうなってしまうのだ。
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