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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


その「国」や「時代」にタイムスリップする方法


当たり前の話だが、われわれは“一つの国”に生れ“一つの時代”を生きていく。自分が“生きていく中”では、別な国に生れるとか、別な時代を生きるとかは出来ない。そういう意味で言えば、海外の映画やドラマを観ること、特に、もう何十年も経過している映画やドラマは、どこの国のものであろうと、どの時代のものであろうと、自分にとって“興味深い映画やドラマ”は、わたしを別次元の世界へと連れ出し、そこで実際に生きているかのような不可思議な感覚をもたらす。だから同じ外国の映画なら、最近のものでは“その世界”には十分に入り切れず、もう何十年も経っている昔の映画の方が“その世界”にすんなりと入り込みやすい。そして、その映画やドラマの内容とは別に、もし自分自身が“この時代”の“この国”に生れていたとしたら……というか、この映画世界の住人のような状態や立場であったなら、どうするだろうか……というような意識というか、感覚というか、想像の世界というか……そういうものが、いつの間にか無意識に出て来てしまう。そうすると、もう自分は“その国の人”なわけで、時代的にも“その時代の人”なわけで、そうであれば、わたしの場合やっぱり、こういう時には「こうするだろうな」とか「こう言ってしまうだろうな」とか「こういう行動はとらないな」とか、どうしても自分自身に“置き換えて”観てしまうような部分がある。その方が、一度の人生であっても、それぞれの映画・ドラマの中で“別な人生”を生きているような不可思議な感覚を得られる。よく「前世」とか「過去世」とかいうものを設定する考えや捉え方があるが、昔の映画やドラマの中に自らが踏み込めば、何の違和感も持たず、その中の人物になり切って“さまざまな出来事を体験する”ことが出来る。もっとも、昔の作品なら、なんでも“そういう異端世界の扉”を開くことが出来るかと言えば、そうでもない。いくら入り込もうと思っても入れないような自分とは異質の世界や異質の物語りもある。あくまでも“自分が興味ある分野”の主人公が形作っていく作品が良い。それらの中で“映画の中”に入り込むことで“前世的”とも言うべき「もう一つの人生」や「もう一人の自分」を“生まれ変わらせる”ことができる。或る意味では自由自在に自分が思い描く「前世」や「過去世」として登場することが出来るのだ。
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