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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


もう帰れない⁉「祖国=日本」の海外在住の人々


戦争とか何かの予期せぬ災害とか……そういう時に「日本人」という表現が出る。海外で暮らす人々への表現だ。確かに、われわれは忘れがちだが、さまざまな事情から、海外で暮らしている日本人は、どこの国であろうと存在する。それも想像以上にたくさんの数がいる。人それぞれ海外で暮らす事情はさまざまだ。「日本」に暮らしている外国人だって、その事情はさまざまだ。考えてみれば、われわれの多くが、自分の“生まれ故郷”にそのまま在住し続けているわけではない。「日本」国内であっても、いつの間にか“自分が生まれ育ったところ”から、はるかかなたで暮らしているケースは多い。たとえば私は現在、札幌で暮らしているが、生まれたのは同じ北海道でも室蘭という地域だった。そこで30歳過ぎ迄暮らし続けていた。それで暮らし続けていたが、漠然と「早くここから脱出したい」という気持ちを常に抱いていた。どうしてなのかはわからない。わたしが20代の時、いつも、わたしに占いを依頼していた女性が「星の先生(私のこと)は札幌か東京に出て仕事をされるべきです」と口癖のように言った。それは私自身も感じていることだったので、まるで彼女の方が“占い師”のようだった。「どうしてですか⁉」と訊くと「ここに居るような人ではないからです」と真顔で答えた。わたしは困って「そうなれたら良いんですけど…」と濁していた。いま海外で暮らしている人の多くも、どうして今“その国”に居住しているのか、明確に答えられる人は少ないような気がする。人は最終的に“運命の導き”のようなモノで、その地で暮らし始める。ほんとうは“そこ”ではなかったはずの場合もある。だが、そういう人であっても、ヘンな言い方だが、中身が日本人の人は、時折、戦争や急変などが起こると、一気に「日本人」になる。或いは「日本人」であることを意識させられる。そして「帰国せざるを得ない」場合も出てくる。帰る筈のなかった「日本」の地を踏んで、自分がもう「日本人ではない」ことを意識する日本人もいる。海外で暮らしていれば、感じないはずの“居心地の悪さ”を感じる人もいる。その人にとっての“ほんとうの居住地”は、その人本人にとっても“わからない”場合が多いのだ。
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