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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


仕事による「精神労災」急増から視えるのは


厚生労働省が統計を取り始めた1983年の開始以来、昨年一年間の“労災申請”の数、及び、それが“精神労災”として認定を受けた数が、それぞれ最大の数になったという。つまり、仕事や職場でのストレスなどが原因で“うつ病”などの精神疾患に追い込まれていく人、或いは長時間労働によって脳や心臓に負担がかかり病を発症したとされる人の数が、どんどん増えているというデータの公表だ。職場環境を少しでも良くしていこうと努力している企業は多い。それなのに、精神面での労災申請と認定はどんどん増えていく。どうしてなのだろう。わたしはいちばんの原因は職場内のIT化、デジタル化、コミュニケーション不足にあると思う。もちろん、IT化やデジタル化が進んだことによって、仕事のスピードが速まったり、人手不足が解消されたり、さまざまな点で便利になったりする恩恵はある。けれども、人のココロというのはそういうものによって満たされたり癒されたりはしない。IT化が進めば進むほど、デジタル化が進めば進むほど、職場内における人としてのコミュニケーションは減る。黙ったまま仕事をしなければならない。昔の人はいろいろな言葉を遺した。「袖すり合うも他生の縁」とか「同じ釜の飯を食う」とか「遠くの親戚より近くの他人」とか……それらのいずれもが、身近に居る人達との交流を表す。特に毎日、顔を合わせるような人々との関係性を表す。つまり、電車内でいつも接近しあって、袖とかが触れ合うような距離にある二人は、過去世においても“何らかの縁”を持っていた可能性がある。或いは職場の同僚たちと一緒に“飲み食い”していれば自然に深い交友関係になる。さらには井戸が“生活用水”だった時代には黙っていても井戸端会議で話が弾み実家の家族より親しくなっていく。これらの現象が、近年はぱったりと消えた。袖は“摺り合わない”ように気を付けるし、職場の同僚との飲み食いは失われがちだし、隣にだれが住んでいるかさえもわからない。そういう時代になった。だからプライベートは守られるが、同時に人との距離感はどんどん大きくなって、孤独感が強まる社会構造になっている。特に仕事上の“悩み”や“苦しみ”や“疑問”をぶつける場所がない。もう少しだけ「昔に戻る」部分があった方が、人は活き活きと生きられるのではないだろうか。
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