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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


分厚かった「SUUMO」どんどん“薄く”変って…


「ブルータス、お前もか…」という名言を吐いたのはローマ皇帝シーザーだったと思うが、そういった感じの印象をマンション情報雑誌『SUUMO(スーモ)』が来年3月で休刊すると知って抱いた。一時期、街にあふれていた無料雑誌のほとんどが消えていく。いや消えてしまった。ネット社会に変わったことで、広告効果が無くなって来たのだから、無料雑誌が消えていくのも当然といえば当然のことだ。ただ、どうしても私には昔の“分厚かったころのスーモ”の印象が消えない。さまざまな分野の無料雑誌が徐々に薄くなって消えていったが、この雑誌は特に最盛期の分厚さが印象深かっただけに、徐々に薄くなっていって、最近はギョッとするほど薄くなってしまっていて、ちょうど、それまで体格の良かった人物が、大病か何かで急に瘦せ衰えてしまったような“そういう印象”で、ここ何年間かを見てきた。だから、例えは良くないが、ちょうど“がん患者”が徐々に痩せ衰えて亡くなっていくように、最後の命が燃え尽きてしまったかのような休刊予告となった。多分、この雑誌は、当たり前の話だが“必要な時”に視る。つまり、マンションを買おうとか、移ろうとか、探そうとか言うようなときに視る。だが、特に必要な時ではなくても、待ち時間で、なんとなく時間つぶしの時などに読むにも最適の雑誌だった。最近は、わたしも“住宅情報”などはネットで調べるが、雑誌で視るのと、ネット上で視るのとでは、微妙な違いがある。何が違うのか上手く言い表せないが、雑誌で書かれている方が“安心感がある”とでもいうか、比較対照する場合でも、雑誌の方が比較しやすい。現代はなんでも“ネット社会”になって、それを利用するのが当たり前になっている。けれども、紙媒体が持つ“絶対性”のようなものは単なる年代的な感覚なのだろうか。紙に書かれてある方が、ネット上に書かれてあるより“信頼できる”というか“最終結論”としての表現として受け入れやすい。どこかに、ネット上だけだと、疑ってしまうような面があるのは、わたしだけの感覚なのだろうか。もっとも、書き換えが効くからこそ、昨日と今日では違った情報に置き換えられるからこそ、今の時代は“ネット社会”が当然のことなのだが……。
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