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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


時代の変化を感じる「電話帳・番号案内」消滅


“時代の変化”はどうしようもなく、やって来る。それは誰しもが経験することで、どの年齢の人たちもが、いずれは感じるようになる。問題は、その変化に“自分を合わせて”生きて行けるかだ。これが、たやすそうで実際にはなかなか難しい。とうとうというべきか、来年末をもって電話帳である「タウンページ」も、それから「番号案内」も、正式に廃止されるという。毎年、利用者が減っていく中で、数十億円にも上る“赤字”を計上していたらしい。そのうち、固定電話も廃止されてしまうのだろうか。それは困る。私は、どうも携帯電話というものが苦手で、所有はしているのだが、ふだんはほとんど電源も入れていない。自分から電話をすることが嫌いな私は固定電話の方が断然に使いやすいし、外出時は携帯をもって居なければ、掛かって来ていたとしても“留守電対応”になるから知らぬまま過ごせる。私のように、ふだんあまり外出しない人はそれでも済むが、外出しがちな人とかひんぱんに電話が掛かって来る人は、携帯電話は必需品ということになる。確かに携帯は便利なのだが“自由を縛る”側面も持っている。世の中が便利になるにつれて、ほんとうの意味での「自由」が奪われていっているような気がしないでもない。1分1秒を争うような世界に生きているならともかく、そうでもない限り、そんなに便利で早くなったからと言って“倖せが多くなる”わけでもない。むしろ、乏しくなっていくような気がする。先日、録画していたTV番組をまとめて視た。一般の人たちの“家についていく番組”で老夫婦が出ていたのだが「毎日、平穏で同じことを繰り返し行っている日常が最高に倖せ」と強調していた。とかく、若いうちは“生活に変化”を求めがちなものだが、ほんとうの倖せというのは“平穏な同じことの繰り返しの中に在る”ということを改めて感じさせてくれる。この夫婦は、散々苦労してきたから、いまの平穏な繰り返しの日常が“倖せ”なのだ。映画とかドラマとかでは変化の連続の方が観ていて楽しいし、そういう日常が“幸せそう”に視えたりするものだが、実際の人生では波乱万丈の連続では“疲れる”し、平穏さに憧れるようになる。ドラマのような人生は途中まではそれでも良いが、最晩年とでもいうか、完全に仕事を離れるような年齢が近づいたなら、後は“ずっと同じことの繰り返し”をである日常を愉しめるのが、いちばん幸福かもしれない。
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