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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


神々は、だんじり「やりまわし」を悦ぶのか⁉


「お祭り」というのは、何のためにあるのか、あなたは知っているだろうか。元々は神々を“悦ばすため”の行事である。或いは神々に“願いを乞うため”の行事である。本来は「祀り(まつり)」や「奉り(まつり)」から転じて「祭り(まつり)」となった。だから“祈りの一形態”であり“奉納の一形態”でもある。したがって、神事にまつわる各種の行事は、神様のためにある。昨日、大阪の堺市での「だんじり祭り」で神社の“入魂式”を終えた“だんじり”が市内でお披露目を行っている最中、交差点での「やりまわし」と呼ばれる“見せ場”で横転して、その下敷きとなった11人のうち6人が骨折などの重傷を負った。映像を見ると、一度左側に強く傾斜し、それを必死で立て直そうと逆側に引いた直後に横転している。したがって徐々にであれば逃げ出せたのだが、一気に倒れ込んだので逃げ出せなかったようだ。実は「だんじり祭り」における事故や怪我は珍しくない。2003年、2004年、2019年には死亡事故も起こっている。堺市以外でも尼崎市や岸和田市が有名で、特に岸和田市の「だんじり」は危険さを伴うことでも有名だ。過去には荷台から屋根がもげ落ちたり、電柱がもげてきたり、電柱をへし折ってしまったり、引手の多くが将棋倒しとなったり、とにかく事故や怪我がつきものなのだ。それでも「だんじりを廃止する」という決断には至らない。どうしてかというと、伝統的な「神事の一つ」として住民たちが捉えているからだ。その精神自体は貴重だと思う。ただ“神々のため”に行うのだから、神々を哀しませてはいけない。自分たちのために“その地域の人々”が事故や怪我に巻込まれることを、神々が願うはずがない。そういう意識がもっと強まれば、だんじりの魅力の一つでもある「やりまわし(走って急カーブさせる)」や「山合わせ(装飾荷台同士がぶつかり合う)」に対して“事故防止のための対策”を徹底すべきだ。確かに視ている側にとって“横転”は“横転”で魅力的なのだが、怪我人を出しては何の意味もない。神々だって、怪我してまで自分たちを愉しませろとは言っていない。どうすればドキドキ感も薄れず、怪我もせずの状態を作れるか、“神事”であればなおのこと、今後の事故防止のためにもさまざまなシミュレーションで研究すべきだ。
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