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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


“老い”に「勝てる人はいない」「活かす人はいる」


美術家の横尾忠則氏は既に89歳であるという。その横尾氏がSNS上に最近の自らの身体の不調をユーモアたっぷりに訴えている。つまり《耳はほとんど聴こえません。補聴器は役に立ちません。眼鏡を掛けても文字が霞んで視えなくなってしまいます。鼻は年中花粉症で、咽喉は喘息、手は腱鞘炎で、五感すべてがボロボロです。それでも第六感で生きています。猫になりたいと思っていたので、ちょうど良かったです》といった感じの内容だ。確かに、年齢が進むことで、すべての五感機能は衰えていく。いやでも衰えていく。だれ一人の例外もなく、衰えていく。わたしは時々、やはり「神様は平等だな」と思うことがある。どのような人物でも、神様には勝てない。特に、この“年齢”というものを与えたのは、素晴らしい“平等観”に立脚しているではないか。どんな権力者であっても、どんな富豪であっても、どんな有名人であっても、どんな天才であっても、どんな美女であっても……年齢には勝てない。老いは確実に進んで行く。どんな権力を使おうと、どんな大金を使おうと、どんな人気を使おうと、どんな能力を使おうと、どんな美容液を使おうと、老いは確実に迫ってくる。そうして、確実にわれわれの全身を蝕んでいく。だれも、それに逆らうことなど出来ないのだ。それが嫌だから、宗教家は「死後世界」というものを作って、そこで「生れ変ることが出来る」と説く。だれも信じてはいないが、信じたふりをする。そうした方が“救われる”からだ。そう、われわれはみんな“老い”から救われたいのだ。救われたいから、信じてもいない「死後世界」を信じて“そこ”で生れ変ることが出来れば、老いを脱却できるから、宗教家の説法を鵜呑みにしようとする。そうすれば未来に希望が持てて、希望の中で生きていくことが出来る。そうなのだ。希望を持ちながら生きていくことこそ、われわれが“若々しく”生きていくための秘訣なのだ。だから「死後世界はない」などとは言わないで、想っていても言わないで「麗しい死後世界で逢うことが出来る」という宗教家の言葉を信じたふりして、生きていくのが健康にも美容にも、そして“老い”が視え始めた運命にも、一番の“お薬”なのだ。
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