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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


自分で買いに行った日々をなつかしく想い出す⁉


トランプ大統領が「自分で買いに行け」と言ったそうな。もちろん石油のことだけど、この「自分で買いに行け」という言葉で、わたしは幼い頃の日々を唐突に想い出した。わたしは、よく子供ながら“買いに行かされていた”のだ。何しろ、それは当時の父親にとって“或る種のエネルギー”だった。だから、それが無ければ多分ほんとうには動けないのだった。つまり、それとは“酒”のことだった。石油ではない。けれども、当時の父親には“生きていくうえでの必需品”だったに違いない。わたしは、だから当時まで小学1年生か2年生だったが、父親のために酒屋さんに“酒”を買いに行っていたのだ。いまであれば、子供に酒など売らないが、当時は何の問題もなく“幼い子供”にも酒を販売してくれた。酒と言っても日本酒ではなく、父親の場合には度数の強い“焼酎”だった。それも一本買うのではなく「焼酎を二合ください」と言って、わたしは瓶を差し出す。そうすると、いつものお姉さんが頷いて受け取り“量り売りの酒”をその瓶に注いでくれるのだ。こうして、ほとんど毎日のように、わたしは酒屋に行って“量り売りの焼酎”を買ってきた。ほんとうは嫌だった。何が嫌なのかと言えば、量り売りで買うのが嫌だったのだ。なぜなら、量り売りは客が混んでいない時には、すぐ注いでくれるのだが、客が立て込んでいると待たされる。そこに来ている客というのは殆どが“一杯酒”と呼ばれる“立ち飲みの酒”を飲んでいる連中なのだ。わたしが買いに行くのは夕方なのだが、その夕方の時間で既に酒屋は満杯となっていることも多かった。つまり、その町のその酒屋は“そういう客たち”で成り立っている。もちろん一杯だけで済む客は少なく、何杯も飲んでいて既に酔っぱらっている客も多い。そういうオヤジ達のぎらつく眼はどこか不気味だった。そういう眼で、わたしはときどき睨まれた。子供なのに“秤酒”を瓶を抱えて買いに来ているからだ。実は睨まれた理由はもう一つあって、その店のお姉さんが、わたしに対して優しかったからだ。オヤジ達にはつっけんどんなのに、わたしには優しかった。だからおかしな気持ちを持っているオヤジ達は、わたしを睨むのだった。あの時の光景を、なぜか不意に想い出した。なぜなのかわからない。トランプ大統領の「自分で買いに行け」という言葉が、わたしを言いようのない過去に連れ戻したのだ。
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