2月, 2011年

「芥川賞」がもたらす効果

2011-02-05

人間には二つのタイプがある。単純に分ければ“上を行くタイプ”と“下を歩むタイプ”だ。もちろん、これは「人生」と呼ばれる道においてだ。ところが、ひょんなことから、これが逆転し始めることがある。だから「運命」と呼ぶ魔物を人々は暗黙の内に認めざるを得ないのだ。

今回の「芥川賞」受賞者は「苦役列車」の西村賢太(42歳)氏と「きことわ」の朝吹真理子(26歳)氏の同時受賞となった。「直木賞」の木内昇・道尾秀介のお二人も同時受賞で、文学賞四人がカメラの前に並ぶという珍しい形となった。特に西村氏と朝吹氏は、その生い立ちも血筋も学歴も対照的で、その点でも注目された。

朝吹氏は慶応大学大学院生で文学者一家の血筋を引きお嬢様として育ち、秀才型の超エリートだ。一方、西村氏は父親が犯罪者で一家で夜逃げし、中卒で日雇い労働を続けている“底辺型”のダメ人間タイプだ。しかも、受賞の席で朝吹氏が西村氏の小説のファンであることを明かす一幕もあって、より注目度が高まった。しかも、この二人とも間違いなく書ける人達で“文学の旗手”として実力が備わっている。どこぞの“出来レース”で賞を貰った俳優作家とはわけが違うのだ。

受賞後も気取らず「自分よりもダメな奴がいるんだなと思ってくれたら本当にうれしい」と語った西村氏は、今の気持ちと“下を歩む者の眼線”を忘れなければ運命は逆転し“上を歩む”勝者の人生に変わっていくだろう。ただ、この人には何かをきっかけに“崩れて”しまいそうな危なっかしさも残っている。大きな作家となっていく素質と、仕事以外の出来事から一気に崩れ落ちる素質と、どっちが最終的に生き残るか興味深い。誤解を避けるため記しておくが、秀才型の朝吹氏に転落する危険は全くない。もしあるとすれば“間違った結婚”をしてしまった場合くらいで、その可能性も極めて乏しい…と見る。

芥川賞が注目されたことで、直木賞の二人の存在がかすんでしまったが、それぞれに実力はある。ただ近年の直木賞型の作家は昭和40~50年代に活躍していた作家たちに比べると、重厚さに欠ける作家が多くなったような気がする。紙書籍が読まれなくなったと言われて久しいが、それは送り出す出版社側の姿勢にも問題があり、一冊“売れる本”が出て騒がれると猫も杓子もその後追いを始める。“似たような本”ばかりどっと書店内に溢れるのだ。けれども一挙に売れる本には“中身の乏しい本”が多い。にも拘らず、その類似本が書店に溢れるので“中身の濃い本”や“読みごたえのある本”を求めている本当の読書家たちの足は書店へと向かわなくなってしまう。週刊誌的な書籍ばかり並べば、本物志向の読者はいなくなって当然なのだ。

実用書に属する“占いの本”でもそれは言える。数年前まで“手相の本”は2~3冊しかなかった。ところが島田秀平がTVで人気を出し、手相の本を書いてベストセラーになったら、あっと言う間に手相書が増え、今や何十冊も書店の棚に並ぶ。「自分の説明書」というシリーズものの“血液型占いの本”もそうだった。すぐ類似本が山ほど出て、あっという間に消えていった。単純な内容だと売れるのも早いが引きも早い。

早いといえば、印刷の手間が要らない書籍としてアメリカや中国では “電子書籍”が急速に売り上げを伸ばしている。もちろん日本でも電子書籍に力を入れる企業が次々と出て来ているが、既存の出版社での参入はそれほど多くない。日本の場合、若い人達やマニアックな人達を除くと、まだまだ浸透しきれていないし、一部の分野を除くと、売れ行きの方も今ひとつ芳しくない。日本のように国土が狭く何処へ行っても書店のある国では、電子書籍の必然性が乏しいのだ。それに最近の若い人達は、書店でだけ書籍を購入するわけではない。コンビニとか、リサイクルショップとか、ドンキホーテとか、ブックオフとか、楽天とか、アマゾンとか…実に様々なところから書籍を購入している。中には購入せず、立ち読みだけで済ませたり、図書館を利用して読破する者もいる。

そういう点を考えると、正規の書店売り上げだけで、売れている、売れていない、と結論付けるのもおかしい。もしかしたら何度も何度も図書館で貸し出されている高額な書籍が沢山あるかもしれないのだ。それに大型書店が増えてきたことで、これまでだと返品になる書籍でも、書棚に並べられ、一つの分野でも書籍点数が増えたことで、吟味してから購入する人が増えて来ているのかもしれない。小説等でも、単行本として購入すると高いが、文庫本として購入すると安く、持ち運びやすい。だから文庫本になるまで待って購入するケースが増えたかもしれない。そのうちどの本でも電子書籍化が当たり前になれば、電子書籍となってから購入する人が増えていくのかもしれない。

つまり、全体的に売れないから若い人達が本を読まないとは決めつけられず、一般的に言えば“ハードカバーの本は買わなくなった”ということだろう。実際、すべての生活がコンパクト化されて来ている今、B5サイズ・A5サイズのハードカバー本は大きく重く感じる。バッグに入れて持ち歩きにくいのだ。芥川賞や直木賞なども、最初からコンパクトな新書版にすればもっと売り上げを伸ばせるのではないだろうか。