3月, 2012年

30年以上前の「幻視」が意味するもの

2012-03-22

私がエドガー・ケーシーと云う人物に興味を持ったのは、その驚くべき特殊(幻視)能力の持ち主が、眠ったまま催眠状態においてのみ能力を発揮する―と云うことを知ってからであった。しかも彼は自分自身の病気が基になって、この特異な能力に目覚めた―と云う部分にも興味をそそられた。もう30年以上も前、私が一時的にピラミッド研究にのめり込んでいた過程で“特異な仮説”を提唱している人物の一人としてケーシーは登場した。彼の“ピラミッド建造仮説”には種々な点で無理があり、信じることは出来なかったが、何故にこのような仮説を主張するのか、その興味から彼の生い立ちや人生を調べたのだ。

彼の特殊能力は、確か声が出なくなった自らの病気の原因とその治療法を、催眠下の中で語り始めたところからスタートしている。つまり、たまたま催眠療法を行っていた人物を知って、自分もその療法を受けようとしたのだが、実際には催眠下で自ら処方箋を示し、それをそのまま実行してみるとたちどころに回復してしまった。それまで通常の催眠療法を行ってきた医師は、ケーシーが催眠状態の中で述べた処方箋が実際の医学的知識に基づく内容だったため、もしかしたら他の患者達の治療にも効果があるのではないかと思い、試してみたところことごとく的を得ていたため、本格的にケーシーと二人三脚で種々な患者達の相談を受けるようになったのだ。それが評判となって、各地から原因不明の病気とか、治療困難とされてきた患者達からの依頼が増え、遠方の患者でも催眠状態の中では診断が可能であったため、あっという間に有名になってしまった。

私の記憶が正しいなら、最初の内、ケーシーの“催眠下診断”は病気に限られていたのだが、やがてその病気の原因に「過去世」に基づくものが出て来て、その過去世の中にきわめて信憑性あるものもあったため、一気に“前世を語る透視能力者”に祭り上げられてしまった。こうして「超能力者エドガー・ケーシー」「眠れる予言者エドガー・ケーシー」のキャッチフレーズが独り歩きし出したのである。

実はこのエドガー・ケーシーの“催眠下幻視”の中に、興味深いものがいくつかある。その一つは“ニューヨークの9.11事件”を幻視していたのではないかと思える予言と、昨年の“東日本大震災”を幻視していたのではないかと思える予言が含まれているのだ。彼は幻視の中で、ビルが崩壊し瓦礫の山となって煙の立ちこめる中で、ここはどこですか?と尋ねて、ニューヨークだ!と教えられる。また日本の未来を幻視する中で、日本列島の形が変って東北の海岸部が水没していく姿を見たと語っていた。本人は比較的若くして亡くなったので、真実だったのかは確かめようがない。それに、これらの幻視は30年以上、もしかしたら40年近く前の記述なのだ。私はその当時、ケーシーのこれらの記録を読んでも、正直現実のものとして受け止められなかった。幻視の内容が多少あいまいだったこともあり“よくある予知・予言”の類くらいに思っていた。ただ今にして思えば“未来の映像”としての幻視であるなら、記録映画や夢の中の映像と同じように見えていたはずで、或る種あいまいさが伴うのは致し方がない。

私が問題にしたいのは、本当に未来と云うのは、30年も40年も前から“或る種決定づけられている部分”があって、それが台本通りにやって来るものなのか、それとも実際にはいくらでも変更可能な筋書きではあるが、その一部のみは“決定事項”として早期に組み込まれているものなのか、元々そんな“決定的未来”等はなく、あくまで偶然の一致に過ぎない現象であったのか―どの答えが正しいのか、正直、解かりかねることである。

私自身も、若い頃はよく“幻視”を見た。例えばまだ会社勤めをしていた頃、私は会社の窓を見ながら、その窓が真っ赤になって炎の海のように変わり、哀しくもないのに涙が流れだしたことがある。実はその時間、私の家が貰い火によって全焼していたのである。後になって電話で知らされたが、不思議に涙は出なかった。父親が亡くなるに2週間ほど前にも、その年に始めて会ったのだが、後ろから背中を見た瞬間、その後ろ姿が極端に小さくなった。一寸法師のように小さく見えたのだ。えっ!と言葉が出た時には元に戻っていたが、何故小さく見えたのか、その時には解からなかった。帰りがけ、私は気になって父親と暮らしている兄に父のことを尋ねたが、別に変りはないという。取り越し苦労か…と思ったが、そうではなかった。

もちろん私の身近な幻視など、ケーシーのようなスケールの大きな幻視に比べようもないが、ただ“幻視”と云うものの本質を知る上では、似たような面が含まれていると思うのだ。つまり幻視には或る種の示唆と啓示が含まれていて“幻覚的な形で真実を伝える”意味合いが備わっているような気がするのだ。ただ私の場合は能力不足からかもしれないが、そんなに先のことまでは解からず、経験的に云うと半年先くらいのことは“幻視(又は予感)”されることがある。それ以上先は、私の場合は解からない。もしかしたら、大体それくらい先までは大きな出来事である場合は“未来として出来上がりつつある”のかもしれない。そして“決定的な出来事”としては10日前後くらいから完了に入るのかもしれない。経験的にいえば、もはや変えようがない“決定事項”は、1日半くらい前であるような気がする。もちろん、これらは個人的な運命であって、9.11とか3.11とかの大多数を巻き込む歴史的出来事である場合は、何年も前から青写真が組み込まれている―と云うことは考えられる。仮にそうだったとしても、その出来事を避けることは“個人的には可能”なはずで、未来が描かれるキャンバスは“重ね塗り”をすることで、最終的な“未来の出来事”を変えてゆくことができ、我々が実際に体験する運命と行き着くことになるのだろう。

「電子書籍」市場への第一歩

2012-03-11

5年ほど前だったと思うが、電子書籍と云うものが注目を集めた時期があった。新しい書籍の形態と云うことで、ブームが形作られるか…に思えた時期があった。確かアメリカが先駆けで、日本もそれに追従し、漫画書籍等を次々と電子書籍化し、小説や雑誌等もそれに続く、と期待された時期があった。

けれども、最初に電子書籍化に手を伸ばした企業・出版社の多くは、何故か途中で退散し始めていった。その頃の日本では採算が取れなかったからである。日本ではアメリカのように電子書籍と云うものがスムーズに市民権を得ていない実情に気付いたのだ。実は日本とアメリカでは様々な点で、電子書籍と云うものへの違いがあった。その部分を初期参加の企業や出版社は甘く見ていたのである。

先ず、アメリカ人と日本人の性格的な違いがある。アメリカ人はそれが好いものであり、安いものであり、便利なものであれば、何の躊躇もなく手を伸ばす。他の人が用いていないものであっても、率先して購入する。日本人はそうではない。仮に好いものでも、安いものでも、便利なものでも、周りがそれを使用しているかどうかチェックし、実際に使用した人達の反応を確認してから購入しようとする。良く言えば慎重であり、悪く言えば周囲に同調して自分の行動を決定する。そういう点で日本市場は一気に普及させるのは中々に難しいのだ。

また、日本はアメリカと違って国土が狭い。全国的に文化レベルは高く平均化している。したがって、田舎でも書店が存在していないところは少なく、図書館もあり、コンビニもあって雑誌・書籍・新刊を入手しやすい。日本全国どこでも紙書籍の本を読むことができる。アメリカのように車を使って何十分も走らないと書店がないとか、図書館がないとか、コンビニが見当たらないとかいうようなことはない。さらに日本の書籍の多くは現在カラフルになっていて、読み易く、解かり易く、華やいだ装丁となっている。特に雑誌や実用書はそうだ。とても電子書籍に紙書籍の細やかな編集を要求することは出来ない。つまり、日本語の文字と云うのは英語やヨーロッパの言語文字に比べてデザイン的な要素も多く、縦書きや横書きや文字の大小や書体によっても微妙に印象が異なり、そういう点で少なくとも初期の電子書籍では中々それらを微妙に使い分けたり、上手く編集したりして表現しきれていなかった部分があることは事実なのだ。丁度、われわれが古書を読む時、感じる読み難さのようなものを初期の電子書籍は持っていた。コスト的にも、イラストや写真や図解等、電子書籍にたくさん掲載するのは難しい。この点は現在も解決されているわけではない。つまり、短編小説やノンフィクション、ハウツウ物等であれば電子書籍に適しているが、長編小説、実用書、雑誌類などは、少なくとも日本語の電子書籍にはあまり向いていない分野のような気がする。

したがって日本では、原画をそのまま取り込める漫画、通常書店で購入しにくいアダルト系の小説、若い女性向けの軽い小説などが、電子書籍として比較的受け入れられてきたような気がする。価格的にもそれらは安く、読み捨て的な意味合いでも購入しやすいからだろう。

アメリカ等の場合、電子書籍には単に一般書を電子化するというだけでなく、もう一つの意義があった。それは大手出版社が手出しをしないような“良書ではあるが発行部数は伸びない本”や“世に隠れている新人作家の発掘”という二つの意味合いで、電子書籍は極めて有効な手段として期待されているのだ。これまでの日本では、この二つを電子書籍に求める発想は、少なくとも参入する企業・出版社側には極めて乏しかったのが現状のようだ。それもあって、読み手の側にも電子書籍の購入者には本当の読書人は乏しかったような気がする。ただ、ここにきて日本式の電子書籍市場が秘かに動き始めたような動向が見られる。

その一つは既に絶版となっている小説等を電子化しようとする動きで、昔の名作が電子書籍として蘇る可能性は大きいのだ。また、新刊書を紙書籍と同時に電子書籍として発売する動きも窺われる。この場合、電子書籍の価格がかなり割安となるなら、それを購入する読者は増えていくことだろう。現代の住宅事情からも新刊を割安にすれば確実にさばける。但し、一部の出版社は何を履き違えているのか、紙書籍と電子書籍と同一価格で出したりしている。通常価格なら電子書籍化する必要はない。

ところで私自身も、このほど初めて電子書籍によって『クフ王出現』と云う歴史小説を発売した。ギザのクフ王ピラミッドで19世紀に発掘を続けた実在人物を主人公として、俗に「重量軽減の間」と呼ばれる屋根裏部屋の天井に「クフ王」のカルトーシュを発見していく経緯と、それが偽造されたものである可能性を追求したドキュメント風の小説である。歴史ミステリーの物語と言っても良い。この後も、エッセイや鑑定記録や小説や占い本などを電子書籍として発表し、安く読者に提供していきたい―と考えている。私も若くないので、矢継ぎ早に書けるわけではないが、それでも人間の運命、及び占いの真実と云うものに興味のある方達の為に、少しでも多くのことを書き遺しておきたいものだ。

何かが動き出す予感

2012-03-04

日銀がデフレ対策として金融緩和方針を断言した。世界に後れを取ってきた日本だが、ここへきて政府も日銀も経済成長なくして“日本の未来はない”と云うことに、ようやく気付き始めたらしい。そう先進国の中でも少子高齢化が著しい日本では未来の子供達の為にも経済成長は必要不可欠なのだ。いつまでもデフレで立ち止まっていることは出来ない。

その対策に呼応するように、急遽円安が進み、株価が上がり始めた。もちろん一時的な呼び戻しはあるだろうが、両方共こう着状態が長く続いていただけに、一つのきっかけとして大きく動き出す可能性は出て来た。

ここ数年、日本は円高が続き、株安が続き、地価下落が続いた。一時期、停まったかに見えたデフレは収まらず、ドルに対してだけでなく、すべての通過に対しての円高にも拍車が掛っていた。「避難通貨」とも呼ばれる円は、他の通貨が下落すると必然的に買われる。近年は欧米圏で経済や通貨の問題が多いので、どうしても円は買われがちだった。ただ日銀が金融緩和を推し進めてデフレを阻止すると宣言したことで、世界の投機資金がいったん円から離れ始める可能性が高い。そうなれば一気に円安方向へと動き出す可能性は乏しいとしても、徐々に円安へと振れていく可能性は大いにあるのだ。円の適正な値に関しては様々な説があり、50円半ばという超円高説から、130円前半と云う超円安説まであって、どの程度が適正なのか私には解からない。ただ円安に傾いてくれた方が輸出産業が多い日本経済全体にとって貢献度が大きいことは間違いがない。円安に傾くと株価も上昇することは外国人投資家の多くがドル換算で株価を捉えるからである。外国人旅行者にとっても、旅費が安くなるから日本に来やすくなって、お土産なども沢山買い易くなることは言うまでもない。観光地の消費の何割かは間違いなく外国人観光客なのだから、そういう意味でも円役メリットは大きいのだ。お土産ばかりではなく、もっと大きな買い物、不動産にしても円安は有利だ。もっとも投資目的で土地・マンションを買いあさる輩が出て来るかもしれないが、極端でない限りデフレ阻止策としては有効と言えるだろう。とにかく、どんなに税収比率を増やしても、経済が縮小していっては国の借金は返せず、デフレからの脱却も出来ない。

世界経済が混とんとしている今日、欧米からの経済変動の余波を受けやすい国と云われている日本は少しでも独自の経済成長や経済戦略を身に着けていかなければアジア諸国の新興国に次々と追い抜かれていってしまう。別に経済が追い抜かれても、ブータンのように経済格差目立たず幸せ基準が確立されていれば問題ないが、今の日本社会に同じような価値観をそのままあてはめることは難しく、いつの間にか後戻りできない経済格差まで生まれて、環境や教育の原点から作り直さなければ、とても価値観の統一など出来そうもない。よく、お金で幸せは買えないというが、確かにその通りではあるのだが、それは似たような環境・経済状況の中での正論で、あまりの格差歴然としている状況下では、少なくともいくつかの幸せがお金で買えることも事実だ。ぎりぎりの年金生活で生きながらえている人々が居て、派遣やアルバイトやパート収入ぎりぎりで暮らしている若者が居て、その一方でセレブ生活を謳歌している一部の恵まれた富裕層がいる。昔、日本の九割の人々が「中流」と名乗っていた時代は彼方へと消えた。日本国の舵取りの何かが間違っていたのではないのか、少なくとも国民の七割が「中流」と言い切れる時代へ戻すことが急務のように思われる。

そういう意味でも、何かが動き始める予感を感じさせる日銀の宣言とマーケットの反応であった。円安方向へと徐々に動き出せば、必ず株価も上昇し、地価も上昇し、デフレも食い止められる。ただ時として首相や大臣の迂闊な発言が経済の足を引っ張り易いのがこの国の特徴だ。どうか、それだけはないよう願ってやまない。

円安に関しては個人的に苦い思い出がある。あれはもう16年前くらいだったと思うが、一時的に円安が急速に進んだことがあった。その当時、私は珍しく景気が良くて毎月かなりの金額を預金に回せる余裕があった。そこで当時騒がれ出した外貨預金という手法を試みようとしたのだ。そう思って一度銀行へ行ったのだが、担当者はあまり良い反応を示さなかった。多分、当時の外貨預金にしては額が少な過ぎたのだろう。彼の態度を見て私はちゅうちょしてしまった。結局、そのまま家へ友だったのだが、その3日後に円安は一気に7円も進むという特異な現象が起こった。あの時、彼の態度など気にすることなく外貨預金をしていれば良かったのだが、極端に円安になったところで後れを取ってはいけない、と即座に外貨預金を行った。今度は担当者の説明など聴かなかった。ところが、そのあと2円ほど円安は進んだが、要するにそこまでだった。あまりに急速に円安へと振れた反動で、今度は円高へと徐々に動き出したのだ。私の記憶違いでなければ1ドル=147円で行った外貨預金はじわじわと円高へと修正されていき、その3年後には105円台まで円高方向へ振れていったのだ。結局、外貨預金は散々で三分の二以下となっての払い戻しを受けた。あれ以来、一挙に7円も動くことはなくなったが、3~4円なら稀に動くことはある。今ならFX投資をしている人達も多いので、一気に動くと大儲けしたり、大損したりする人も出て来るだろう。宝くじは神頼みだが外貨や株価や不動産投資も根本は皆同じで、タイミングと勘と運が、すべてを支配している。