3月, 2018年

「肢のない妻」がお出迎えする部屋

2018-03-31

「テーブル美術館」シリーズと呼ばれるフィギュアがあるらしい。つまり、通常なら美術館にあるような芸術作品を、自宅に飾って楽しむことが出来るシリーズだ。まあ美術の名画レプリカとほぼ同様な彫像作品だと思えば良い。私も絵画のレプリカなら、クリムトなどの作品をいくつか所蔵している。ただフィギュアは小さいし、アニメ的なものが多く、とても“芸術作品”という気がしないので、購入したことはない。ところが、このほど日本画の名画として知られる江戸時代の画家・丸山応挙作「幽霊図」が何んと“絵”としてではなく“フィギュア”の立像として発売されるらしい。丸山応挙が描いた日本画「肢のない幽霊」の姿を忠実に再現してあるのだという。「テーブル美術館」では、これまでにも“ミロのビーナス”や“ロダンの考える人”なども制作販売していて、それなりの実績を残している。まあ出来栄えとしては“今一つ”な気がしないでもないが、自宅の棚やテーブルに飾るものとして考えると、妥当な“大きさ”、“お値段”、“出来栄え”であるのかもしれない。ちなみに、この「肢のない幽霊」は6480円。まさに“お手頃価格”。ただ元々この「幽霊図」は応挙自身が、夢に出てきた妻の姿…を描いたものとされる。妙にリアルなのは、そのせいもあるのだ。したがって、それを忠実に“肢のない立像”として再現した作品は、或る意味で丸山応挙氏の“亡き妻”を自宅に招き入れるようなものなのだ。おそらく、これを購入される方にはマニアックな独身男性が多いような気がするのだが、深夜に自宅に戻って灯りを点けたら、透明感のある「肢のない妻」が待っている構図は、ちょっと不気味でもあり、それでいながらどこか“心温まる世界”のような感じがするのはなぜだろう。

「成功」の軌道を外れた者が立ち直るまで

2018-03-30

『婦人公論』の4月号に最新の小保方晴子氏の画像が載った。「STAP細胞騒動」から既に4年が経過していた。ほぼ同時に、彼女が同誌に連載していたエッセイと新たな原稿を加えた『小保方晴子日記―死の淵を彷徨った孤独な闘いの記録―』も出版された。人間には、時々“不条理な運命”が待ち受けていることがある。最初、小保方晴子氏が「STAP細胞発見」の記者会見を行った時、その笑顔は晴れやかで美しかった。マスコミはいっせいに“STAP細胞”ではなく、彼女にスポットライトを浴びせた。けれども、その後、次々に“疑惑”が指摘されるようになる。理化学研究所は態度を一変し、自分達には関係がない、という姿勢に転じた。やがてマスコミも“袋叩き”のように、彼女に対してバッシング報道を始めた。その結果「若きノーベル賞候補」だったはずの彼女は孤立無援となって、その地位も、職場も、博士号も奪われていった。マスコミは彼女を“笑いもの”にし、精神科に入院させるまでに追い詰めていった。もし、彼女が自ら意図的に論文をねつ造したのであれば、そういう事態に追い込まれたとしても、多少は仕方がない。けれども、もし、彼女に“世間を欺こう”とする意識が全くなかったのなら、精神科にまで追いやったマスコミは「集団モラハラ」以外の何物でもない。私はこの件に関して、当初から不思議に思っていたことがある。彼女が“割烹着を着せられた”ことである。それは上司であった笹井芳樹氏の指示であった。もし彼女が最初から“世間を欺こう”としたのであれば、どうして割烹着など着るだろうか。そんな恰好をしたら、“正規の科学者”に見えないではないか。世間を欺こうとする者は、それらしく見えるよう注意を払うものだ。“正規の科学者”に見えない姿をさらすなど、絶対に行わないはずなのだ。こういうことはあまり書きたくないが、笹井氏は成功を焦っていた。自分より“格下”だと思っていた山中氏にノーベル賞が先に与えられたことで焦っていた。小保方氏が実験に失敗し、何度も泣き崩れているところを、彼は見ていた。すべてを失った小保方氏に手を差し伸べたのは瀬戸内寂聴氏だった。2016年6月、寂聴氏との対談という形で、小保方氏に「気」を注入したのだ。すべてを見通す“寂聴氏の眼”は、こうして“地獄”から一人、また一人救い上げていくのだ。

 

「ロス疑惑」を思い出させる事件

2018-03-29

1980年代、日本中の話題をさらった事件に「ロス疑惑事件」がある。最終的に容疑を掛けられた三浦和義氏が留置場自殺を遂げたので、その容疑は濃厚ながら、真相は今でも“闇の中”である。さて、私にこの事件を思い出させたのは昨年4月25日に起きた“大阪での事件”だ。実際には「自殺」として処理されていたのだが、昨日28日に韓国で“殺人事件”として“自殺者の夫”が逮捕された。この韓国人男性22歳は、昨年4月25日に大阪のホテルで“自殺処理”された妻と共に新婚旅行の途上にあった。彼によれば、その理由は判然としないながらも、妻が未明にトイレの中で自殺していた、と警察に通報した。検視の結果、ニコチン中毒死と判明。夫から詳しく事情を聴こうとしたが、早く本国に戻りたいということで、争った跡などないところから本人の希望を入れたようである。これに“不審”を抱いたのは生命保険会社だった。彼らは入籍していたが、それは両家に一切知らせることなく10日前に行ったもので、誰も新婚旅行として大阪に来ていることを知らなかった。その旅行保険は空港内で急きょ掛けられたもので、片方が死亡した時1500万円が受け取れる契約だった。新婚旅行なのに、最初から死亡原因である“ニコチン原液”を日本に持ち込んでいた。しかも、それは夫が海外からインターネットで購入したものだった。これらの事実が判明したことで、韓国警察は夫の自宅を家宅捜索し、携帯電話に「妻を殺して保険金を手にしたい」とのメモを見つけた。実は夫には、2016年12月にも、大阪で別の女性を殺害しようとした過去を持っていた。飲み物にニコチン原液を混ぜたのだが、本人がおかしいと気付き、一命をとりとめていたのだ。実際には“新婚旅行中に殺害を企てた”こと以外は「ロス疑惑」とは異なるのだが、考えてみると、新婚旅行中の海外のホテルというのは、ホテル側も干渉しない傾向があり、身内関係とも離れて、殺人が挙行されやすい舞台設定ではある。それにしても1500万円など2~3年もすれば使い果たしてしまうのに…。

運命としての「罪」と「罰」

2018-03-28

3月27日、一人の歌手が「45周年記念コンサート」を行った。彼女が事実上の“引退”に追い込まれて、もう25年以上が経過していた。コンサートでは自身が作詞作曲をしたという「ありがとうのかわりに」という新曲も披露していた。ファンは暖かい声援を送ったが、マスコミの多くは否定的な論調を崩していない。一時期、日本中を騒がせた“霊感商法”で脚光を浴びた「統一教会」。その「合同結婚式」に出席して後、人生が大きく変わった桜田淳子氏のコンサートだった。今年2月には新しいアルバムも出していて、その購入者特典として今回のコンサート“チケット優先申し込み”が付いていた。かつて「花の中三トリオ」と呼ばれた三人は、それぞれに違った人生を歩んでいる。森昌子氏は長らく結婚生活を送ったが、離婚し、その後、歌手として復活した。山口百恵氏は結婚後は引退したままである。おそらく桜田淳子氏は、自分が世間的には未だ許されていないことを意識し、コンサート後は無言でタクシーに乗り込んでいる。宗教の広告塔として活躍した芸能人は多い。事実上「広告塔」だった彼女は、その“重い十字架”を背負って生きていく。同じ日、インドから興味深いニュースが入った。ブランドシャールという町で、3月初めに不倫をして夫の元から青年と駆け落ちをし、彼の親戚でかくまわれていた女性が、夫の説得で我が家へと戻った。そうしたところが、村長や長老たちの意見で“姦通罪”として「百叩き」の刑に処せられることになってしまった。公衆の面前で夫から樹に吊るされ、革のベルトでムチ打たれ続ける。その様子は町の人達のスマホで撮影された。彼女は気を失い、引き下ろされた後、群衆たちによって性的暴行を加えられた。その後、病院に入院し、回復後に警察へと訴え出た。こうして、村長や夫などは捕まったが、群衆はまだ捕まっていない。人間の「罪」と「罰」とは何だろう。運命の「罪」と「罰」とは何だろう。

「国」同士の“再編”が始まる

2018-03-27

英国で起きた「元ロシア情報員暗殺未遂事件」は、とうとう互いの外交官を“国外追放”するところまで発展してきた。当事国である英国だけでなく、EU加盟から14か国にまでそれが連鎖する可能性が出てきた。さらに米国とカナダもそれに加わる。アメリカの場合は既に60名の外交官を追放し、大使館を閉鎖したところまで出てきた。一方、暗殺を企てたと決めつけられたロシアも、対抗措置として各国外交官を追放する、と対決姿勢を変えていない。まさに、かつて世界を席巻したスパイ映画「007の世界」なのだ。私は3月16日に《今年は「中傷&暴露合戦」の年?》として、国同士でも“互いに中傷し合う年”になる可能性を述べたが、その一つは「貿易戦争」であり、その一つが「情報戦争」のようである。英国、及びEU側は、ロシアが国家として“ソ連時代”開発を進めていた軍用神経剤「ノビチョク」を使って元スパイ父娘の毒殺を計ったと主張しているが、もちろん、ロシア側は完全否定している。プーチン大統領は18日に「この大統領選直前、ワールドカップのロシア大会も行われるのに、バカげた妄想だ」と相手にしていない。確かに、大統領選直前だったことを考えれば、プーチン氏の主張の方が“正論”であるよう私には思われる。ロシアの政府見解としても「何ら客観的な証拠がないにもかかわらず、英国とその同盟国は無分別に行動している」と指摘している。仮に暗殺未遂が“ソ連時代”の軍用神経剤だったとしても、今頃そんな解りやすい毒物を用いて大統領再選が確実視されていたプーチン氏が指揮するだろうか。時期的に考えても、“国家犯罪”と見るのは無理があるような気がする。米中の「貿易戦争」にしても、どちらも“やられっぱなし”の国ではない。特に中国の習近平氏は、アメリカのトランプ大統領が“真っ向勝負”出来るような相手ではなく、北朝鮮の金正恩氏が「謎の北京入り」を行ったのも、アメリカと今後どう対話していくか、何らかの“打ち合わせ”的要素が強いよう感じられる。そういう世界の情勢に比べると、同じ問題で“すったもんだ”を繰り返す日本は何んと平和なのだろう。企業同士の「再編」が叫ばれて久しいが、今年から国同士の「再編」が徐々に始まっていくよう感じられる。

「北広島」&「新駅誕生」は予言通りだが…

2018-03-26

最近、予言は的中しても、何となく憂鬱な事柄が多い。もめにもめていた“日ハム”の新球場が「札幌・真駒内」ではなく「北広島市」に決定した。そのことは年初に雑誌『クオリティ』の中で私が予言していた。つまり「私の占いでは日ハムの新球場の移転先が北広島市に決定される感じが強く出ています。そこで、北海道命名150年を記念したJRの新駅を北広島市に作るなどすればアピール効果が大きいと出ています」このインタビュー記事の後半で述べている“JRの新駅”も、ほぼ確実に作られるだろうことが約束されている。何日か前の新聞で、日ハム側と北海道知事とが会って「新駅構想に協力する」との約束を取り付けているからだ。もちろん、私がインタビューを受けた時点では、そんな構想など日ハム側は一言も語ってはいない。まあ、私個人の「占い」からの発想にすぎない。つまり、この占いは“大当たり”だったのだが、気持ち的には決して晴れやかではない。私個人は「札幌」に作ってほしかったからだ。誤解を避けるために記しておくが、私は別に“日ハム”ファンでもなければ、自分が球場まで行って見物したいからでもない。実は、私は「日ハムの野望」を恐れているのだ。日ハム側が想い描いている“テーマパーク都市構想”は単なる“野球場建設”ではない。さまざまな娯楽施設や観光施設も市側と一体となって建設し、将来的には札幌に匹敵するような“未来都市建設”の野望が含まれているからだ。それらが実現すれば、新千歳空港に近い北広島市は、札幌よりも“道外客”や“外国人客”を取り込める可能性がある。札幌市の場合、何を行うにしても一度でスッキリまとまったためしがない。「新幹線駅」も“新たな東側駅”で決まりとなったが、それまで四つも、五つもの案が生まれては消えた。おそらく日ハム側は最初から北広島市にしたかったのだが、交通の便が極端に悪く、今のままだと仕事帰りに足を運ぶファンを獲得できない。そこで北海道知事に協力を要請した。もちろん、JRの新駅は“日ハムファンの足”として確保したのだが、同時に“未来都市構想”として外せないものなのだ。30年後、果たして北広島市は、札幌市と競い合うような都市へと大変貌しているだろうか。

縄文人が授けた「博士号」

2018-03-25

ときどき正規の学校教育を出ていなくても“名誉教授”として教壇に立つ人がいる。尾関清子氏は、その典型だった。現在、東海学園女子短大名誉教授の職にある。また立命館大の環太平洋文明研究センターで客員協力研究員を務める。地味ながら「縄文の布」研究では日本の第一人者と言われる存在だ。彼女が“縄文の布”と出逢ったのは50代の頃で、偶然の産物だった。たまたま出逢った“縄文布”がさまざまな方法で編まれていたことに魅了され、どんどん調べ追及していくうちに“専門家”となった。縄文布の地域性や起源など、調べれば調べるほど興味がわいた。だから80代になっても“若く”いられた。そして昨年9月博士論文として「縄文の布―日本列島布文化の起源と特質」を提出、高評価を得て立命館大から88歳で修士課程をとびぬけ「文学博士号」を授与されたのだ。彼女の栄誉は、ただ単に「日本人最高齢で博士号を貰った」ということにあるのではない。われわれ日本人の誰もの祖先である“縄文人”の衣服について、その起源や地域性について、徹底的に調べ上げ解き明かしたことにある。或る意味で考古学研究の“大きな成果”の一つなのだ。おそらく彼女は研究に没頭している内に、“縄文人の霊”が背後に憑くようになったのだろう。そして背後から暗示的に教えてくれたに違いない。彼女があまりに“縄文人”に近づいてくるので、縄文人の方も彼女に何かを授けてやろうと考えたに違いない。尾関氏は“博士号の授与”を「金メダルを貰ったような喜び」と表現したが、一見、努力のたまものに見える「博士号の授与」は、案外、いつの間にか“縄文機織りの世界”へと彷徨いこんだ一人の女性に“ありがとう”の感謝を込めて、縄文人たちから贈られた“真実の証”なのに違いない。

「日本株」急落、あれほど警告したのに…

2018-03-24

昨日「日本株=日経平均」は一時1000円以上下落し、終値でも974円下落した。アメリカが大きく下げたからだが、そのアメリカよりもはるかに“大きな下落率”だった。しかも、一番の問題は「円高」に歯止めが掛からないことだ。米中の“貿易戦争”が現実化し、それが“日本株急落”と、ドル円相場の“円高”と、両方を加速させている。これで年始から日本株は4000円弱下落したことになり、ドル円も10円弱高騰したことになる。一番困るのは、この両方ともに“歯止めになるもの”が見当たらないことである。こうなることを恐れて、私は今年の1月28日、《「円高」放任すれば「日本株」は急落する》を書いた。本当は年初から感じていたのだが、何も生じていないのに書くのも変なので、我慢していたのだ。その時《…その場合、ドル円相場にも歯止めが掛からなくなる。一気に円高が進んでダブルパンチを食らう可能性があるのだ》と記した。ところが、この時点では、誰ひとり「円高」に着目している相場関係者はいなかった。多くの識者たちが「円高」に着目し出したのは、2月の“株価急落”以降なのである。もっとも株価が大きく下落し始めても、日本政府や日銀は何の手立ても用いなかった。アメリカのトランプ大統領が折に触れ“貿易赤字”を繰り返し、その都度、円高方向に動くのだが、日本は“口先介入”さえもまったくしなかった。ようやく日銀副総裁が“円高けん制発言”らしきものを行った時、一時的にちょっとだけ“円安”方向に傾いた。そこで3月6日、私は《「円高」を阻止する最後のチャンス》として、今こそ“円高阻止”へ向け、政府・日銀が一体となって動くべきであると述べた。ところが、なぜか、そのあと日銀は微妙に“発言を修正”したのだ。当然、歯止めがなくなった“ドル円相場”は、輸出企業の“マイナス圏”となる為替に躊躇なく動いて行った。そう言えば「嫌な予感ほど的中する」と前にも書いた。社会の動き、世の中の動きは、私ごときには止めようもない。個人であれば、少しは“予感”や“占い上のアドバイス”も役立つのかもしれないが…。

「ジョーク」か「真実」か⁈

2018-03-23

仮想通貨の取引所「コインチェック」から580億円分もの「NEM(ネム)」流出事件が起こって2カ月弱が経った3月22日午後6時45分、盗み出されたネム通貨のほぼすべてが別のコインや現金へと交換された。そこに関わったのは1万3千を超える口座であり、知らずかかわった取引所や口座もあれば、知っていて交換に応じた取引所や口座もある。犯人と思しき人物は、通常では入れないダークサイトを経由していて、ネット技術関係の専門家か、闇関連の関係者か、どちらかが関わっていることは確実と思われる。今月18日にNEM財団が“追及打ち切り”を宣言していた。簡単に言えば、お手上げ宣言である。それによって、変換されず残されていた通貨が一斉に動き出し、資金洗浄を終えた。犯人が開設したと思しき“闇の取引所”では画面が変わり、北朝鮮の金正恩氏が札束に埋もれて高笑いする画像となっている。もちろん、これは“ブラックユーモア”的画像で真実とは思えないものの時期が時期だけに、100%のジョークと受け取ってよいのか、それともどこかでつながっているのか、真相は“闇の中”である。G20でも“仮想通貨”に関する議論は交わされたらしいが、国によって捉え方が微妙に異なるだけに、実質的には“今後に持ち越し”のような結果になった。それにしても「ネム流出事件」とは何だったのか、改めて考えさせられる。多くの人は新興企業が招いた“セキュリティのミス事件”として捉えたかもしれない。けれども、考えようによっては深夜を狙った「銀行強盗」だったのだ。580億円もの貨幣が一挙に盗み出された。現代の銀行では、実際にはほぼあり得ない。現実の貨幣を盗もうとした場合、580億円は大量過ぎて運び出すのが大変だからだ。大体、通常の銀行だと金庫にそれほどの金額を保管していないのではないだろうか。こういう事件が起こると、銀行強盗を扱った過去の映画が妙に懐かしく、しかもすがすがしく思えるのはなぜだろう。

資格が宙に浮く医師と弁護士

2018-03-22

世の中には“なりたい”と思っても、そう簡単にはなれない職業もある。例えば「医師」や「弁護士」がそうだ。これらの仕事は正規の“国家資格”を得られなければ、職業に就くことが出来ない。その“国家資格”は、当然のことながら国家試験に受からなければ得ることが出来ない。その国家試験を受けるには、大学の医学部や法学部で学ばなければならない。このようないくつもの段階を経て「医師免許」や「弁護士資格」は与えられることになる。ところが、近年、ストレートにここまでたどり着く人はまことに少ない。まず、第一に大学受験そのもので足踏みしている者も多い。ようやく入っても、今度は単位が取れずに“留年”してしまうケースが多いのだそうだ。つまり、なかなか卒業できない。医学部の場合は6年なので、ストレートに進んでも年数を要するが、何年も留年してしまうと卒業するだけでも大変で、医師の国家試験になかなか合格できない。同じことは弁護士の方にも言えて、留年などしてしまうと司法試験はなかなか受からない。こうして、通常ならとっくに社会人になっていなければいけない年齢で、学生のまま身動きできなくなっている人たちも多い。ようやく試験が通って、やっとのことで“国家資格”を手に入れても、今は就職が大変である。特に、最近は弁護士の資格を持ちながらも、正規の弁護士事務所では働けないケースが目立ってきた。日本人は欧米人と異なって、何でもすぐ“訴訟に持ち込む”ということはしない。国策で弁護士の数は増やしたが、仕事量そのものが、それほど増える可能性は少ないのだ。ところが、弁護士を目指した学生の中には“奨学金”という名目の借金を背負っている方も多い。逆に、医学部の留年組には、親が開業医で仕方なく受験して医学部に入ったが、勉強についてゆけず進学がストップしてしまっている場合も多い。こちらの方は借金の心配はないが、元々どうしても“医師免許が欲しい”という切迫したものがないだけに卒業に時間が掛かり、いざ医師免許を得ても“研修医”として組織の中で目標を見失ってしまうケースも多い。つまり、どうにか国家資格を得ながらも、それが宙に浮いてしまう医師や弁護士が、今後は大量に出て来るかもしれない。

後ろから追い抜かれて嬉しいのは…

2018-03-21

今のところ日本が抜きんでていて、でもやがて確実に追い抜かれていく、その一つに「超高齢社会」がある。20日に公表された人口推計によると、なんと現在75歳以上の“後期高齢者”たちの数が1770万人となり、とうとう65歳~74歳までの高齢者たち1764万人より多くなったという。文字通り「超高齢社会」なのだ。ちなみに、世界保健機構の定義では、65歳以上の人口が7%を超えると「高齢化社会」、14%を超えると「高齢社会」、21%を超えると「超高齢社会」と呼ぶのだそうだ。まあ、しかし、新生児が少なくて、お年寄りが長寿なのだから、そうなるのは当たり前の話ではある。もう一つ、医療の進歩が「超高齢社会」を作るらしい。だから、そういう点から良く受け止めれば、先進国だけが「超高齢社会」となり得るのだ。但し、そうなると社会保障費が膨張することになり、税金が高くなって、国民が貧しくなっていく。だから、そういう意味では、日本には将来を支えていくための「何か」が必要なわけで、そういう意味で「カジノ」や「空飛ぶ車」のような“未来を担うもの”を拒絶する人達の気持が、私には解からない。ところで、そういう日本を、激しく追従している国がある。韓国と中国だ。特に韓国は深刻で、現在は“追従している”だけなのだが、やがて確実に追い抜いていくことがデータ上証明されている。将来を担っていく産業という点でも、韓国には黄色信号が点滅している。中国の場合はかつての“一人っ子政策”が、人口推計に“いびつさ”を作り出している。しかも、男女比の比率が全く合っていないのだ。つまり、現在、アジアを牽引している三国だが、そのいずれもが「超高齢社会」となって、貧しくなってしまいそうなのである。中国は、現在こそ経済的にも“超大国”としてのし上がってきたが、決して未来はバラ色ではないのだ。そういう点、日本は一番早く“少子高齢化問題”に取り組むことになっただけに、案外、賢く“生き延びる術”を、20年後くらいには研究・発見しているかもしれない。

日本の“切り札”になるか「空飛ぶ車」

2018-03-20

日本が世界に先駆けて行うことは滅多にない。ましてや“官民連帯”して行うようなことは滅多にない。仮に行おうとしても、必ず横やりが入る。ところが、これに関してはスムーズに進みそうな予感がある。19日、経済産業省が打ち出した「空飛ぶ車」の実用化に向けた技術開発や法整備である。つまり本気で「空飛ぶ車」を、世界に先駆けて開発・実用化を行い、未来産業の中核に育てていこうという興味深いプロジェクトなのだ。しかも、2020年代中に実用化させようとしているところに、その“本気度”が窺われる。実は、今「世界に先駆けて…」と書いたが厳密に言うと、正しくはない。もうすでに実用化し、販売しているメーカーがオランドに存在しているからだ。ただ今のところ1台4000万円からで、価格的にも少し“お高い”し、そのデザインや性能も“ヘリコプター型”で、何となく改良の余地がありそうな段階にある。大きさ的にも幅を取るので日本の一般道を走れる大きさではない気がする。大体、現在までのところ「空飛ぶ車」は“ヘリコプター型”と、“パラシュート型”と、“パラグライダー型”が多いようで、これらはいずれもSFなどの「空飛ぶ車」のイメージではない。日本の場合、幸いというべきか“世界的自動車メーカー”が揃っている。これらが競い合うことで、もう少しコンパクトで性能が良く、価格的にも抑えられる「空飛ぶ車」を誕生させられるのではないだろうか。日本の場合、これまでの経緯を見る限り“宇宙産業”などは成功しそうにない。金をかけるだけ無駄なのである。「空飛ぶ車」なら、世界をリードしていく可能性はある。そうすれば、30年後にも日本車は世界から求められる車として日本の経済をけん引していくことが可能になるだろう。

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