8月, 2025年
2025-08-30
芸能人の多くは、それぞれに与えられた“イメージ”というものがある。一度与えられたイメージはなかなか覆らない。船越英一郎氏には“断崖絶壁に真犯人を追い込む”二時間ドラマの主役イメージ、そしてもう一つは前妻・松居一代氏と“バトルを繰り広げた”夫としてのイメージだ。もう離婚して8年以上も経つのに、何故か“そっちのイメージ”はなかなか拭えない。その船越氏だが、つい最近、既に再婚していて、初の実子も誕生していた…ということが判った。それに対しての感想のほとんどが彼を祝福するもので、批判的なコメントはない。通常、芸能人カップルが離婚し、その片方が“再婚・出産”等のニュースが流れた場合、祝福コメントと疑問コメントとが交錯するものだが、今回の場合は、批判や疑問のコメントがない。だれもが23歳も年下の無名女優との再婚・出産に踏み切った船越氏を祝福してくれているようにも見える。もしかすると、松居氏との離婚劇では“断崖に追い詰められた船越氏”に対し、多くの人たちが同情的だったからかもしれない。その一方の松居一代氏の方だが、現在はニューヨーク在住で“投資家としての人生”を歩み出している。ただ、このところはSNSの更新が止まっているようで、一説には“体調不良説”もある。彼女自身が、病院へと検査に行って「体調悪化」を伝えたところから更新がストップしているからだ。どういう世界であれ“生き馬の目を抜く”ニューヨークで、だれも頼らず単身で成功をつかみ取るのは容易なことではない。元々、野心の強かった松居氏と、仕事よりも“家庭的幸福”を求める船越氏では“倖せの基準”が違っていたようだ。そういう意味で言えば、いまの松居氏にとっては“再婚”よりも“投資家としての成功”の方がはるかに有意義なことなのに違いない。実子である息子さんとの関係もギクシャクしているとの報道があったが、現在はどうなのだろう。幸せの見つけ方というのは、それぞれに違っている。親子・兄弟・夫婦・恋人だからといって、一致しているとは限らない。それぞれが、独自の尺度で“倖せの形”を見つけ出し、それに“接近すること”が出来れば、それがいちばんなわけで、だれが良いとか悪いとか、そういう問題ではない。
2025-08-29
現フジテレビ経営陣から前社長・港浩一氏と元専務・大多亮氏とが「損害賠償訴訟」で提訴された。300社以上に及ぶ広告収入453億円が失われてしまった…として、その一部50億円を賠償すべきとの提訴だ。まず、現経営陣から前経営陣を“提訴する”というのは、なかなかに勇気のいることだと思うが、これはほんとうに現経営陣たちが“自分たちの意志”で決めたことなのであろうか。一般的に考えた場合、現社長が前社長を“刑事告発”するようなもので、以前に日産自動車が行ったものに近い。ただ、あの時には、明らかに前社長であったカルロス・ゴーンが「利益を独り占めにしている」ことが外部的にも明らかな印象だった。つまり、前社長が告発されるのは、そうせざるを得ないような雰囲気が“社内全体”或いは“主要株主たち”も含めて賛同を得られたような状態である場合が多い。それらに比較すると、今回の場合は、前社長も専務も、彼らだけが「利益を独占した」わけではない。こと利益に関して言えば、独占どころか、特別多く貰っていたとも思えない。フジテレビに対して“損失を与えた”とみなすことは可能だが、それも“意図的に与えた”というのとは異なり、時代と状況から「結果的にそうなった」というのが実情ではないだろうか。「コンプライアンス」に関する問題は、時代と切り離して論ずることが難しい。やや“時代に乗り遅れた”と観ることも出来るが、それはフジテレビ一社だけではない。さまざまな企業で“時代とのせめぎあい”が現在も行われている。そういう問題を、前社長と元専務二人だけの責任とし“50億円もの巨額な金額”で扱うことが果たして妥当だろうか。もし“バブル時代からの企業体質だった”というのなら、当然、その頃率いていた日枝前会長の責任も問われなければならない。それにしても、わたしが気になるのは港氏と大多氏の“今後の人生”だ。この二人が巨額の私財を所有しているようには見えない。仮に、裁判で50億円が減額されたとしても、それを支払えるかは大いに疑問だ。そうすると彼らは、一般的な経営者の風貌から視ると“あまり裕福そうには視えない人相”であったが、それがそのまま今後の人生に影響してくるような……やはり、経営者は“経営者らしい風貌”をしていることが必要なのかも……。
2025-08-28
何となく私には抵抗感がある。それに怖い。人間に対しての“豚臓器の移植手術”だ。現在、中国では世界に先駆けて“豚臓器移植の実験”が盛んだ。先日も、脳死判定された男性(39歳)に対して、右肺を残し、左肺だけ“豚の肺臓”を移植する手術が行われた。その3日目、6日目、9日目に拒絶反応が強まり、家族の意向もあって、豚肺移植の実験は終了された。拒絶反応は何度も、しかも複数の形で出現したのだが、手術を強行した医学チームによれば、それらは「最初から予想されていたこと」として別に問題があるわけではなく、それらが生じても「生命活動を機能し維持できたこと」の方が医学的には重要であるという。そうなのかもしれないが、拒絶反応を抑えるため何種類もの抑制剤を投入し、いわば“薬漬け”の状態で、肺機能の働きを観察し続けた……という経緯を「大いなる成果だった」というのだが、そこまでして“移植実験を行う”神経の方が、わたしには異様に思える。確かに機能していたかもしれないが、それは“本人の片肺”が残っていたせいかもしれないのだ。中国ではこのところ“豚からの移植実験”を精力的に行っていて、肺だけではなく、心臓、腎臓、肝臓も、あらゆる臓器を“豚から貰い受けよう”としているかのようである。わたし自身は、この分野に詳しくないので、豚と人間とが、どのような点で“共通している”のか知らないが、少なくとも“豚臓器”を体内に入れれば、おいしそうな風貌に変わってしまいそうで怖いのだ。ただ中国国内には実際に「臓器提供を受けたがっている人」が年鑑30万人もいる……といわれ、その人たちのため「臓器提供を申し出ている人」の供給率は3%にも達しないという。中国の医学者たちが“脳死判定者”等に対して、やや強引にでも“臓器移植実験”を行いたがる理由は“そこ”にある。ただ人間同士であっても拒絶反応が出てしまうケースは沢山報告されている。ましてや豚ということになれば、それを承認する家族の側にだって“拒絶反応を起こす人”が必ず出て来るに違いない。やっぱり、だれでも「豚人間」にはなりたくないからだ。別に移植していなくても「豚人間」のような人はいて、そういう人たちだって、自分たちが“移植されている”と気を遣われるのは、嫌なのに違いないのだ。
2025-08-27
猛暑が続くので「寝不足」に陥っている人が多いらしい。確かに、暑い夜は寝苦しい。とはいうものの、わたし自身は「寝られない」ということがない。いつでも、どんな季節でも、すぐ“眠くなってしまう”症候群だ。だいたい“寝る場所”は決まっていて、第一はベッドだが、ソファでも、よくウトウトする。それに、ときどき、お風呂の浴槽の中でも“うたた寝”をしたりする。さいわい、いまの浴槽は寝てしまったからといって、身体がずり落ちていく心配がない。そういうわけで、寝不足になったら、身体の方が自然と“その分”をソファとか浴槽とかで補ってくれる。日本人はOECD加盟33カ国の中で、もっとも睡眠時間の少ない国民らしい。平均7時間22分で、8時間を切っているのは韓国と日本だけなのだそうだ。したがって「慢性的な寝不足」に陥っている人が多いのだという。確かに、わたし自身も8時間を切っている。8時間どころか7時間も切っている。まあ、その分、昼間に“うたた寝”をして均衡を保って居るのかもしれない。人の活動には“夜型”“朝型”の人がいるが、わたしは断然“朝型”で、朝早く(厳密には真夜中)に起き出して、夕食を採ると、その1時間半後くらいには眠くなっている。つまり、一般的に言うところの“ほんとうのプライベートの時間”が乏しい。もっとも、仕事の性質上、公私混同型で“いつ”が仕事時間で“いつ”がプライベートなのか、よくわからない。人間の睡眠には「体内時計」が深く関わっているようで、それは日頃の“習慣”というよりも“遺伝子”が深く関わっているらしい。つまり、生まれた時点で、もう既に“夜型”なのか“朝型”なのかが決まっていて、それが実際の仕事選びとか家庭習慣とかにも影響を与えているのだという。つまり、わたしには大昔から“朝早くから起き出す人たち”が先祖として宿っている……ということなのだろう。あまり“夜遊び”をするような先祖は居なかった…ということなのだろうか。さて眠りには「ノンレム催眠」と「レム催眠」とがあって、その繰り返しで睡眠時間を調節しているらしい。わたしはよく夢を見る。働き者のせいなのか、なぜか「職場内の夢」が圧倒的に多い。それも、まるで幼児教室のような“ごちゃごちゃした職場”が多い。もう“会社”や“職場”から離れて四十年にもなるのに、未だに“会社内の夢”を視るのだ。それも実際には行ったことのない「ごちゃごちゃした教室のような職場」だ。即戦力として入社したはずなのに、実際には難しくて何も出来ない。愚かなわたしは、どうしよう……と悩んでいる。
2025-08-26
ときどきアイドルグループに属していた人物が、何らかの事件とか出来事とかでグループ内から消えていく。最近のアイドルグループは人数が多いので、一人二人いなくなっても、存続そのものには支障がない。現在、女子9名で構成されている「アイライフ」のメンバーから「重大な契約違反があった」ということで、27日の日本武道館の公演を最後として「那蘭のどか」が脱退する…と公表された。まだ19歳だが“男性との2ショット写真”がSNSで拡散されたらしい。本人も“違反行為”であったことを認め脱退を受け入れているようだ。わたしは以前から、アイドルがプライベートにおいて“恋愛交際をする”ということが、どうして“禁止”であり“違反”なのかがよくわからない。「社会生活」と「私生活」とを何故“合わせ持ったもの”として、アイドル活動をしなければならないのだろうか。なぜ“世間に向けられた顔”と“私生活の顔”とが、違っていてはいけないのだろう。もちろん、少女アイドルの年齢などを考えると、学校にも行きながら、仕事の舞台にも立ちながら、男女交際が発覚するのは、今後の芸能生活を考えれば好ましいこととは言えない。ただ十代後半の多感な時期に、恋愛の一つも生じてしまうのは、まあ当然というか“致し方のないこと”なのではないだろうか。もちろんアイドルグループというのは、一つの組織であるから、そういう点で“組織から外れた行為”は許されることではない。ましてや、まだ“売り出し中の身”であれば“男性との2ショット写真”の拡散によって、他のメンバーたちも“同様な私生活”と受け止められることは避けたい。だから、彼女が脱退するのは、或る意味では当然かもしれないのだが、それで“アイドル人生”や“タレント人生”が終わってしまったと決めつける風潮には違和感を覚える。もし「私生活も含めてアイドルなのだ」というなら、仕事として見せる歌やパフォーマンスに意味はない、ということになる。少なくとも“アイドルらしい私生活”を送っていなければ弾かれていく世界ということになる。実際、これまでにも“私生活が暴かれた”ことで消え去ったアイドルは多い。ただ総じて“問題児”には個性派の人気あるメンバーであるケースも多い。それゆえグループを離れて“単一の活動”となっても“生き残っていった人物”も多い。一から十まで品行方正だから「アイドルとして人気が出る」と決まったものではない。逆に、品行方正過ぎる人はアイドルに“向いていない人”も多いので、その辺が難しいところなのだ。
2025-08-25
女優の中西悠綺氏が舞台あいさつの中で、自分には「専属の占い師がいる」と発言したようだ。その“専属の占い師”とはchatGPTで要するに人間ではなく“AI占い師”なのだという。彼女自身が、自分の手相を見せて「何歳に結婚できるか」と占ったところ「30歳頃」と教えてくれたという。こういうふうに「AIロボット」も「占い」も、その両方を“楽しんで使う”のはとても良いことだと思う。そして、これからの時代は、どんどん“そういう方向”へと進んで行くのではないかと思う。ロボットそのものの外観も、現代では“さまざまな外貌のもの”が登場し始めている。おそらくあと十年もしないうちに、ほとんど人間と変わらないような外貌を持ったロボットが登場して来るに違いない。そして、それぞれの分野の“専門知識”を備えていて、或る意味では誰よりもエキスパートとして“優秀な存在”になり得る可能性も秘めている。但し、問題は、その最初の部分、つまり“基礎的な知識”が正しいかどうか、という点にある。たとえば「占い」などの場合、その基礎的な知識に対しての信頼度は必ずしも高くない。具体的には、手相などの場合、その生命線とか運命線とかに対して“流年法”といって年齢を当てはめていく判断方法があるが、これは実際には、さまざまな研究者の“さまざまな仮説”が存在していて、一部で信じられている“当て嵌め方”が正しいという保証はどこにもない。更に知っておかなければならないことは、手相というものは“変化していく”ということだ。つまり、十年前に存在していた線が、その十年後には“消えている”というケースがしばしばある。消えていなくても、長く伸びたり、短く途絶えたりする事例は多い。そういう“基礎的な事実”を教えていない(知らない)プロ占い師が多すぎる。“手相が変化する”ということは何となく解かっていても、現実に各線の消長がある……という事実、各線の変化が生じる……という事実、これらを踏まえれば、そう簡単に今「この線がこうだから何歳になったら…」とは予言できない。それらも含めて「AIロボット」に教えていかなければ、AIだから客観的で公平な未来を教えてくれる……とは言えないのだ。このような“考慮しなければならない”基礎的な事実は、さまざまな占いに存在している。そういう事実を、もっとプロ占い師自身が知ったうえで普及させていかなければ、いつまでたっても“正しく見通せない”「AIロボット占い師」ばかりが誕生することになるだろう。
2025-08-24
死後になって、いろいろな問題が浮上してくる人がいる。歌手・八代亜紀氏も、そういう一人だ。彼女の場合、あまりにもあっけなく亡くなったので、その後に対して“用意”が出来ていなかったようなところがある。その結果として、今年4月になって鹿児島に本社を置くニューセンチュリーレコードが『八代亜紀 お宝シリーズ 第一弾 忘れないでね』を発売した。この商品には、八代氏の24~25歳当時の秘蔵写真が封入されている。その当時、同棲していた男性が写したフルヌード写真2枚が含まれていたのだ。もちろんプライベート写真であるから、通常は公開しない。けれども、同棲していたのは“当時のディレクター”でもあったところから、当時の八代氏から全権を委託されていた。つまり、秘蔵写真も含めて商品化する権利を、八代氏自身が与えていた……ということになる。但し、常識的には「死後になって勝手に流出させる行為」であり、世間的に批判が起こったのは当然のことと言える。それでもニューセンチュリーレコードは発売した。そして今“その第二弾”を企画中であるという。その中には、実現するかどうかわからないが、八代氏は着用した衣装とか下着とかが含まれているらしい。八代氏は別に“AV女優”ではないから、通常なら、仮にそれらが含まれていたとしても“商品化”は避けるところだが、商魂が逞しいのか、何らかの遺恨的なものでもあるのか、或いは純粋に“サービス精神”からなのか、その辺のところはよく解らない。多くのファンなどは「八代亜紀氏の尊厳を傷つける」として“発売中止”に追い込みたい意向であるらしい。わたしには、このレコード会社が“当時の同棲相手”と、どういう関係性にあるのかわからないが、おそらく“この会社そのもの”が同棲相手だった人物と今も深く関わっているのは間違いがない。同棲していた当時の衣装とか下着とかを、もう何十年も経っているのに秘蔵していたということは、それだけ大切にしていたからに違いない。通常は、大切なモノは“独占的”に秘匿したいものだが、マニアックなファンと“慕情を共有したい”気持ちが、ひょっとしたらあるのかもしれない。あまりにもあっけなくこの世を去った八代亜紀氏は沈黙を続ける。彼女は、ほんとうに嫌がっているだろうか。それとも「自分を忘れて欲しくない」という気持ちを抱いて“昔の下着”すらも、マニアックなファンに対して“わたしを忍んでくれるアイテム”として差し出す用意があるだろうか。ほんとうのところは、あの世でも歌っているに違いない、彼女自身にしか、わからない。
2025-08-23
誰でも、ほんとうは“戦争”はしたくない。必ず、犠牲者が出るからだ。犠牲者には、当然のことながら家族も親戚も友達もいる。その誰もが哀しむ。更に建物の多くが破壊される。何十年も、時には何百年もかけて創られて来た街が、いまや一瞬で街でなくなる。瓦礫の山となるのだ。物価が高騰したり、思うように行き届かなくなったりもする。国家予算がどんどん減っていく。戦争は“金が掛る”のだ。そして長期に及ぶほどみんな疲れて来る。体力的にも疲れるが、それにもまして精神的に疲れて来る。ロシアとウクライナの戦いは、いまや、どちらにも“確実な勝利”は有りえなくなっている。つまり長引くほど“両者敗戦”の様相を呈している。過去にも、ベトナム戦争とか、アフガン戦争とか、似たような戦争がいくつもある。結局、現代は昔のように完全な“一国同士の戦い”とはならないので、完全勝利など得られず、両者敗戦となるのだ。それならば、せめて“両者和平合意”の方が良い。だれかが仲介してくれれば、その方がいい。ウクライナ人で故国を離れて暮らしている人も、長引けば故国が懐かしい。人は「帰りたくても帰れない」時ほど、故国を懐かしむ。或いは恋しく思うものだ。そこで登場したのが、あまり“平和っぽくない”アメリカの大統領だ。なにしろ、トランプ氏は「歴史に名を遺したい」意識が強い。だから、人のやらないことをやる。さて、どうやら、ようやくウクライナもロシアも“戦争終結”に前向きである。勝てないものを長くやっても疲れるだけだからだ。とは言っても、双方とも“譲れないもの”はあり、その“それぞれの主張”の隔たりは大きい。そこで登場するのがトランプ氏だ。ロシアのプーチン氏とウクライナのゼレンスキー氏の二者会談の後で、トランプ氏も加わった“三者会談を開く”ことで、どうやら合意(⁉)したようだ。順序的には、通常、仲介者も加わった三者会談が先で、そのあと当事者同士の三者会談の方が“和平に向かえる”ような気もするのだが、今回は先に二者会談、そのあとで三者会談となるようだ。二者会談で決裂したなら、もはや三者会談など“無意味”な気もするが、或いは急きょ“取り止め”ということも可能性としてありうるかもしれない。ともかく、奇妙ながら舞台は整ったのだ。どちらも「殺し合い」ではない“和平合意のための二者会談”であることを、忘れなければ良いのだが……。
2025-08-22
このところ判然としていないのが為替市場で「円安方向」に動いているのか、「円高方向」に動いているのか、ハッキリとした方向性を欠いている。今日は久しぶりに現時点で1ドル=148台半ばくらいを示しているが、このまま本格的に円安方向へと向かっていくかは不透明だ。アメリカの経済指標が判然としていないことが、いちばんの原因だ。さまざまな指標が揺れ動くたび、ドル円相場も揺れ動く。欧州との関係性を示す“ユーロ円の相場”の方は安定していて、ここ数か月それほど大きく動いていない。今年の場合“ドル円相場”だけで言えば、3月に1ドル150円くらいまで円安が進み、その後、急速に円高へと切り替わって4月には1ドル141円まで円高となった。それから“行きつ戻りつ”が始まり、このところ1ドル147円台で安定していたが、今日は久しぶりに1ドル148円に変った。アメリカが9月に「利下げする」というのが最近の情勢となっていたのだが、ここに来て「利下げしないかもしれない」という観方が強まって、それが“ドル高”に傾かせた一番の原因だ。このところ「アメリカ株」も「日本株」も、さえない動きとなっているが、それもこれも“利下げなし”を織り込み始めたからだろう。奇妙に思うかもしれないが「日本株」は日本国内の経済情勢よりも、アメリカ国内の経済指標の方に過敏に反応する。「日本株」の買い手として、日本人より外国人比率の方が高いので、そういうふうに出来て居る。それに、前にも書いたが「日本株」というのは「世界経済の先行指標」としての意味合いが強く、それゆえに何よりもアメリカの経済動向に揺らされる。現代というのは、アメリカが風邪を引けば、世界中が咳をするような時代なのだ。だから、そういう点では「日本株」の動きは、世界の人々にとっても重要なのだ。極端なことを言えば“日本の経済状況”など関係がない。だから、最近「日経平均」は連日で“史上最高値”を更新し続けた。それは「日本経済が良くなってきている」からではなくて、世界経済が上昇し続ける……と幻想しているからだ。その頼みの綱ともいうべき「アメリカの利下げ」がなかなか思うようにいかない。トランプ氏が騒いでもFBRのパウエル氏が応じそうもないからだ。結局、そうなると「日本株」の高騰も急に“腰砕け”となってくる。ドル円相場にしても、日銀が“早期利上げ”に踏み切りそうな情勢になってくれば、確実に円高方向に動けるのだが、それも不確実で年末までは難しい。そうなると結局「日本株」も「ドル円」も、しばらくの間“行きつ戻りつ”を繰り返しそうな雲行きなのだ。
2025-08-21
タレントのたかまつなな氏が8月17日に“事実婚”をしたというニュースが流れていたが、それが昨日“反響”に対するご自身の意見を追加投稿し、ほんとうは「法律婚をしたかったが出来なかった」という事実を知った。つまり、男女双方ともが“自らの姓”にこだわり、それを変えたくないということでの事実婚になった…という経緯を明かした。確かに現行制度では、法律婚の場合はどちらかの「姓(苗字)」に統一しなければならない。双方とも、それを嫌がるなら“事実婚”でいくしかない、ということになる。たかまつ氏の夫は“一般人”ということで、その職業も明かされていないが、職業によっては“姓の変更”が難しい場合もある。たかまつ氏の方はタレントであるから、タレント名をそのまま使って、役所書類などの時だけ“相手方の姓”を記入すれば、これまで同様の暮らしが営めたはずだが、彼女の場合には、どうやら“そういう形”も受け入れなかったようだ。そんなに「姓」に拘りがあるなら、現行の「たかまつなな」というタレント名も、本名の「高松奈々」にしてしまえば良さそうなものであるが、その部分は“タレントっぽい綴り”に拘ったのかもしれない。とにかく、そういう拘りから“事実婚”を選択した…ということであるらしい。昔は、女性は嫁ぐことで「姓を変える」のが常識とされた。現代は、基本的には“どちらかの姓”を名乗れば問題はないので、またタレントなどの仕事をされている場合には、社会的に“そのまま使用できる”はずで、書類上まで気にすれば別だが、そういう意味では現行制度が、特別“社会的に問題を抱えている”とは、わたしは思わない。それよりも、自らの家系的な「姓」に拘る人たちの気持ちが正直わからない。或る意味、よほど由緒ある家系でもなければ、実家の姓を継続するということは、その家系・先祖の遺伝・遺業を継承していく…ということでもある。こんなことを言うと叱られるかもしれないが、わたしなど、母親は“大名の家系”だったが、父親は“農家の家系”で、実質的にわたしは「農家の姓」を名乗っていることになる。正直、大名も農家も好みではないので、わたしは勝手に「波木」という“姓を創始して”使っている。社会的、世間的な名前というのは、それで十分だと思っているし、その方が先祖たちの“もろもろの引き摺り”を背負って歩かなくて良い。わざわざ“先祖たちのもろもろ”を引き摺りたがる人の気が知れない。もっとも、その成果、わたしは誰にも助けてはもらえない人生だが……まあ、先祖たちを背負い込むよりは良いような……。
2025-08-20
数年前まで「大谷晋二郎」はプロレスラーとして活躍していた。若い時から“独特の雰囲気”を持っていて、或る種のカリスマ性もあった。ところが……人間の運命とは判らないもので、その大谷選手が試合途中で動かなくなった。2022年4月10日の試合中に首を鉄柱に強打し、危険な状態となり、救急搬送された。あれから3年4か月が経ったが、頸椎損傷で未だ首から下が動かない。それでも、不屈のプロレスラーは何んとか起ちたいとリハビリを続ける。そのかいあって、彼は今回、医療関係者に支えられながら何とか「起ち上がる」というところまで回復した姿を公開した。通常は「寝たきり状態」が普通だというから、たとえ“支えてもらって”という状態であったとしても、とりあえず「起ち上がった」事実は大きい。わたしは人間の運勢が持つ“不可思議さ”を感じる。なぜなら、いまの大谷氏にとって運勢は間違いなく“幸運期”を示唆している。もちろん、頸椎損傷などでいったん動けなくなった身体は、それ以降リハビリを行うようになっても、ほとんどの患者は“そこまで”回復できない。したがって、本来“通常の運勢”というものが通用しなくなる。つまり“寝たきり”になってしまえば、もう一般的に言う“人間の運勢”というのは当てはめようがない。或る意味では、その時点で“運勢”はストップし、そこから先は通常社会でいうところの“不遇な日々”を過ごさなければならなくなる。起き上がれないのだから「吉」も「凶」もあったものではない。こう言う点について、これまで運命学の研究者たちは、何も語らなかった。視て、視ぬふりをしてきた。ところが、よくよく観察すれば、そうではないことに気付く。たとえば大谷氏は、人の助けを借りながらではあっても「起ち上がった」のだ。これは彼にとっての“大いなる悦び”で、だからこそ彼は、そういう自分の姿をSNS上に投稿したのだ。そして奇妙にも、彼の現在は運勢上では“幸運期”に当たっている。具体的に言えば、ホロスコープ上でトランジットの惑星達が出生時の惑星達に対して“120度アスペクトを六つ”を形成している。但し、良いアスペクトだけではなくて“90度アスペクトを五つ”も同時に与えている。だから実際には吉凶混合だ。その通りな状況だが、90度は“身動きが効かない状況”を意味するもので、入院中などによく示されるアスペクトだ。つまり、良い方のアスペクトも、悪い方のアスペクトも、双方とも見事に“実態化”している。ちなみに怪我をした試合の日には“150度アスペクトが四つ”示されていて、やや体調は不良だったと思われる。格闘技者は自らの体調が悪くても、よほどのことがない限りはリングに上がる。ただ運勢は非情で、彼の将来を奪った。けれども、それ以降もなお運勢は刻々と“吉凶の事実”を伝えつつある……。
2025-08-19
人間の「記憶」と「予感」は、どっちの方が人を支配しているのだろう。時々わからなくなる。あれは今から26年前、つまり1999年のことだ。わたしには妙な予感があった。「この株を今買っておけばどんどん上がって金持ちになるな…」という“ヘンな予感”だった。この株とは、その当時の「ソフトバンク」現在の「ソフトバンクグループ(SBG)」のことだ。わたしは当時まだ“株取引”を始めて間もない初心者だった。だから、実際のところ、あまり株の世界のことは詳しく知らなかった。ただ、当時から既に買い始めていたので、この企業が株式市場で“注目を集めている”ことだけは知っていた。何かのニュースで、そのソフトバンクの株価が「3万円を超えました」という報道があった。それを聴いたとき、わたしの中で妙な“予感”が生じた。別に特別な理由があるわけではないのだが、この株を今買っておけば大金持ちになれる…という予感が、どこからか生じたのだ。ただ「3万円を超えた」ということは、この株を購入するには、300万円以上の元手が必要だ、ということになる。当時のわたしは、手元に300万はなかったが、既に購入している株をすべて売却してしまえば、400万円くらいにはなったはずだ。だから、まったく買えないという価格でもなかった。そうは言っても、それまで購入していた株を“すべて手放す”というのは出来ない。急騰している株は、いつ暴落するかもわからない。そんな株に、ちょっと予見が走ったからといって、すべてを託する勇気はなかった。つまり、自分の予感を、それほど信用していなかった。ところが、それ以降もソフトバンクの株価は値上がりし続け、あっという間に、わたしの購入できる金額を上回っていった。そしてとうとう翌年2月には“19万8000円”という史上最高値をつけた。仮に、この時に売れば、一つの株だけで1900万円が手元に入ってくる計算になる。300万円を投資しても、十分に元が取れた計算だ。但し、このあとすぐ「ITバブルの崩壊」がやって来て、それと同時にソフトバンクの株価も急落していった。19万8000円だった株価は800円台にまで下がっていったのだ。なぜ、こういう昔話を書いたかというと、いまソフトバンクグループの株価が急騰し始めているからだ。そして、あの頃と同じ予感を、わたしに囁く。けれども、果たして、これはほんとうの予感なのだろうか。それとも昔懐かしい“失敗した記憶”が蘇っているだけだろうか。そのどっちなのかがよくわからない。たぶん、その両方のような気がするのだが、それでも、あの時と同じく、7月頃から急速に上昇し始めた株価は、いま16705円となっていて、170万円ほどの資金が居る。あの時のことを考えて勇気を出すか、それとも「自分の予感力」など信用せずに見過ごすか……難しいところだ。
« Older Entries