8月, 2025年
2025-08-05
この人の名前を久しぶりに女性週刊誌記事の中で視た。歌手で女優の五月みどり氏だ。現在85歳だが、昨年から認知症となって要介護施設の中で暮らしている。実質的には実の娘さんが訪ねて世話をしているようだ。実の娘さんだが、子供時代には離れ離れで暮らしているので、実際には今になって“母娘の関係”を深めているようなところがある。人間の運命というのは不思議で、何が元で“親子の関係が薄れ”ていき、何が元で“親子の関係が強まる”ものか、人によっても異なり、まったくわからない。ただ“親子”とか“兄弟”とか言うのは、何らかの“不可思議な縁”を持っているから、そういうふうな関係になっているのだと思うことがある。五月みどり氏は19歳から歌手としてデビューし、その2年後の「おひまなら来てね」で人気を掴んだ。1963年のNHK紅白歌合戦では「一週間に十日来い」というムリな歌を歌ったのだが、この時の瞬間視聴率は81.4%だったというから、すごい。その後、結婚や離婚を繰り返し、事実婚も含め4回結婚しているが、いずれも別れている。その結果としての“娘の介護”なのだ。途中、女優への転身を図り「カマキリ夫人」という妖艶な夫人を演じて男性たちの注目を浴びた。その後は女優を演じながら“クラブのママ”など事業経営も行った。さらにコミカルなドラマやバラエティ出演をきっかけに“天然ぶり”が受けて婦人層の人気も掴んだ。その一方で画家としても才能を発揮し、さらには装飾箱などの指導をしていた時期もある。とにかく毎年のディナーショーでは“追っかけ的な婦人層”から“露出コール”が掛るという珍しい歌手でもあった。その五月氏だが、いまは認知症となって“通常の会話”は難しい状態らしいが「歌」と「絵画」の能力は衰えてはいないらしく、いまでも“若い頃の自分の歌”を楽しそうに歌い、人形の“着せ替え遊び”や、自分自身の洋服択びを楽しそうに行うという。つまり、認知症となったから人生を嘆くとか、介護施設に入所したからといって悲嘆にくれることもなく、娘さんとの今の状態をとても楽しそうに、明るく送っている……というのだ。考えてみれば、芸能人だからと言って仕事が出来なくなって、表舞台に立てなくなって、だから“不幸”と決めつけることなど出来ない。どういう環境の中でも、楽しく、明るく日々を過ごす術を知っている人が“いちばん幸せ”なのだ。
2025-08-04
或るインタビュー記事を読んだ。精子提供を受けて生まれ、それを知らずに29歳まで過ごし、偶然知ることになって、その後は「なぜ知らせてくれなかったか」「提供者を捜し出したい」という気持ちを強く持ち、20年以上経ったいまも「その想いは続いている」という人物のインタビュー記事だ。別に特殊な家庭環境にあったわけではない。その人物の父親が“無精子症”で大学病院に相談し、病院側から精子提供を受け、その結果として彼が誕生した……というだけの話だ。その人物は現在“医師”で、医学実習の時に父親側からの血液遺伝がまったく符合していなかったことで母親を問い詰め、母親の告白によりその病院の“優秀なる医大生”からの精子提供により妊娠していたことが知らされた。彼は「どうしてもっと早く教えてくれなかったのか」というが、わたしは彼の考えは間違っていると思う。もしも、子供時代から「ほんとうの父親は違う」と知っていたなら、彼はふつうに“勉強する良い子”で居られただろうか。もしかすると“ふさぎ込む子”や“反抗心の強い子”に変っていたかもしれないのだ。子供時代の精神的なショックは、その後の人生に影響を与える。実際、彼自身、本来は医学の道に進むつもりはなかったのに、なぜか何も知らないのに、途中から“医師”を目指す道へと変更した。ほんとうの父親の遺伝子は、確かに“受け継がれた”のだ。それで十分ではないか。現在、日本には“精子提供”によって生まれてきている人たちが1万人以上も居るという。昔から“精子提供”は“優秀な医大生”が受け持つことが多いと何かの本で読んだ。もし多数の“精子提供”をしている人物がいるなら“知らない子供たち”もが沢山いることになる。それらの子供たちが“出生の秘密”を知ることによって、幸福度が高まるとは私には思えない。同じようなことは「前世」とか「過去世」とかにも言える。もしも、われわれの生命が“神の選択”によって母体を与えられるものなら、その理由や選別は知らない方が良い。よく「前世を辿る旅」などをする人もいるが、それだって、知ってどうなるというものでもない。「運命の在り方」だって、われわれは知らず生きていく。最初から「これこれの人生です」と教えられるのは、不遇な人にとって“苦悩”以外のなにものでもない。知らないままの方が“良いこと”もあるのだ。
2025-08-03
ホテル事業で赤字を膨らませていた企業が、いつの間にか“大きく変身”して、いまや「日本のストラテジー社」と呼ばれている企業がある。東証スタンダードに上場している「メタプラネット」という企業だ。この企業は、一昨年から起業方針を大きく転換。暗号通貨として知られるビットコインの保有を主体とする企業へと生まれ変わった。もちろん、本来のホテル経営も一応は継続しているのだが、そこは現在「ビットコインマニアが集う館」へと変貌させつつある。この企業が、どうして「日本のストラテジー社」と呼ばれるのかというと、アメリカのストラテジー社が、かなり前から本格的に“ビットコインの保有”を主体に切り替え、その保有量では“世界一”となり、その結果、ビットコインがその価値を高めるほど“含み益”を拡大している戦略を、そのまま継承しているからだ。しかも、そういう方式に切り替えた企業は徐々に拡大、いまや60社もの企業が“同じような戦略”を採って、その収益を拡大させつつある。もちろん暗号通貨であるから、上昇すると限ったものではない。現に今回の“雇用統計の発表”を受けて、アメリカ株式だけでなく、ビットコイン価格も急落している。とはいうものの「金」ほどの資産価値はないものの「デジタルゴールド」という名称で、秘かに富裕層たちが集め始めていることも事実なのだ。さて、今回の四半期決算でストラテジー社はアメリカのゴールドマンサックス社の利益の“3倍もに当たる含み益”を計上した。当然、周囲はざわつく。その評価は跳ね上がりつつある。それでは日本のメタプラネット社の方はどうかと言えば、これが6月には1900円を超えていた株価が、現在では1060円と急落している。半分近くになってしまっているのだ。もちろんメタプラネットも、ストラテジーの“やり方”に習って、ビットコインを買い増し続けている。それなのに、この違いは何だろう。たぶん、一つには“資金調達の方法”が上手くゆかなくなるのではないか……という日本の“慎重派”の疑心が背景にある。もう一つは、次々と彼らをまねた企業が多くなってきている現実に、警鐘を鳴らそうとする大口投資家や、その企業姿勢に否定的な機関投資家が多くなっているからのような気がする。果たしてメタプラネット社は本当に「日本のストラテジー社」となっていけるのか、この夏の終わり頃に“その答え”が判然として行くような気が、わたしにはする。
2025-08-02
学歴詐称問題で“すったもんだ”したあげく、伊東市の田久保真紀市長は「続投」することを表明した。今年はどうも“そういう年”らしく、兵庫県の斎藤知事も最終的に「続投」となった。マスコミや世論はいろいろというが、人の職業は、最終的にその人自身が“続ける意志”があるかどうかにかかっているようなところがある。どんなに周りの人が「続けるべきだ」と言っても、辞めてしまう人は辞めてしまうもので、ムリに続けさせても“良い結果は産まない”ケースが多い。それに対して、周りがどんなに見放しても“続けようとする”意志の強い人は、継続していって、それなりの結果に結び付いている事例が多い。特に政治家というのは“信念の強さ”というのが重要で、良きにつけ、悪きにつけ、最終的に信念の強い人が勝ち残っていくケースが多い。そういう意味で言えば、田久保真紀氏などは、その“信念の強さ”だけで言えば、大政治家の素質がある……とも言える。どんなに正しいことを行おうとしても、世間から非難されるとか、周りや敵陣から批難され、すぐ動揺してしまうようでは大政治家にはなれない。「泥をかぶってでも生きていく」くらいの“強い信念”の持ち主こそ政治家には相応しい。トランプ大統領など全世界を敵に回しても“自己の信念”を変えないではないか。あのくらいの信念の持ち主でなければ、政治家は務まらない。もちろん、そういう人や生き方が“善い”とか“正しい”とか言っているわけではない。ただ世の中には、ちょっとした批判や中傷を受けただけで、すぐ“傷ついてしまう”人が多い。だれでも不本意なことや理不尽なことを言われれば傷つくが、それでも“敢然と立ち向かっていく”強さが欠けている人が多い。若い時に、さまざまな体験や経験をしている人が強いのは、少しぐらいの批判や中傷を受けてもたじろがない“過去の免疫”を持っているからだ。特に今日のようなSNS旺盛の時代にあっては、何が原因で、いつ、どんな批難を浴びるかわからない。或る意味では、名前を出さずに中傷を繰り返す“卑怯な人物たち”が隠れている時代ともいえる。それだけに、或る意味では“誹謗・中傷に強い精神を持つこと”こそ、現代を無敵に生き抜く一番の秘訣かもしれないのだ。
2025-08-01
2025-08-01
架空取引による「裏金捻出事件」で川崎重工は神戸造船工場の幹部ら関係者51人を懲戒処分にした。その“裏金”を飲食費やゲーム機提供に宛てていた海上自衛隊のトップを含む関係者93人に対しても懲戒処分が下された。双方合わせて、144人という大量の“懲戒処分者”が出た、ということになる。当然のことだが、自衛隊というのは元々“税金”からの国家予算で成り立っている組織だ。そういう組織に対して、民間企業が“裏金作り”をしていたというのだから、令和時代の「日本」で平然と続いていたとは、ちょっと信じがたいような話だ。その結果としての大量の懲戒処分なのだから当然というか、仕方がないのだが、その一方で、これだけ多くの人たちが“関係者”として処分されたということは、完全な双方とも“組織ぐるみ”の慣習であった可能性が強い。要するに、昔から、行なわれて来たことを“引き継いだだけ”なのかもしれない。もちろん、だれが考えたっておかしい行為なのだから、双方の幹部の中には“改正”を試みた人物もいたに違いない。或いは、それを進言しようとした人物もいたに違いない。元々が、お国のために“働こう”とする人たちの職場ではないか。そういう正義感は当然あった(⁉)に違いないのだ。けれども、おそらくは「組織」として、或る種の“上下意識”と“奇妙な伝統”とが、それを阻んだのだ。或る意味では、政治関係者に対する賄賂などよりもはるかに質が悪い。自衛隊というのは、日本の場合には“ほぼ軍隊”だ。したがって上下関係が重んじられる。トップの命令は絶対だ。そうは言っても、ことは金銭に関する悪事であり“裏金作り”という不正行為だ。もう少し、幹部クラスの中に“倫理観のある人物”が居ても良さそうな気もする。もちろん、その組織の中の7割方は“見て見ぬふり”をしていただけで、その胸中は複雑だったに違いない。おそらくは伝統と慣習を重んじた幹部たちに逆らうことが出来ず、それに加担した処分者たちは、今ごろはスッキリとした晴れやかな気持ちで“処分”を受け止めているに違いない。その多くは「減給処分」だと思うが、気持ち達に軽くなったことで、今後は双方とも純粋に仕事に向かえることだろう。
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