10月, 2025年

予言的中し、「日経平均」が「ダウ」を上回った

2025-10-07
わたしは今年8月14日に《「ダウ」&「日経」共に“4万円台”シーソーゲーム⁉》というタイトルでコラムを書いた。その当時はアメリカ「ダウ」の株価に引っ張られる形で「日経平均」の株価も上昇しつつあった。もちろん、アメリカと日本とでは「ドル」と「円」で“貨幣価値も単位”も異なるし「4万円台」という数値だけで語るのは無謀ともいえる。たまたま今は“4万円台”で接近してきただけ……とも言えた。ただ、その時のコラムで、わたしは次のようにも書いたのだ。《今後も、この数値の上昇は続くと思われ、たまには数値的に“日本の方が上回る”ことが出てくるかもしれない》そして、実際に昨日から今日にかけて「ダウ」と「日経」の数値“4万円台”は変らないのだが、とうとう「日経平均」の数値の方が「ダウ」の数値よりも高くなったのだ。昨日の“終値”で言えば、ダウの方が46758ドルであり、日経の方が47944円である。昨日の場合は「高市総裁効果」で、日経平均が一挙に2175円も上がったので、ダウを一気に“抜いた”のは当然かもしれない。この勢いは今日も続きそうで「ダウ」は昨日よりも少しだけ値下がりしているが「日経先物」の方は48600円台をつけて快走している。こんな日が来るとは、だれが「年初」に想ったことだろう。今年は、昨年亡くなった森永卓郎氏によれば「大暴落の年」となるはずだったのだ。だいたいがアナリストたちの予想は当たらないもので、今年は「日経平均が下落する」との予想が大方だった。もっとも現在の株高が、そのまま“日本経済”に反映されてくれれば良いのだが、実際には、むしろ“停滞気味にある”と視る方が正しいだろう。だれもが“値上げラッシュ”に苦しんでいる。ただ前にも述べたように、株価というのは“先行指標”なので、今を反映したものではない。少なくとも半年以上先、時には2年ほど先行している場合もある。それに、前から言っているように「日本株」というのは海外の投資家たちにとって「世界の景気敏感株」として捉えられていて、世界経済の先行指標としての役割をも担っている。そういう点から言えば「日本株」が力強く上昇していくのは、世界経済全体の“先行き”が明るいものになっていく兆しとして貴重なのだ。願わくば、このまま失速せず「ダウ」を上回り続けてもらいたいのだが……わたしの8月の予告では「シーソーゲーム」と記されている⁉

復縁し「脳梗塞の介護」をしたことで女性初総裁

2025-10-05
自民党の総裁選は大方の予想を裏切って高市早苗氏が予選でも決戦でも“堂々の一位”で“女性初の新総裁”となった。おそらく15日に首相となる。「日本」に女性の首相が誕生するとは、時代も変わったものだとしみじみ思う。特に今回の場合、前評判があまり良くなかっただけに、難しいのではないか、と私も思った。わたしが思ったのは、もう一つの大きな理由がある。それは、ここにも書いたが運勢的に決して“良い時期”には当たって居ないからだ。もちろん、その時にも書いたが、他の候補者たちも、今回に関しては“良い運気”の時とは言えなかった。小泉氏の場合、来年2月なら“太鼓判”を推せるのだが、今年は“良い”と言えないのだ。前評判の高かった林氏も同様で、運勢の良い時期には思えない。どうして、そんなに支持が集まるのか不思議だった。けれども、実際にふたを開けてみれば「誰もが幸運期とは言えない」という運勢判断そのままの結果が出ていたような気がする。つまり、これまでの実績や日頃の実力が結果となったのだ。議員票が乏しいと言われていた高市氏だが、最終段階ではかなり上積みされたような気がする。週刊誌報道などで小泉氏のイメージが低下したからだ。ただ高市氏が首相になったとして、こういう運勢的に微妙な時には、必ず、困難が待ち構えているもので、それを“どう切り抜けるか”によって、今後の状況が大きく変化していくような気がする。ただ総裁就任時より、首相就任時の方が運勢的には良い。この人は元々マスコミの出身なので、そういう意味では“マスコミ批判からの対応力”はもっとも備えているのではないか。或る意味で都知事の小池百合子氏と同様な“マスコミを味方につける術”を心得ていそうな気がする。ただ観相学的には、やはり、この人の“部下運の悪さ”は消えていない。もし過去に“裏金問題”で騒がれた人物を大臣などに起用した場合、その部分から攻撃される可能性がある。彼女が、今回、総裁となれたのは、一つには彼女が私生活で献身的な“介護生活”を送っていることが関係している。彼女は現在の夫と、2004年に結婚し、2017年に離婚し、そして2021年に復縁再婚している。その夫は今年になって脳梗塞となり、現在、彼女は独りで介護しながら政治活動を行っている。この“人知れずの陰徳行動”が、今回は天運をもたらしたのだ。とにかく“運”ではなく“実力&陰徳”で勝ち取った総裁は、日本女性のパワーと才能を世界に示していく絶好の機会を与えられた。

いつか「衝突する」のは誰もが感じた保守党内紛

2025-10-04
昔と違って、今は何でも“世間に知れ渡る”のが早い。そして“隠し事”が難しい。昔なら“隠し通せたこと”が、今は表沙汰になる。そういう中で「政治」を志す人は、だから“身の潔癖な人”である必要がある。大昔、今から30年以上前の河村たかし氏は或る種の勢いがあり、潔癖感の強さが感じられた。自らに「総理を狙う男」というキャッチフレーズを与えて、何のためらいも迷いもなかった。それが近年、妙に慎重になり、判然としない物言いになり、迫力が欠けてきている。数年前から作家の百田尚樹氏と組んで「保守党」を結成、共同代表に納まった。ところが、ここに来て二人は完全に決裂し、なんと河村氏は百田氏に対して「威力業務妨害」と「脅迫」で“刑事告訴”を行ったのだ。どういうことかと言えば、4月の記者会見で意見が衝突し、そのあと、記者たちが居なくなった場で、百田氏が“ブチ切れ”河村氏に対してペットボトルを投げつけ脅迫まがいの言葉で脅して来たと言う。ただ「威力業務妨害」や「脅迫」で告訴したというのだが、事件が起きてから、もう半年経っている。その間に「何かがあった」ということではないらしい。刑事事件としては“難しい扱い”になるだろう。それにしても、こういう個性の強い者同士が、共同代表として“党を起ち上げたこと”自体に問題がある。本来、潔癖感の強すぎる人が政治に関与すると、必ず種々の矛盾に出くわす。だから潔癖感の強すぎる人は、政治に関わらない方が良い。ましてや、この二人は個性そのものが強い。結成当初から、やがては「衝突するだろう」と誰もが感じたのではないか。運勢的にも、今はどちらも“良い時期”とは言えない。したがって、党のイメージだけが傷ついて終るのではないか。政治家はさまざまな外圧があって、思うように言えなかったり、振舞えなかったりする時もある。そういう場合でも、清濁を併せのむ度量と自分の感情を制御できるのが“大物政治家”なのだ。芸能人ではないので、あまりに感情豊かな人は“政治の世界”そのものが向いていない。国民の“命と財産を守る”のは“志し”だけでは難しいのだ。

「もう少し生きていれば…」という「炎の人」⁉

2025-10-03
先日NHKBSで大昔の洋画「炎の人ゴッホ」が放映されていたので録画しておいた。もう70年近くも前の映画だ。こういう歴史に基づいた映画というのは、或いは伝記小説などに基づいた映画というのは、何十年経っても色褪せることはない。もちろん、この映画で登場するのはオランダの画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホのことだ。その生涯については何となく知っている。けれども、あくまでも「なんとなく…」で、歴史上の人というのは彼に限らず「何となく知っている」程度の場合が多い。だから、そういう意味では、かえって新鮮な気持ちで、この映画を観ることが出来た。まあ、今でこそ“ゴッホの絵”と言えば、何十億円で売買されるようなものばかりだが、彼が生きていた当時の評価は低く、だれも購入してくれなかった。考えてみると、絵画の価値というのは、けっこう世評が関係していて、どんなに実力があっても“世間が認めない”ことには売れていかない。ゴッホの場合、実の弟が“画商”であったので、当然、実兄の作品を“世に出そう”と頑張ったのだが、それでも生存中は売れなかった。したがって、ゴッホは生涯にわたって貧乏なままだった。運命学的な観点から言えば、確かに彼の顔貌は“裕福な人”の顔貌ではない。ただ、もし、彼が37歳で自殺することなく、60歳くらいまで生きていたなら、少なくとも“それなりの評価”は得られるようになっていたような気がする。人間の運命には、40代、時に50代くらいになって、徐々に“評価されていく人”というのが居る。俗にいう「晩年運」というヤツだが、現代の場合には長寿社会となったので、60代くらいになってから…いう場合もある。そういう運を持って生まれている場合、どんなに頑張っても、20代や30代までは“世間的評価”を得られない。特に芸能とか、芸術とか、音楽とか、文学とか、武道とか、研究とか、学問とか、技芸とか……元々“世間評価の難しい分野”だ。だから、もし、自分の才能を信じられるなら、けっして“早すぎる決断”を下してはいけない。よく、アッサリと“その分野”から離れてしまう人がいるが、自分の才能を信じられる場合は、世間の評価など「元々いい加減が物なのだ」と思っていた方が良い。但し、自暴自棄になって自ら“人生を破壊してしまう人”が、この種の人たちには多い。忍耐力も才能の内なのだ。

「セブ島地震」と杉並区「家屋崩壊」の繋がり⁉

2025-10-02
9月30日の夜東京の杉並区の住宅街で二階建て家屋の倒壊があった。倒壊した家屋の一部は、その横の細い道路を挟んで、昨年建てられたばかりのマンション一部にも崩れ込むような形で崩壊した。幸いというべきか、その倒壊した建物に居住していた住人2人は居なかったので“命拾い”した格好だ。実は、その周辺の誰もが「倒壊してしまうのではないか」と危惧していた建物だった。何しろ家屋全体に“縦の深い亀裂”が走っている。よく、こんな建物に居住し続けていたな…と思うほどの亀裂なのだ。もちろん周辺住民からの苦情などもあって、杉並区の建築課は「壁の補強工事をするよう」所有者に伝え、それを受けて所有者の方も“補強工事”を請け負ってくれる業者をやっとのことで探し当て、これから実質的な準備に取り掛かろうとしていた矢先だったようだ。しかも、なんとなくの異変が住宅内にも生じてきていて、住人1人はその日に危険を察知し、その家を出て間もなくの崩壊だった。それらすべてがドラマのような“ギリギリの選択”だ。「命」というのは不思議なもので、ギリギリでも変な言い方だが「守られる時は守られる」ように出来ている。ただ隣のマンションにまで“崩れ落ちていった”ので、本来であれば、もっと早くに“何らかの行政指導”が出来なかったのか、と思いたくなる。実は日本には“相当数の同じような建物”がある。その多くは既に“住人の居ない戸建て”だが、今回のように“棲み続けている”ケースも稀ではない。日本の法律では“強制退去”や“強制解体”は難しいようだが、近隣にも影響が及ぶような建物の場合は早急に法律改正した方が良い。ところで、この倒壊事故が起こった同じ日の夜、海の向こうのフィリピンで地震があった。マグニチュード6.9の大きな地震でセブ島のボゴ市を中心に被害が広がっている。つまり、倒壊した建物が多いのだ。その結果、現在までに地震で60人以上が死亡した…と公表されている。一見、二つの出来事は関係がないように見えるが、もしかすると杉並区の家の倒壊は、セブ島の家の倒壊と無関係ではないかもしれない。実は前日にはインドネシアのジャワ島でもイスラム教学舎で倒壊事故が起こり、90人以上が「生き埋めになっている」との報告がある。徐々に何かの“地下変動”が豪雨の多いこの時期に、始まり出しているのかもしれない。

2025年10月の運勢

2025-10-01

誰でも「大丈夫⁉」と思う坂口杏里氏の「再婚」

2025-10-01
いろいろな意味で“お騒がせ女性”として知られる坂口杏里氏。彼女がSNSを通じて「再婚」を報告したらしい。お相手は59歳の会社員男性で、彼の方は初婚のようだ。正式な結婚のようで「9月27日に入籍した」と報告している。お相手とはガールズバーの“呼び込み”をしていた時に出逢ったようで、だが、その時に付き合いだしたのではなく、彼女が体調を崩していた時に心配して“いろいろなところに連れ出してくれた”ことで元気を取り戻し、それで一気に“結婚”を決めたらしい。現在は彼の自宅で“専業主婦の日々”を過ごしていると言い、そのうち何らかの形で“仕事をしたい”希望は持っているようだ。ただ「子供を作りたい」気持ちも強いらしく、その部分も“前回の結婚”では気持ちが離れる原因であったらしい。とはいうものの、前回の相手は格闘家とはいえ“元女性”の方なので、そういう意味では最初から“無理な望み”を、相手に求めていたことになる。この人の過去のいろいろな出来事を観ると、冷静に考えれば「そうなって行くのは当然」のような言動を自分からしているケースが多い。一流女優であった坂口良子氏の下で生まれ“甘やかされて育った”印象が強い。そう言う点から言えば、専業主婦となって“自由な私生活を送れる”のは、彼女にとっては或る意味では“理想的な暮らし”と言えないこともない。ただ運命学的な観点から言えば、こういう女性は「平和な生活」に飽きやすい。幸せであることは感じられるのだが、刺激になるものが少なく、だんだん“その繰り返し”に苦痛を感じ始めやすいのだ。もし、相手の人を本当に愛していれば多少“苦痛”でも乗り越えることは可能なのだが、もし彼女の方が相手に対しての愛情が乏しければ「平和な生活」にだんだん苛立ってくるようになる。したがって、そういう点から言えば、本人が希望しているようなインフルエンサーでもYouTube配信でも、なるべく早くから実行していった方が良い。そうして生活に刺激が出てくれば、そして本人が望んでいる子宝を得られれば「平和な生活」は長続きするようになる。波乱万丈な青春期を送った人で、元々が“家庭的要素の強い人物”は“静かな暮らし”の中で悦びを見出すことも多い。華やかだから幸福とは限らないのが人生なのだ。 Newer Entries »