2月, 2026年
2026-02-18
「りくりゅう」ペアというのが一躍“流行語”になりそうなほど話題をさらった。5位からの大逆転で「金」メダルを得たからだが、そればかりではなく、木原龍一選手を抱擁する時の三浦璃来選手の姿が妙に“お姉さんっぽい”というか“お母さんっぽい”というか、まるで年齢が逆転したかのような印象を与えたからだ。三浦選手が24歳で木原選手が33歳なのだから、通常であれば、男性の方が女性を“抱擁する形”になるはずだが、どう視ても二人の場合は“女性の方が男性を(母親が息子を、又は姉が弟を)抱擁する形”にしか視えなかった。世界に対して、日本国は「こういうふうに女性が男性を労わってあげる国です」とアピールしているような映像となった。確かに今の「日本」は、女性が首相となって国家をリードしているし、それが7割以上の国民から支持を得ている。神代の昔から、卑弥呼が国家を牽いたように、本来は「日本」はその方が“上手く行く”国なのだ。ところで、話を元に戻すと、三浦選手にしろ、木原選手にしろ、現在の運勢は必ずしも“幸運”でも“強運”でもなく、むしろ“不運”の部類に属する。三浦選手の場合、四柱命式では“食神”運で“部下・後輩を育成する”のに良い運の時であり、ホロスコープでは“90度アスペクトが四つ”と多く、想うようには動けない時…となっている。また木原選手の方も命式では“七殺”運で“敵に囲まれる”戦いの場面で、ホロスコープでは“150度アスペクトが六つ”と体調そのものも万全とは言い難い。そういう中で競技して“世界一”の称号を得たのだ。謂ってみれば、見事に逆境を跳ね返した…と言える。人は往々にして“運が良い”とか“悪い”とか言うが、仮に“不運”でも、その中から“微かな灯かり”を見出し、それに全身全霊を傾ける人に、神は微笑んで手を差し伸べる。そういう意味では「運を超えたもの」が、この世には存在する……ということだ。特に「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があるように、すべて心を無にして「やりきる」ことが出来れば、おのずと好結果が付いてくるのが“世の常”というもののように思われる。いま“心を無にして”と書いたが、実はこの部分が一番重要で、この部分が欠落しているケースがあまりにも多い。
2026-02-17
たまに通販のアマゾンから買い物をする。わたしにとって“通販”の良いところは、何でも売っているからだ。実店舗で、こんなに多種多様のものを売っているところはない。「百貨店」という名称のお店はあるが、そこで何でも揃うかと言えばそうではない。「スーパー」という名称のお店はあるが、そこでも揃えていないものは多数ある。その点、アマゾンとか楽天とかの通販は、分野を問わず何でも売っている。文字通り“雑貨屋”であり“百貨店”なのだ。だから、それに“24時間やっている”というのもなかなかよろしい。但し、よろしくない点もいろいろとある。まず第一に、その場でいろいろ確認することが出来ない。特にアマゾンの場合、実質的には“対応能力ゼロ”で、細かな点を確認したくても、それに応じられる人がいない。というか「人」による対応という部分が、極端に乏しい。だから、最初から面倒と思われるような品物は買わなければ良いのだが、そうもいかない時もある。そういう時、わたしはカートに入れて「あとから買う」という保存方法で、その間に何らかの方法で調べたりする。そうしておかないと、いったんその品物を取り除いてしまうと、今度はもう一度探し出すのが難しい。前と同じように打ち込んでも、すぐ出て来なかったりするからだ。そういうような“買い方”をする私を、たぶんアマゾンのAI機能は理解できないでいるのだ。すぐにメールで「コレコレを買い忘れていませんか」的なメールがやって来る。買い忘れているのではなく、お前では話にならないから、他で調べているんだ…とほんとうは言いたい。昨日、そのAI機能が、わたしが購入しようとした品物に対し「その製品は類似品に対して割高です。代用品を探してみてはどうですか⁉」との文言が出た。正直、ギョッとなった。わたしはAIに対して何も訊いてなどいない。しかも、わたしが何を理由に“その製品”を択んだか、知らないではないか。確かに類似の品物と比べれば、その製品は高い。だが、価格は高いが品質も良いのが、わたしには解かる。見た目だけでも違っている。だから、わたしは「これが好い」と思ったのだ。それなのに、よけいなことを言わないで欲しい。まるで新興宗教の教祖のように、わたしに指示しないで欲しい。わたしが購入するものは、わたしが決めるのだ。
2026-02-16
ここ数が月前から、奇妙なことには、わたしの左手頭脳線が長くなりつつある。昔と比べて1cm以上は長くなった。そのこと自体は前にもちょっとだけ書いたが、右手頭脳線の方には何の変化もない。つまり短いというか、平均的な長さのままなのだ。手相の研究者の中には、頭脳線が長くなったとか、生命線が長くなったとかいうと「信じられない」と思う人がいるかもしれない。だが別に特別なことでもない。そういうケースはざらにある。わたしは三十代の頃に一度、頭脳線が極端に短くなった。それは確か“仕事を辞めた時”で、一週間もしないうちに、終末部分の1.5㎝ほどが消失したのだ。ただ、それから生活上の変化に紛れて、自分の掌をじっくり見ることもなく過ごしていたら、いつの間にか元の長さに戻っていた。生命線も、十代後半の時に変化したが、その時は極端に体力が失われて痩せていったときだった。元々長かった生命線の終末部分が薄れていったのだ。自分自身の手相だけでなく、いろいろな人達の手相を、年数を経て観てきている私は自信をもって「手相は変る」と断言することが出来る。ただ“良い方への変化”ばかりとは限らない。数週間だけでも、悪い方に大きく変化する場合もある。手相が大きく変化するのは、本人の生活が“大きく変化する時”に多いのだが、その“いつぐらい前から”変化しだすのかと言えば、それは人によっても、状況によってもかなり違っていて、時には環境や体調の変化と“ほぼ同時”に変化していくケースもあれば、半年くらい前から変化しだすこともあれば、数日前くらいから“急速に変化する”場合もある。つまり一律ではない。手相の“どの部分”が変化するのかについては、その人の“どの部分が変わっていくか”により異なるもので、生涯にわたって、あまり大きく変化しないままの人もいる。ただ一般的に言えば十代後半の女性は変化しやすく、特に14歳~23歳くらいまでは“大きく変化”しやすい。明らかに男性より女性の方が変化しやすい。また出生間もない乳幼児で病気がちの場合は、特に生命線の下部付近と感情線上部付近とが変化しやすい。さらに7歳~10歳の頃には感情線の終末部分と結婚線付近が変化しやすい。これは、その年齢時に“異性を初めて意識する”ことと関係があるかもしれない。また、それまで“子供の手”だったのに、その年齢時になると“手指の形や長さ”が大きく変化していく。そして、三大線も、このころにヘンな言い方だが整えられていく。謂わば“運命としての手相”に変わっていくのだ。
2026-02-15
最近、TVでもYouTubeでも特定の人や物などの“追跡リポート”が大流行りのようだ。そういうものの一つとして元体操選手でスポーツタレントとしても活躍した池谷直樹氏に対する密着報告があった。ちなみに池谷氏は元体操選手だが、実兄の池谷幸雄氏ほど活躍していたわけではない。けれども、むしろ現役を離れてからのスポーツタレントとしての活躍の方が顕著で、そういう人達が多数出演する番組で「跳び箱23段」を唯一達成した“世界記録保持者”としても名高い。その池谷氏だが、4年前から或る事業に着手していた。「たこ焼きキッチンカー」で各地に出店する仕事だ。元々この仕事を始めたくて始めたのではなく、スポーツタレントたちを集め起こした「サムライ ロック オーケストラ」という事業が、コロナで頓挫し、加えて信頼していた人物に“金を持ち逃げされた”ことで膨らんだ1億2千万円の“借金返済”からスタートした商売だ。したがって社長ではあるが、自らがキッチンカーに乗り込んで接客する。その“たこ焼きの味”は確かなようで、大人気で行列ができるほどであるという。予想以上の繁盛で、今後はより“大掛かりな展開”も計画しているようだ。とはいうものの、しょせん“たこ焼き”で1億5千万円の返済が可能であるかには疑問符が付く。ただ、この人は前人未到の「跳び箱23段」を成し遂げた人物でもある。そういう点から考えると、頭からムリだとも言えないような……。しかも、この人の事業は、元々アスリートが現役を離れた後の“受け皿”的な意味合いの強い事業でもある。或る意味では社会貢献的な部分もある。但し、この人で最も気になるのは“お金の扱い方”だ。確か、この人の実兄である池谷幸雄氏も昔“金銭トラブル”に引っ掛かって借金を作ったのではなかったか。そういう意味での“血筋のようなもの”が、あるような気がしてならない。その場合、二つの性質が絡んでいるもので、その一つは比較的簡単に“人を信用して”お金を預けてしまうような部分、もう一つは俗にいう“お金儲けの話”にのりやすいというか、うかつに手を出してしまいやすい点がある…という部分だ。これらの性格は、兄弟二人に共通しているような気がする。その部分さえ注意できるなら、前人未到の記録を達成した素質はきっと活かされて事業・商売の面でも“大きな成功”を呼び込むに違いない。もしかしたら、十年後くらいには不可能に思えた借金返済も成し遂げして「世界のたこ焼き屋」として人気を博しているかもしれないのだ。
2026-02-14
わたしが20代だった頃、日本の経済は右肩上がりで“仕事”や“お金”に関する若者たちの関心度は低く、その代わりのように“恋愛”や“結婚”への関心度が異様なほどに高かった。それを象徴するのが“流行りの歌”だった。つまり流行歌だ。歌というものは、その時代やその地域を見事なまでに反映する。だから、恋愛や結婚に関連した歌が流行っている…というのは、その時代、その地域が“他の部分は恵まれていること”の裏返しなのだ。いや、恵まれていない人もいたかもしれないが、少なくとも、それが“倖せの第一条件”ではなかった。だから既婚の人達の比率も今より断然高かったのに、恋愛や結婚の歌が世の中へと浸透していったのだ。現在はどうだろう。まず、だれもが“口ずさむ歌”とか“どこからともなく聴こえてくる歌”というものが無い。つまり、だれもが“流行っている”と感じる歌がないのだ。特に恋愛とか結婚に関しての歌が、どこからも聴こえてこない。流行歌が、時代や地域の反映だとすれば、いまの日本は、まともな“恋愛や結婚が失われつつある”と言えるのかもしれない。どうして、そんなことになっているのか。べつに恋愛や結婚をすれば良いというものでもないが、そういうものの“かけらもない人生”はやはり寂し過ぎる。少なくとも恋愛におけるドキドキ感くらいは体験した方が良い。現在、未婚者の4人に3人以上が「交際相手はいない」と男女8000名のネット調査上で答えている。それに加えて驚くべきことは、恋愛・結婚への関心度も急激に低下しつつあることだ。つまり人生において、恋愛や結婚がなくても「問題ない」と考える若者たちが急速に増えつつある。どうして関心を示さないのだろう。その答えとして若い女性たちは「結婚の必要性を感じないから」と答え、若い男性たちは「自由に使えるお金が減ってしまうから」と答えている。世の中に“多様性”が浸透し、女性たちにとって“結婚”も“出産”も責務ではなくなった。男性たちにとっても“家庭を持つこと”は必ずしも責務ではなくなった。どちらも責務から逃れ、自由に暮らす。そういう時代になったのだと、頭では解かっているのだが、何処かが何かがほんとうの意味で納得していない。そうなのだ、確かに恋愛も結婚も、その“必要性”は無くなった。けれども、青春期の誰もが感じる高揚感や官能性はどこに行ったのか。そして何よりも「愛」はどこへ行ったのか……「絆」はどこへ行ったのか……「人」はどこへ向かおうとしているのか……。
2026-02-13
奇妙な企業が存在する。たとえば「楽天グループ」という企業だ。この大企業は、なんと今年で“7年連続の赤字”であるそうだ。通常われわれが耳にするのは“2年連続の赤字”とか“3年連続の赤字”というところまでだ。7年連続というのは、どうすればそういうふうに出来るのか訊きたいくらいの連続年数だ。通常の企業であれば、もうとっくに倒産している。2025年12月期(後期)の赤字は1778億円だそうである。前期も1624億円の赤字なので、似たような金額の赤字幅が続いていることになる。これだけの赤字が続いていれば、通常なら“社長(会長)交代”となりそうなものだが、ここは創業時から三木谷浩史氏のワンマン企業で、そういう話は一切出ない。まあ、これくらい赤字が続けば、だれがトップに立っても、すぐに赤字解消とはならないだろう。その証拠に、同じような感じで、いやもっと深刻な赤字見通しを発表したのが日産自動車だった。ここは社長が入れ替わっているが、それでも赤字は2年継続で、今年度は6500億円という巨額の赤字となるようだ。巨大企業であっても、一年間で6500億円の黒字はなかなか出せるものではない。したがって、2万人に及ぶリストラや7つの工場閉鎖などが上手く働いたとしても、数年経たないと、黒字に回復させるのは難しいだろう。日産と言えば、どうしても思い出されるのが、カルロス・ゴーン元社長だ。彼がトップだったとき、この企業は大いなる利益を得ていた。もちろん自動車産業は、その時々の世界景気などにも左右されるので、経営手腕だけでどうこうは言えないが、それでもやっぱり不思議なほどゴーン社長時代は黒字が多かった。そう考えると、企業の経営手腕と人間性とはイコールでは結べない…ということになる。ここで長年働いてきた人たちは、結局、いまを良しとするのか、それとも元の方が良かった…とするのか、仮に社長が私腹を肥やしても、2万人の従業員たちがリストラに遭うより、或る意味では「良かった」という評価が出て来そうな気がする。昔から、ワンマン社長というのは、大体が長続きするし、企業そのものは黒字経営が続くケースが多い。ワンマン社長で“赤字経営”に傾く時は、たいていは時代の変革期で、もう、その社長も、その企業も、そのままでは“生き残れない”場合が多い。企業にも“生命”があり、大体、創業から20年くらいは運を持つトップが牽引しているうちは繁栄し続ける。それ以上になると、一般的に言って創業者の手腕だけではどうすることも出来ない。上手く次のリーダー(「運」を持った経営者)にバトンタッチ出来たところは、その後も繫栄し続けることが出来る。企業とは“生き物”だからだ。
2026-02-12
このところドル円相場も日経平均も、やや“落ち着きのない動き”が続いている。ドル円はアメリカの“利下げ観測”が浮上してきたことで、一気に4円も“円高方向”へと動いた。本来であれば、こんなに円高方向に動いたなら、日経平均は大きく下落しそうなものだが、なぜか全く逆で、日経の先物は再び“大きく上昇”している。自民が圧勝したことで、海外の投資家たちは“日本株買い”に動いているとみられ、あっという間に日経平均は6万円にまで近づいている。つまり、ドル円相場で「円」は急騰し、本来なら下がるはずの「日経平均」も、アメリカの「ダウ」や「ナスダック」の指数とはあまり関係がなく、一人旅で急騰し続けている……のが今の状態と言える。ただ多くの人が勘違いしやすいのは、この状況を「円高方向に動いた」と思い込みやすいことである。正しくは「ドルが大きく下落し始めた」ということで、相対的に“円高”となっているに過ぎない。それは「ユーロ円」などの為替の動きをみれば明らかなのだ。ただ、ドル円が円高に動くと、アメリカの投資家たちが「日本株」を買う。その動きが顕著になるのだ。欧州系の資金は“様子見”に変わるが、アメリカドルの投資家たちは“日本買い”に動く。黙っていても、為替差益が得られる可能性が強いからだ。したがって、今でも高市相場で日本株は高騰しているが、もしアメリカの“利下げ確実”が強まれば、アメリカからの投資資金が「日本株」に向かうので、高市相場は中々崩れない…ということになる。但し“利下げ危うし”となれば、今度はドル円相場で一気に“円安”となり、加えて「日本株」も一気に売られる展開となる。したがって、今後の相場動向は激しく上下する可能性もあり、目が離せない。ところで上昇が止まらない「日本株」だが、今年の最高値銘柄を見て見ると「銀行株」と「建設株」の二分野が抜きんでている。本来であれば、あまり上下に動かない二つの分野が、いまや連日の“最高値銘柄”の代表格になっている。前にも述べたが、株の動きというのは現実の経済に“先行するもの”なので、そういう点から言えば、或る意味では“AI分野”よりも銀行や建設の分野の方が早く活況を呈しそうなのだ。これは何を意味するかと言えば、1~2年後になって住宅価格が今よりももっと急騰して来ること…を意味する。日本の場合、長期金利の上昇と建設資材の高騰が止まらないからだ。ただ急騰しすぎると、インフレ不況となるので、日銀と高市政権は今後の経済運営はアメリカの“利下げ”や“利上げ”に引っ張られる形で、一辺倒に舵を切れない難しさが判然としてくるだろう。
2026-02-11
わたしは基本的に“ワルイ奴”も好きだ。「ワルイ奴」と言っても“根っからのワルイ奴”ではなくて、ほんとうは“良いところ”をいろいろと持っているのに、それが上手く発揮しきれず、結果的に世間から「ワル」と見なされているような人達だ。その代表的な人達のニュースを目にした。その一人は羽賀研二(65歳)で、2月9日に沖縄で「不同意わいせつ罪」で逮捕された。現行犯ではなく、半年くらい前の飲食店での出来事のようで、不起訴になる可能性も強い事件だ。ただ沖縄では一応、有名人の部類なので、どうしても問題があれば“少しのこと”でも摘発される。この人が芸能界で活躍したのは、もう何十年も前だが、時折、関わりある事件などが報道され、そのたびに多くの人の記憶が呼び戻される。特にCMの「誠意大将軍」というキャッチフレーズは、その当時の流行語にさえなった。だからみんな憶えているのだ。もう一人のニュースは安田忠夫氏(62歳)が2月8日に自宅で亡くなっていた……というもので、この人も一時期はタレント活動もしていた。大相撲出身で途中からプロレスラーとなり、世界チャンピョンにまでなったが素行不良で解雇され、その後は格闘家にもなり、またプロレスに戻ったり……完全に引退してからは会社勤めをしていたようだ。この人には別名「借金王」というキャッチフレーズもあり、その部分でも有名だった。二人とも、生年月日から観るとなかなかに個性的は星の配置で、本来なら成功を保っていけそうな部分もあった。けれども、どちらも性格的に“脆さ”や“弱さ”が感じられ、その結果として「生き方」を誤ったように思われる。多くの人は勘違いしているが、社会的な成功というのは、あっという間に覆される。だから、成功の後の“転落”も決して珍しい出来事ではない。運命的な出来事から、理不尽な形で“石もて追われるような形”で、その地位や名誉を奪われる人もいるが、そういう場合、いつかは何らかの形で“復活する”のが普通だ。けれども、自らの性格とか、その生き方とかに問題を持っている人の場合、いったん“追われた”場合、その復活は極めて難しい。羽賀研二の場合には“女性とのトラブル”が多く、安田忠夫氏の場合は“ギャンブル絡みの金銭トラブル”が多かった。どちらも、その「生き方」と深く関わっている。やはり、同じようなことで何度も“問題を起こす”のは、本人のどこかが問題を抱えているとしか言いようがなく、結果的に“破天荒で波乱多い人生”となってしまった。
2026-02-10
タレントのマツコ・デラックス氏がレギュラー番組を急きょ欠席し、首の手術を行って入院中であることを電話で伝えてきた。昨年は確か“足腰に支障”が生じて、急きょ出演をキャンセルする事態も生じていたはずだ。人生上の変化、特に“健康面での変化”というのは、いつ、どういう形でやって来るか、誰にもわからない。普段、健康な人ほど、いったん体調を崩すと、一気にあちこちが悪くなってしまうケースも多い。実はマツコ・デラックス氏の場合もそうなのだが、出生時点において、或る部分に“惑星位置”が集中していると、そこにトランジット惑星達が集中する時、大きな出来事が起こる。人生上の“大きな出来事”は何の予告もなしにやってくる場合が多い。具体的に言えば、この人の場合は「てんびん座2度」に冥王星が居て、「さそり座2度」に太陽が居て、「いて座3度」に海王星が居て、「やぎ座3度」に木星が居て……という出生時点での各惑星配置なのだ。それらに対して昨年の6月くらいから2027年の2月くらいまで、現在進行中(トランジット)の惑星達が刺激を与えやすい位置に来ている。つまり、トランジットの冥王星は「みずがめ座2~4度」を進行中であり、海王星は「おひつじ座0~4度」を進行中であり、天王星は「おうし座27度~ふたご座5度」を進行中であり、土星は「うお座25度~おひつじ座8度」を進行中なのだ。それ以外の惑星は長期間同じところに居ないので影響力は乏しい。つまり12星座それ自体は異なっているのだが“進行度数が一致”していれば、トランジット惑星と出生時惑星との間で“アスペクト関係”が成立し、それぞれ特有の運勢現象が現れることになる。この場合、180度とか、150度とか、120度とか、90度とかの関係性が生じるのだが、出生時惑星の各星座位置が異なるため、悪いことだけ起きて来る……というわけでもない。単純に言えば120度だと“良い現象”が表れやすく、90度や150度だと“悪い現象”が表れやすい。したがって、同時に“良いこと・悪いこと”が表れるが、どちらかと言えば“悪いこと”の方が多いということだ。特に150度や90度でトランジットの海王星や土星がアスペクトすると、健康面に支障が生じやすい。健康面に出ない場合には中傷とかバッシングとかの現象として生じる場合もある。この場合の影響力は“ピッタリ度数”が一番出やすいが、その前後1度30分まで作用するケースも多い。したがって、動きの遅い惑星ほど長期間の影響力を持っている。マツコ氏の場合は今年いっぱいは、いろいろな意味で要注意なのだ。
2026-02-09
わたしは前から高市早苗氏に対して“運気”ではなく“実力”で首相にまで上り詰めた人と、評価している。ただ、その高市氏にしても、今回の衆議院選挙は“運気”も味方していて、四柱命式では「印綬」の年……つまり名誉の年に行われた選挙であり、ホロスコープではトランジットの天王星が出生時の木星に120度、同じくトランジットの木星が出生時の太陽に120度の時に投開票日が来た。元々実力で首相となった人なので、運気が加勢したのだから“鬼に金棒”といった選挙結果が出た。これで彼女は誰にも気兼ねすることなく“自分の政治主張”を押し通すことが出来る。或る意味では、世界各国のトップたちが、国民からの後押しが脆弱な中、十分に自己の信念を貫き通せないでいる中、もっとも自己主張しやすい環境が整ったことになる。そして前から言っているように、彼女が昨年暮れに首相公邸に引っ越したことも、風水的にはプラスに働く。さらに、もう一つ、彼女には他の人物が持っていない“重要な秘密”がある。観相学的には“大股を開いている”ということだ。観相学的には古来から「小人形法」という観方があって、それによると人体はそのまま顔面中央部に反映される。つまり、その頭部は額中央部、その両肩から両腕にかけては眉、その胴体は鼻柱、その両肢は鼻脇からの法令線……に反映されることになっている。そういう観点から、改めて「高市早苗」という人物を観て見ると、この人の場合、その両肢に当たる法令線部分が“極端に開いている”ことが解る。この“開き”に関しては、前に岸田首相となっていた時にも言及したことがある。ただ、その岸田氏よりも、もっと“大きく開いている”のが高市氏なのだ。これは何を意味するのかというと、彼女が世の中に“大きく両脚を踏ん張って”広範囲な面積を“配下に収めて”生きていくこと……を表している。したがって、今後の彼女は「日本」国内だけではなく、海外に対しても、その積極性を果敢に発揮して“世界を歩く”→“世界を制する”ような方向へと歩みを進めていくことになるだろう。この場合、もちろん、アメリカとの連帯が欠かせないが、彼女の野望はというか本心は「中国をも股の間に収めたい」気持ちが強いだろうと思われる。もちろん、この征服意欲は“笑顔と度量”で行おうとしているのであって武力によってではない。もっとも、これも前から言っていることだが、彼女の“部下運の乏しさ”は解消したわけではなく、むしろ党の内部の中では“進んで行く可能性”もあり、そういう意味でもなかなかに興味深い「早苗劇場の第二幕」が切って落とされたのだ。
2026-02-08
時代が少しだけ逆戻りするが、一時期、益若つばさ氏も、鈴木奈々氏も、共にモデル・タレントとして若い女性たちの“憧れの存在”として輝いていた。同じ“モデル出身”でも「高嶺の花」としてのモデルではなく、双方とも、大方の女性に“自分も努力すれば手が届きそう”と思えるモデル・タレントだった。そして彼女たちは人気を得ただけではなく、恋人→夫も得ていった。益若氏の方はそれまで交際してきた男性モデルと2007年に結婚、翌年には一児を得ていた。ただ、その後に別居生活となり2013年に正式離婚した。鈴木氏の方はそれまで交際して来た会社員男性と2014年に結婚、その後も結婚生活は継続していたが2021年に離婚していたと最近になって公表した。益若氏の方は一応6年間の結婚生活、鈴木氏の方は7年間の結婚生活だったことになる。その二人が、同じTV番組に出て、共に“再婚願望”があることを語った。冗談として語ったのではなく、真摯に語ったのだ。そして、益若氏の方は「令和の子を産んでみたい」と言い、鈴木氏の方は「別居婚でも良いから、再婚して子供が欲しい」と希望を述べた。つまり、どちらも、初婚では添い遂げられなかったが、再婚を望んでいて、しかも新たな夫の児を産みたい…という願望まで述べている。益若氏は既に40歳、鈴木氏は37歳だから、新たな子供を得て育てていく……ということを考えると“遠い先”の話ではない。今年とか、来年とか、そういう早いうちに「もう一度結婚したい」という願望を抱いているのだ。もっとも、この二人とも“仕事優先型”のように視えるので、結婚して後、完全に家庭に入って…という話とは思えない。或る意味では、現代の30代、或いは40代の仕事優先型の女性たちと、共通するものを多く持っているように、わたしには思われる。総じて過去に結婚生活を4年間以上続けていた女性は、再婚に対して前向きなケースが多い。初婚が半年~2年くらいで終わっている女性は再婚に“後ろ向き”なケースが多い。実際そういう女性は、再婚しても長続きできていないケースが多いのだ。4年以上の結婚生活を持っていた女性は、再婚後は“そこ”で収まっているケースが多い。但し、間を開けずに再婚している場合には、同じような結果になってしまうことも多い。この辺は、別に、女性の何かに問題があるとか、結婚に向かないとかいうようなことではなくて、運命的に“相手しだいで長続きするタイプ”と、たとえ相手が変わっても“同じような結果”になりやすい女性と、あくまでも女性の場合だが、運命の“タイプ別違い”のようなものがありそうに思われる。
2026-02-07
こういう言い方はヘンだが「AI社会」が浸透していくと、人間はいつの間にか、自分のマネージャーとか秘書とかヘルパーさんとかの感覚で、AIに接していくのが“当たり前”になっていくような気がする。ただAIは時々“知ったかぶり”をする。自分が“それ”を求めていないのに「このことが知りたいんでしょう」というような表示の仕方をしてくる。普段なら、それはそれで「よく判るなあ」というふうな反応を示せるのだが、何かしら気分の良くない時とか、落ち込んでいるときとかに、そういうものを画面上で表示されると「余計なお世話だよ」と言いたくなる。AIは“人の気持ち”に対しては鈍感なのだ。TV画面などでも、別にこっちが何も要求していないのに「……聴き取れませんでした」などという。パソコン画面でも、もう、それは“必要がなくなった”のに、いつまでも、しかも、何回も「これは如何ですか」的な感じで表に出てくる。そういえば、上級のホテルとかデパートなどでも“似たようなサービス”がある。何も訊いていないのに「なにか調べましょうか」とか「これは如何ですか」などと言ってくる。そうだ。確かに、上級なホテルでも、常に“作り笑い的な笑顔”を提供して来るではないか。そういう意味では、あれに慣れておけば、AI社会にもすんなりと溶け込めていけるのだろうか。タレントのハリー杉山氏が既に2022年に亡くなっている父親のことについて語ったそうだ。認知症になった父親を、最初はなかなか“受け入れることが出来なかった”そうだ。認知症予備軍ともいうべき私なども、そう遠くない日に、同じような想いを子供に与えるのだろうか。と言っても、わたしの子供は、わたしの娘は、もう20年以上も逢っていないではないか。その暮らしぶりさえも訊いて来ない。AI以上に薄情な奴。そのうち、わたしが認知症になったら、そういう感じになってからひょっこり出て来て「ひょっこりはん」のように顔を出すだろうか。わたしの手相の頭脳線は、左手の方だけだがここ2~3年前から長くなって掌の端の近くまで伸びた。つまり左手の方だけ“認知症を避けようとしている”かのようだ。これで右手の方も長くなれば、齢を取っても「認知症にはならない」と確信できるのだが、いまのところは五分五分のようだ。まあ、それでも片方だけでも長くなってくれて、なぜか救われたような気分なのは不思議だ。
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