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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「占い分野」での「光る画の技法」を見つけたい


どういう分野でも、常に“高み”を目指している人は居る。もう“知り尽くされている”ように視える事柄でも、それに満足しない人たちによって“新たな技術”とか“製法”とか“発見”とかがなされていく。満足してしまったら、そこで、もう終わりなのだ。画家の桑宮亮氏が絵の具による“光る技法”を考案し、通常の絵画なのに“光を伴う画面”を描き出している。SNSで多くの人たちから「なぜ?」という疑問を浴び、この秘密を公開している。それによると、色を薄く何度も塗り重ねることによって“光る部分”が生じて来るのだという。或る種マジックのようだが、新たな技法であるに違いない。写真ではないから、普通に考えると“光る輝き”を表すことは難しい。多分、この画家はさまざまな技法の実験を行っているうちに、この手法を身に付けたのだろう。履歴を見ても、東京芸術大学を出ているので、漫画家などの“光り輝くように視える”技法とは明らかに別物なのだ。絵画の世界など、もうあらゆる技法は“出尽くしている”かのようにも思えるのだが、それでも“未知の領域”は存在する。そういうことが“あらゆる分野”で言えるように私には思える。だから、私が所属する「占い」の分野でも、既に“完成されたもの”のような錯覚を持っている占い師というのは、何の進歩もない。「占い」など、わたしに言わせれば、まだまだ発掘された部分が30%にも満たないのではないか……と思われる。未開拓の部分が70%を占めている。それなのに、多くのプロ占い師たちは、まるで個々の占いが既に“完成品”であるかのような取り扱い方をしている。だから一歩も進まない。こんなに“進まない世界”も珍しいが、それでも通用するのは、一部の権威者と呼ばれている人たち自身が“完成品”として、新たなる研究や試みを最初から放棄しているからだ。だから、マスコミなどで「占い」は“エンターテイメント”としては扱われても、学術とか、ほんとうの意味での文化としては扱ってもらえない。マスコミにとっても「占い」はあくまで“ショータイム”の一部として扱うことはあっても、学術としてとか、文化としてとかは“扱いたくない”分野なので、そういうことを言う“わたし”などは邪魔な存在でしかない。また、占い世界を牛耳っている“有名人”にしても、マスコミで宣伝してもらえるならエンターテイメントで充分なのだ。だから、よけいなことをいうわたしのような人物は“困った存在”でしかない。だが、どういうふうに思われても良いが、わたしは「占いの世界」の中で“新たなる技法”や“新しい発見”を、いつか現れる後進の天才のため遺していきたい。
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