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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


本を読むのが「億劫になる」年齢が来てしまった


書棚を片付けていて、ふと最近「本を購入していないな」と思った。雑誌はときどき購入するが、書籍と呼べるようなものを購入しなくなったな、と感じたのだ。昔と比べて大型書店が遠くなったという事実上の違いもある。けれども、いまは購入しようと思えばネットでも買える。それなのに、まず「購入したい本」がなかなか出て来ない。それに何よりも購入の後、それを“読み切る”自信がなくなって来ている。そうなのだ。以前、購入した本も、まだ読み始めていなかった。昔なら考えられないことである。購入したなら、ほとんどの場合、その日の内とか、少なくとも一週間以内には読み終えていた。それがどうだ。数か月も経っているのに、最初の方の数ページを読んだきり、そのままになっているではないか。その後に購入した特集号の雑誌など、まだ一ページも読んでいない。それでいながら、自分の本だけは何とか書き上げようとする。どうなっているのか。人はさまざまなところから、自分の年齢というものに、改めて向き合うことがある。たとえば毎日の入浴の時、これまであまり意識することがなかったのだが、浴槽に入るとき、脚を上げるが、その脚が思うほど上がらない。だから、今まで無意識に行っていた動作が、意識しないと“高く脚が上がらない”という不思議な現象を体験するようになる。たぶん、お年寄りの人達はみんなそうで、不思議でも何でもないに違いないのだが、それに始めて気付くと、改めて“人体の不思議”に遭遇したような気分になる。本を読み切るのが億劫になったのは、たぶん一つには、長時間読むと眼が疲れるからだ。それに昔ほど早く読めない。雑誌類であれば、昔とそんなに違わないのだが、書籍類はどういうものか時間が掛るようになった。それに、長いものだと“ネットのように纏めて欲しい”と思ったりする。それなら書籍を購入する意味がない。だからたぶん本能的に最近は書籍を買わないのだ。もう一つ理由があって、最近の書籍は高い。昔に比べると本当に高い。自分の本だって、そこそこの価格はするのだから、そんなことを想ってはならないのだが、それにしても高い。だから私の本が“そんなに売れない”のも或る意味では当然なのだ。
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