本来であれば「再現教室」に救急車が到着する予定はなかった。スタント会社で委託されていたのは「横断歩道でも事故は起こる」ということの再現、そのような事故が起きないためには「どこに気を付ければ良いのか」ということの注意点、それらをスタントマンでの事故再現によって検証していくというもの。本来なら「今回はスタントマンだったので大丈夫でしたが、高齢者ですと死亡してしまうかもしれない場面なので、皆さんも日頃から注意しましょう」で終わるはずだった。ところが、この日の“再現実験”はそうはならなかった。トラックが横断歩道を歩いている高齢者にぶつかってしまう場面で、本来であればスタントマンが素早くトラックのバンパーにしがみつき、そのまま10メートルほど引き摺られるはずだった。ところがバンパーにしがみついたはずのスタントマンは滑り落ち、そのまま中型トラックの車体に惹かれてしまったのだ。京都市内の中学校グランドで全校生徒など570名が見守る中で発生した事故である。すぐに救急車が呼ばれて緊急入院したが、昨夜のうちに死亡した。近年、学生たちを対象とした「再現教室」は人気を集めている。同じ日、四国高松でも高校生向けの「再現教室」が行われていた。こちらの方は“横断歩道”ではなくて、自動車と自転車とが引き起こしやすい事故の「再現教室」であった。どちらの教室でも、スタントマンが運転手の役と高齢者や高校生の役それぞれに扮して「再現教室」を行う。言ってみれば、映画撮影での“事故場面”を役者たちが演ずるのと大きな違いはない。元々スタントマンというのは、映画撮影での“危険な役”を本人に成り代わって行う“身代わり役者”からスタートしている。ところが近年はアクション映画が乏しくなった。“ヤクザもの”とか“ギャングもの”の撮影が滅多に行われない。そこで“危険な事故”等の「再現教室」を行うことで“生き残り”をかけているというのが実情なのだ。学校側としても、交通事故を防ぐための手段として「再現教室」は大いに役立つ。何よりも“眼で見ないと理解できない”現代の子供達には、もっとも解りやすい指導法だといえる。今回の事故で“高齢者役”を演じて死亡した中村佳弘氏(34歳)は、これまでに何度も行っている役柄で“失敗する”ような場面でもない。したがって運転士役の人物も、まさか失敗するとは夢にも思っていなかったのだ。一つだけ教訓があるとすれば、この事故を見守った生徒たちは、横断歩道を歩いていても決して安全ではなく「死ぬこともある」ということを目の前で教えられたことである。
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