「或る朝、眼が覚めると、僕は有名になっていた」とは詩人バイロンの言葉だが、似たような雰囲気で日本のアイドル達も誕生していく。それは或る意味で、夢見る少女たちにとって“シンデレラ物語”のように魅惑的である。つい昨日まで無名の中学生とか高校生とかが、あっという間に日本を代表するようなアイドルに変わっていくのだ。確かに、そういう人達がいるのは事実だ。けれども実際には、その確率は極めて低い。毎日、何人ものアイドル達がデビューしているが、その多くは何年後かにひっそりと消えていく。実際、冨田真由氏も2011年7月、まだ15歳の時にアイドルユニット「シークレットガールズ」の一人としてデビューを果たしていた。けれども、そのメンバーとしての活動期間は2年に至らなかった。その後、彼女は「シンガーソングライター・冨田真由」として再スタートを切る。いつの間にか大学生になっていた。小さな芸能事務所。小さなライブ会場。それでも彼女には“熱心なファンたち”がいた。小さな事務所に所属するアイドルの場合、自らSNSで宣伝活動をすることは必然である。そうすることで一人でも多くの人が自分の存在に気付き、自分の歌を聴きに来てくれるかもしれないのだ。けれども、ファンというのは必ずしも“良識”があるとは限らない。歌手とかアイドルとして好きになってくれるのではなく、時には個人的な恋愛感情から好きになってしまう場合もある。そういうファンの一人に岩崎友宏受刑者がいた。彼はかなり熱烈なファンとして接近してきた。必ず、ライブ会場には足を運んだ。そして、贈り物などを送ってくるようになった。彼が贈って来たものの中に腕時計があった。高額なものを受け取るのは何となく怖かった。そこで冨田氏は、その時計を送り返したのだ。これが、間違いだった。本当のアイドルはどんな高額品も喜んで受け取り、嬉しそうな写真を載せると良い。そうすると贈った方は満足するのだ。そういうファン心理を冨田氏は知らなかった。もっとも大手事務所と違って、身辺警護の無いアイドルにとってストーカー的な要素を感じるファンに警戒心を持つのは当然でもあった。時計を贈って来た岩崎が、送り返されたことで“悪魔”に変わった。執拗に罵倒し、彼女を追い回すように変わったのだ。「死ね」という文字が散見されるようになる。冨田氏は警察に相談する。一度だけではない。ライブの2日前にも相談に行ったのだ。けれども警察は深刻なものとしては取り合わなかった。ライブ会場付近にも警察官を手配しなかった。その結果、彼女はライブ会場の手前でめった刺しにされた。34箇所も刺されたのだ。意識不明の重体で緊急搬送された。その後、かろうじて命はとりとめた。犯人は懲役14年6月の懲役刑を受け、現在も服役中である。彼女の方は未だに心身とも癒えてはいない。歌うことも食べることもマヒが残っていて十分にできない。視力も低下し、脳梗塞となり、人にぶつかって歩く。PTSDを発症していて、怖くて公共の乗り物さえ一人では乗れない。そういう状態の中で、母親と本人とで警視庁管轄の東京都、加害者、芸能事務所の三者を相手取り、総計7600万円の提訴を行う。提訴の結果がどうあれ、それで身心が癒えるものではない。失った代償はあまりに大きく「アイドル稼業」は“大きな危険”と隣り合わせであることを、改めて感じさせる。
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