葛飾北斎が“引っ越し魔”だったことはよく知られている。けれども海外に暮らしたという記録はない。北斎が活躍していた頃、まだ日本は鎖国中だったのだから当然である。けれども、北斎は海を渡っていた。正確にいうと“北斎の作品は”というべきか。彼の描いた浮世絵が新聞紙となり、その紙が“陶磁器作品”の包み紙として用いられて、海外に渡ったのだ。よく昔は新聞紙で“壊れやすいもの”を包んで送った。珍しいことではなかった。決して北斎の浮世絵を択んで“包み紙”にしたのではなく、たまたま丁度良い包装紙として使っただけの話である。ところが、その日本から送られた陶磁器の包み紙の絵を「素晴らしい芸術作品だ」と評価したのがパリの銅版画家ブラックモンだった。一流の美術家が惚れ込んだことで、一躍、葛飾北斎の浮世絵はフランスで注目を浴びる。そして、新たなる絵画ブームの“火付け役”となる。彼の作品に影響を受けた“印象派”の巨匠たちこそマネやドガやゴッホやロートレックなのだ。こうして葛飾北斎は、自らは一歩も日本を出ることなく、フランスで“新しい絵画”の生みの親となったのだ。それから150年余り経って、今度はロンドンに居た。2019年5月23日から8月26日まで、つまり今日まで、北斎は「日本漫画の元祖」として、ロンドンの大英博物館の展示室に居る。もちろん彼の漫画作品「鳥獣戯画」としてである。この展示企画は、日本の古典から現代までの漫画作品を、欧米人に理解できるよう50名の作家の70作品の“原画”を取り上げてある。日本の各出版社が全面協力しているので、漫画に付随した“コスプレ”とか“コミケ”とか“アニメ映像”とかも加えられている。また漫画本の“立ち読みコーナー”もあれば、ヒーローとの“撮影コーナー”もあり、原画による“制作過程”の紹介などもある。もちろん、葛飾北斎の漫画はその“元祖”として、“最古作品”として登場している。われわれはどうしても日本の「漫画の元祖」というと手塚治虫氏などを想定しやすいが、そうではなくて葛飾北斎氏なのだ。つまり、北斎は「画家」としても西洋に多大な影響を与えたが、今また「漫画家」として登場し、西洋人に新たな影響を与えようとしている。しかも、日本から一歩も外に出ることもなく、当時は“変人・狂人”のように扱われていた人物なのだ。ちなみに大英博物館の「企画展」として前売り券は飛ぶように売り切れたそうである。
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