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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


風水から観た「最良の仏壇」って、どんなの⁉


日本には相当数の自称「風水師」がいるが、仏壇というものについて何故か沈黙してしまう人達が多い。風水的な観点から言って“どういう仏壇”が良いのか、或いは“どういう神棚”が良いのか、少しく考えてみたい。実は英国の「国葬」を観ていて、あまりにも“古色蒼然”としたやり方を継承していることに、いささか“違和感”を憶えた。もう少し“現代的な部分”を加えても良いような気がしたからだ。物事はすべて“時代とともに”ある。葬式とか仏壇とかだけ、時代とかけ離れていて良いわけがない。仏事とか神事とか呼ばれるものは、どうしても“そのまま継承していく形”が正しいかのよう錯覚しがちである。けれども、あらゆるものが時代とともに“大きく変化している”現代、そういうものだけが“時を止めている”ことが本当に正しいのだろうか。私は現代においては“仏壇”と“神棚”とは、仲良く共存させるべきだと思っている。大昔の“神代の時代”に「国」を作ったのが“神々”、そして、その神代の時代まで遡ることも可能かもしれないのが「血族」で、つまり“先祖”とは“自分に繋がる血”を持つ人々だ。そうだとすれば仏壇と神棚とを“同じ部屋・場所”に置いたとして、何ら、おかしなことではあるまい。一応、神棚の方が「上」で、仏壇の方を「下」に置けば良い。そういうカタチで我が家では“クローゼット型の押入れ”に、その上部に“神棚”を、その中部に“仏壇”を、その下部は“物入”として利用している。もちろん、戸建ての豪邸に住まわれている方は“神棚”と“仏壇(仏間)”とを分ける形の方がより良い。基本的には神棚というのは“朝日の届く位置”にあるのがもっともふさわしい。一方、仏壇というのは子孫である我々が“日頃から接しやすい場所”にあるのがもっともふさわしい。一部に、リビングはふさわしくない、という人が居るが、それは「部屋数がたくさんあるなら…」という話で、部屋数が乏しければ、子孫が傍に居てくれる方が“先祖たち”も居心地が良いに決まっている。そして、朝夕あいさつするとか、手を合わせるとか、供え物を揚げるとか……してもらえたなら、或いはときどき読経してくれたなら、どんなに魂が清められることだろう。どの宗教であるとか、どの宗派であるとか、関係ない。血統としての先祖は無数にいるので、さまざまな先祖が居て当然で、その誰かに伝われば良いのだから、どのような“拝み方”“祈り方”でも形式など関係がない。継続が大切で、年に一度とか二度とかでは“先祖たち”も寂しいだろう。神様たちにしてもそうだが、せっかく自宅に神棚を置くのであれば、毎日のように軽くあいさつするのが礼儀ではないだろうか。その家や家族に馴染んでいるなら、その家の中で“一体化”しているなら、どうしてそれを“怒る”とか“罰する”神や先祖がいるだろうか。友達のように“親しまれる”ことこそ、神々や先祖たちのいちばんの“悦び”なのだ。
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