7月, 2007年

「運命」と云う名の生命体

2007-07-24

台風4号が通過してその爪痕を残し、またも新潟地震が起こって悲劇が生まれた。こういう自然災害が起こるたび、科学の無力さを痛感する。

気象予報も、地震予報も、実際のところあまり前もっての予報として役立っていると思われないからだ。本当のところは「空に訊いてくれ!」とか「大地に訊いてくれ!」と云うのが、本音ではないだろうか? そして、そこに現代科学の限界を感じさせる。

自然災害は、地球も又われわれと同じように一つの生命体として、荒々しい呼吸を繰り返しながら、今を生き続けていることを、われわれに教えようとしている。云ってみれば、我々は地球と云う動物の背中に生息している寄生虫のようなものなのだ。土台が地球と云う生命体に逆らうことなど不可能なのだ。

そうだとすれば、その地球に調和しながら、共存していく道を選ぶしかない。

人間の運命も、基本的には同様の発想に立たなければならない。サクラは春に咲き、ヒマワリは夏に咲き、コスモスは秋に咲く。それぞれの季節に咲くのが正常な姿だ。ジャガーは密林に生息し、シロクマは北極に生息し、ラクダは砂漠に生息している。同じように、人にはそれぞれ「暮していくのにふさわしい場所・環境」や「咲かせるのにふさわしい花の色・形」や「咲かせるのにふさわしい時期」と云うものがある。

それらの選択さえ間違えなければ、多くの人の場合、その人に合った「運命」の上限を歩むことが出来て、より美しい人生の花を咲かせることが可能となるものだ。この「運命の上限を歩む」と云うことが「幸運な人生」とする秘訣でもある。ところが、実際にはこれが大変に難しい。

あなたが自分の人生を「不運だ」と感じるのであれば、それは多くの場合「運命の下限付近を歩んでいる」からで、つまり、自分にふさわしい場所・環境や、自分にふさわしい花園や、望ましい種まきや開花時期を間違えて来ているケースが多い。それでは、どんなに努力しても幸運や成功を勝ち取ることは難しい。それと、人生を複雑に考えすぎている場合も多い。

私はいつも言うのだが、人間の能力や素質と云うものは、元来、個々そんなに大きく異なるものではない。よく「波木先生のように才能のある方と凡人とは違います」と云ったことを真顔で云う方がいるが、それは違う。

私など、こういう場で発表していないだけで失敗の連続であり、頭脳など決して飛びぬけて良い方ではない。ごく普通でしかない。

ほとんど多くの人たちは、この「ごく普通」の人たちなのだ。そして、そうでありながら、人生と云うのは一見理不尽に見える。一方は順風満帆の人生を歩み、一方は災難不幸の連鎖が続いていく。

私は昔、この秘密が知りたくて同一生年月日の人たちの人生を片っ端から調べた。その結果分かったのは、同じ生年月日でも「運命の上限」と「運命の下限」とでは、人生が進むにつれ大きく異なった生活を送ることになる、と云う事実だった。そして、人生の上限を歩むためには、その人に元々与えられている「運命」としか呼びようのない生命体を上手く活用し、生かし、逆らわず、生きていく、と云うことだった。そのために役に立つのが占いなのだ。

占いは宗教ではない。したがって信じなくとも良い。とりあえず、騙されたと思って実行してみることで、幸運が得られる。古代人が授けてくれた最高の贈り物である。

台北の「占い横丁」の実態

2007-07-17

海外に出掛けると、私は最近その地方の占い師に占ってもらうことが恒例となっている。今回は台北へと行ったので、観光でも有名な行天宮地下にある「占い横丁」へと行ってみた。

日本のマスコミで何回も取り上げられたと云う李氏のテーブルの上には、確かに多数の日本人マスコミ関係者からの名刺が張られていた。15分ほどで(私の場合は10分弱くらい)1000元(日本円で4000円)は、日本における商業ビル系占い師と比べても、決して安いとは云えない料金だ。しかも、前口上が長いと云うか、自慢好きなのか、とにかく自分の過去を、よく喋る。私にだけなのかと思ったら、そうでもないらしい。だから、実際の占いへと入るまでに時間が掛かる。

まず、名前を書かせられたので「波木星龍」と記したら「達筆でいらっしゃいますね」と、驚いたような表情をした。日本で云う「四柱推命」用の赤い記入用紙があって、そこに私の生年月日から、星を表出して「命式」を立てていくのだが、その様子自体は手慣れた毛筆で記入していくだけに、おごそかな雰囲気があった。ただ、その星の出し方は「神殺式」と云って、台湾内部では評価の低い見方であることを私は知っている。もっとも、そんなことを見てもらう立場で口に出すほど野暮ではない。

彼は「あなたは頭が良い。大学院を出ているのか?」と云うので「いや、出ていません」「大学は出ているだろう?」「…」「とにかく頭が良い。仕事は何をしている?」「自営業です」一瞬、沈黙があった。「手相を見せなさい」「はい」「ほうら、成功線があるだろう」と云って、彼が示したのは中指へと向かう「運命線」のことであった。しかし、運命線など誰にでもある。「だから、何をやっても成功する」「…」「会社員なら社長になる。ヤクザなら親分になれる」自営業だと告げているのに、会社員とかヤクザとか云う。しかも「本当はヤクザじゃないのか?」と言いたげですら、ある。私がサングラスを外さなかったからだろうか。しかし、それにしては大学院を出ているとか矛盾している気がしないでもない。

「金運の方はどうでしょうか?」具体的な質問を向けてみた。すると、彼は再び四柱推命の命式を指し示した。「あんたは財星がいっぱいだよ。お金に困らない」「一生と云うことですか?」「もちろん」そう云われてしまうと、もう占ってもらう気持ちが失せていった。

中国の古典的占術書の中に「富家の貧人」と云う言葉が載っている。これは命式の中に「財星」が多すぎると、常にお金に囲まれた環境下で生活するけれども、実際に自分が手にできるお金は乏しい…と云う意味で、例えば金融関連で働く人たちなどは、何千万と云うお金を日常で扱いながら、自分自身の財布に入ることは滅多にない。そういう状態を云うのだが、私の命式はそこまで財星一色ではないが、かなりそれに近いところを持っている。今現在はともかく、十代までは極貧の家庭で育った。決してお金に困らない一生ではない。

そういうわけで、世界へ出て行くと、案外、日本の占いレベルの高いことを痛感させられることも多い。ただ書籍に関しては占術書の数の多さに圧倒させられる。地下書店街と云う所へ行ったが、神田の古書店街をほうふつとさせる。その一角に占術関連書籍を扱ったところがあった。日本でなら何万円もする本が、ここでは1200円~2000円程度で手に入る。今回は、さまざまなところで占いの本を購入した。何しろ仏具店でも占い書を扱っているのだ。ただ、日本に帰って来てよく読むと、向こうの暦がないと使えない代物だった。しかし、貴重な本も何冊かあり、そういう意味では台北はまさしく吉凶混合の占い天国といえよう。

謎の水晶球画像

2007-07-12

私のパソコンが置かれてあるテーブルの横には、イタリア製の陶器のインテリアが置かれていて、その上部カップ状の器に、紫の座布団に鎮座する形で丸く大きな水晶球が入っている。

テーブルも四角いテーブルではなく、奇妙な形のイタリア製テーブルで、本来はダイニングテーブルなのだが、四隅よりも中央部分が弓状に突き出ていて、その弓状部分に水晶球入りインテリアは置かれていることになる。本当はそんな風に置くつもりではなかったのだが、それぞれが丁度良い大きさでピッタリはまったので、中国で購入した水晶球が、イタリア製陶器のカップに収まり、パソコンの斜め手前に鎮座することになった。

よく風水で何をどこに置けば良いとか云うが、一番大切なのは調和である、と私は思っている。たとえば住居を選ぶ場合でも、自分の日常生活とかけ離れたところには、どんなに風水的に良いと云われても、住む気にはなれないのが正常な感覚だ。実際、中国の風水でも自然との調和を第一に考える。この「自然との…」と云う部分を多くの風水師は「大自然」と云う風にばかり受け止めがちなのだが、そうではない。もちろん大自然との調和も大事ではあるが「自然な生活との調和」と云うことも、含めての調和が本来の意味なのである。つまり、IT最先端の仕事をしている人たちは、大都会の高層マンションが「自然と調和」する生活になるし、漁業の人は海岸沿いに、林業の人は山手地域に、夜の飲食店・風俗店勤務は朝日は入りにくくてもベッドルームやバスルームは豪華なマンションに暮らす方が自然なのだ。

そういう本人の生活形態を無視した風水は、正しい風水ではない。

ところで、私のパソコンテーブルに置かれた陶器の置物は、それ自体インテリアとして美しいもので、多分、その上部に付いている器も、本来は果物やお菓子などを入れるためのカップなのだが、いまでは完全に大きな水晶球入れと化してしまっている。普段、何気なく見ていた水晶球なのだが、私は今日になって初めて或ることに気づいた。それは朝日の上昇の中で、水晶球に対して眩しいほどの陽光が差し込み、その結果として私の画像が、水晶球内に鏡のように映るのだ。それも、私の座っている位置からそうなるのだろうが、丁度、私の胸から上の画像が小さく水晶球の中央に映り、しかも、その顔に重ね合わせたかのように今度は私の顔面だけが大きく逆さまに映りこんでいる。その顔の大きさは、下に映った胸から上の画像の4倍くらいの大きさで、逆さまなせいなのか、ほとんど顔だけが中央部に映りこんでいる。しかも、逆さまな顔の方は、まるで小さな胸像の後ろにでもあるかのように二重写しとなっている。

水晶球は紫の子座布団に置かれているので、水晶球全体は透明でありながらも紫色に見える。さらに、太陽の小さな光輝く物体も左上部に映っているから、実に奇妙な光景なのだ。

もちろん、これらはいわゆる「水晶球占い」とは何の関係もない。俗に云う「心霊」でもなんでもない。単なる偶然が起こした奇妙な光景で、偶然今朝、気付いた現象であるにすぎない。すべてたまたまなのだ。多分、科学的知識の豊かな人なら、あたりまえだと云うだろう。けれども、頭脳が古代人である私は、とても神秘的現象のように思えた。古代の人たちと云うのは、このような偶然の光景の中で、神からの啓示を感じ取っていったような気がするのだ。そして古代人である私は、何かとても良いことが起きそうな予感が当たってくれることだけを願っている。

弟との距離感

2007-07-04

現在、東京で暮らしている弟から電話があって、海外に住むことになりそうだと云う連絡を受けた。海外と云っても、メジャーな海外の都市ではない。ポナペ島と云う一般的にはほとんど知られていない島だ。何処にあるのかと云うと、弟から二度聴いているのだが、未だによく解からない。なにしろ私が持っている地図では見当たらないからだ。パプアニューギニア諸島の近くらしい。

一応、講師と云う肩書で向こうへ行って、基本的には二年間暮らすことになるが、もしかしたら其処に永住するようなことになるかもしれない、とのことであった。彼はちょうど10年ほど前にも其処に行っていて、何週間か居たことがあるので、そういう点では落ち着いたものであった。ただし、その時は確かマグロの漁業権の問題で行っていたのだが、最終的に交渉が決裂して多大な損失をこうむった経緯がある。今回は仕事内容が違うらしいので、その点では前回のようなことはないとは思うが、日本の住居や生活用品すべてを処分して出掛けることになるだけに、万一のことがあっても、私の方は兄として経済的手助けはできない旨、念を押しておいた。

弟には、正直なところ、昔お金を貸して現在に至るもそのままになっている苦い思い出がある。親子・兄弟と云うものは、金の貸し借りは本当ならすべきではない。どうしてもなあなあになってしまうからだ。それでも、親族の少ない兄弟であれば、貸し借りが生じてしまうこともままあることだ。だから、貸すなら、還らなくなっても仕方がないものとして渡す以外ない。逆な言い方をすれば、そうなりそうな予感のある時には、前もって予防線を張っておくのが良いと云うことだ。

そういうわけで、今回はさりげなく予防線を張っておいた。大体、彼は十年以上前から、借金に関しては、私に対して何倍にもして返す、と繰り返してきた。繰り返してはきたが、還ってきたためしがない。まあ、それは良い。

彼は、以前(と云っても相当に前だが…)、韓国の女性と婚約寸前までいった。元旦をソウルで迎え、正月を二人で過ごすようなこともあったらしい。ところが、彼女の親族から反対が出て、結婚の話はキャンセルとなった。どうも、彼の一言で態度が急変したらしい。何を云ったのかは知らないが、大体は推察がつく。昔から、相手に対して無神経な批判をする癖が、彼にはある。

ポナペ島に彼好みの女性がいるかどうか、私は知らないが、私の直感では、この話が実現した場合、もしかしたら現地の女性と一緒に暮らす可能性が出てくるかもしれない…と、何んとなく思った。ただ、正式な結婚をする場合は、相手家族との会話で無神経な批判癖を持ち出すと、前回の二の舞となるだろう。

弟とは、若い頃、よく一緒にワインを飲みながら将来を語り合った。その当時、私は占い師としてはまだセミプロで、弟の方は22、3だったが学習塾を自営していた。あのまま学習塾が軌道に乗っていれば、弟の方がはるかに大きな成功をもたらしていただろう。弟はその後、生徒が学習塾の前でタバコを吸っていた事実から責任を問われ、地元を追われるように東京へと移り住んだ。そして、塾教師、翻訳のアルバイト、予備校講師、ルポライター、業界誌編集者、宝石店の営業部長、建材会社支社長、空調会社の営業、アニメ製作の海外交渉役、翻訳業、警備員など、実にさまざまな職業を転々とした。

私の方は北海道に残り続けたせいで、彼が東京へと出た後は北海道と東京になり、実質的な距離感が生まれたことで逢う回数もおのずと減った。最後に会ったのはいつだろう。多分、もう5、6年ほど前になるだろうか?彼の容貌は大きく変わっていた。そのあまりの変わりように、言葉を失ったくらいだった。

今度会うのはいつになるのか、果たして会えるのか、ポナペから戻ってくるのか…さまざまな思いの中で、確実に距離感が広まったことだけをひしひしと感じる。