12月, 2025年

「過去」を棄てれば「新たな未来」はやって来る

2025-12-18
人間は誰でも、なかなか“これまでの自分のすべて”を棄て去るということが出来ない。もろもろのしがらみがそうさせることもあるし、これまでに築き上げてきたものを“失う怖さ”が引き止めることもある。それでは、その“もろもろ”を引き摺って生きていくことが、倖せを掴む道なのかといえば、それは一概には良いとも悪いとも言えない。もし、現在が大いに恵まれ、過去にも“大きな汚点”とか“トラウマに近い傷口”がないのであれば、過去を棄てる必要などない。今のまま生き続けていくのが“幸せへの道”に繋がっていく。けれども、もし“汚点”や“傷口”があって、ほんとうは「そういう過去を棄てたい」という気持ち、或いは「過去に縛られず人生をやり直したい」という気持ちが強いのであれば、いまの自分を“棄てる勇気”を持った方が良い。今の自分を棄てることが出来れば、新しい未来と、新しい自分とを手にすることが出来る。比較的多いのが、いまの自分も棄てたくないが、嫌な自分は棄てて、新たに生れ変りたい…という人達だ。この中途半端な願望は、なかなか叶えられない。なぜなら過去の“一部分だけ切り捨てる”という芸当は、実は大変に難しいからだ。昔、政治家で不正会計をマスコミから追及され「号泣会見」となって、一躍“時の人”となった人物に野々村竜太郎氏が居る。彼の号泣会見はなかなかに興味深いものだったので、さまざまなメディアで取り上げられ、刑事事件ともなり、各方面からバッシングも受け、政界からも追放された。その野々村氏がなんと今は「占い師」として頑張っているらしい。厳密に言うと、占い師の部分と、人生相談者の部分と、二つの顔を持ち、SNS上にすべての過去を晒して、数秘術などによる占い相談か、又は人生相談かを受け付けている。そのうち、占い相談の方は割と一般的な方式のようだが、人生相談の方はやや高額で、おそらくこちらの方が本来はメインとしたい方なのかもしれない。占い師には、過去にさまざまな職歴を持っている人達がいるが、純粋に政治家だった人物というのはあまり聴いたことがない。彼の生年月日などから観て、占い師が向いた仕事とは正直あまり思わないが、ただ根本的に「独立自営で生きていく人生」であることは間違いがない。彼が“過去の自分”に対してどれほどのこだわりを持っているのかはわからないが、政治家としての自分を完全に棄て去ることが出来ているのであれば、新たなる分野での活躍も徐々に可能となっていくことだろう。

怪しさいっぱい「プリンセス天功の埋蔵金」発掘

2025-12-17
昔のおとぎ話に「ここ掘れワンワン」というのがあるが、どうも“この話”にも、それに近い怪しさがある。わたしは知らないが「ナオキマンの都市伝説ワイドショー」という番組があるのだそうな。その番組では、全国から選りすぐりの“超能力者”を集めて「秋山眞人アベンジャーズ」と名付け、その超能力者たちにイリュージョニスト・プリンセス天功氏が日本全国6カ所に埋めたとされる“各20億円”を探し出させよう……という番組だそうな。ところが最初の時には、だれも見つけ出せなかったそうな。そこでなのか、どうか……12月30日には生放送の中で、場所を特定して実際に“掘り出す”予定だそうな。しかも「もう場所は決まっていて…」というのだが、どう考えても、これってヘンではないか。しかも「プリンセス天功氏が立ち合いの元…」などと言っている。ますますヘンでしかない。どうして、本人が立ち合いの元で、本人が“埋めた”埋蔵金の発掘を行わなければならないのか、しかも、その場所が“既に決まっている”など“怪しい”以外のなにものでもない。だいいち普通に考えて、超能力者が“埋蔵金の探索”って、それだけでも怪しい。元々、超能力者として一時期ブレイクした「秋山眞人」そのものも怪しい。だから、その怪しい人物が発掘してきたという“超能力者たち”も怪しいし、彼らが見つけられなかったのに“アドベンチャー”として留まっていることもおかしい。いやYouTuberとして人気らしいのだが、この番組の看板となっているナオキマン(Naokiman)自身が“怪しさ”の代表的人物といっても良いだろう。まあプリンセス天功氏自身も、こちらは“妖しさいっぱい”の人物であるが、この番組に出るということは何らかのマジックを披露すること前提であるように思われるので、たぶん、発掘してみたけれども、そこには無くて、ただ“ヒント”が出て来て、それを本当に解き明かすのは天功氏のイリュージョンだけ…といった感じの内容なのではないだろうか。元々「イリュージョン」とは「錯覚・幻想」の意味なのだから「掘り出したら、ふつうにそこに存在していた」のでは、彼女の存在意義そのものが問われることになる。まあ12月30日なのだから、特番内容はそういうものにでもしないと……。

急速に流行ったら、急速に廃れるのが“世の習い”

2025-12-16
ここ何年か、急速にブームとなったのが「高級サウナ」「個室サウナ」と呼ばれるものだ。その個室サウナのビルで火災が起こり、3階の個室を利用していた男女二人が倒れたまま救急搬送され、そのまま亡くなった。火災そのものはたいしたものではなく、3階の個室の一部が焼けた程度だったようだが、原因が判然としない形で利用客である30代の男女は死亡してしまった。場所も東京赤坂であり、ビル丸ごとが高級サウナ店だったようで、会員制で料金も何十万円と高い。それでも近年の“サウナブーム”が利用者を惹きつけていたようだ。ただ、こういう急速にブームとなったモノは、何かをきっかけとして“急速にブームが去っていく”のが特徴だ。何でもそうだが、その最初の頃に眼を点け、すぐ実行化した事業家は大儲けできるが、ブームがどんどん広がって世間一般にも浸透していった後になって、自分も儲けようと始めた人は大体が失敗する。一過性のものでない場合にはあとからでも良いが、どう見ても一過性なものは長続きはしないものなのだ。だから、この“サウナブーム”なども、もう浸透しきった感があるので、今回のような“アクシデント”や“奇妙な事件”があると、一般的なブームが急速に引いていく可能性が強い。もちろん元々が“サウナ好き”という人はいる。けれども、そういう人達は、こういう個室型の高級店などには行かない。本来、サウナというのは“温泉”にやや似たような健康志向者が好むもので、個室にする理由も、高級化する理由も、本来はないのだ。だから、一度、こういう事件や事故などが起こると、そこを利用していた人たちはいっせいに“我が身の安全”を考えるようになる。したがって、すぐに衰退するとも思えないが徐々にブームは去って、その華やかなブームが去ると、流行好みの人達はしだいに“そこ”から去っていく。つまり、昔からの愛好者だけが残っている…という状態となる。もちろん、そういう状態になってしまうと、もはや高級店とか個室サウナとかは“絶対多数”のものではなくなってしまうので、敏感な経営者は次々と手を引いていく。そうして、遅れてやってきた商売人だけが「なぜ儲からないんだ」と嘆いて赤字を抱え込むのだ。

「日本」「韓国」「中国」に共通している問題は⁉

2025-12-15
2年連続で“新婚夫婦”が「100万組を下回った」という韓国の報道が気になった。なぜなら日本と韓国とでは、その人口が半分以下なのだ。その半分以下の韓国で、日本よりも“婚姻数”が多くなっているように感じたからだ。ところが、これはそうではなくて“新婚”の定義が異なるからだった。われわれはどうしても“新婚”というと“入籍1年以内のカップル”のような感覚を持ちがちだが、韓国では5年以内は“新婚夫婦”として捉えるらしい。したがって“入籍5年間の継続夫婦カップル数”という意味合いのようなのだ。何となく紛らわしい。入籍数そのもので言えば、昨年は22万2000組であったようだ。日本の場合は約50万組なので、半数以下となる。人口数では韓国が約5200万人、日本が約1億2000万人なので、まあ“似たような比率”ということになる。婚姻数の減少という点で言えば、中国も共通していて、その結果の“少子化問題”という点でも、この三カ国は共通している。ただ異なるのは“結婚観”で、韓国でも、中国でも、結婚に際して男性側が“住宅を取得している”ことが、暗黙の“決まり”のような風習が未だに続いている。この二国とも“家系”や“血統”も大変重視するようで、これらの点で“不合格”な場合には容易に結婚できない。もちろん近年はだいぶ“それらの意識”も変わりつつあるよう見受けるが、それでも“それなりの家庭”においては、未だ“暗黙のルール”は守られ続けている。日本の場合は、1970年代以降、それに近い考えは急速に姿を消した。一つには終戦によって、それまでの富裕層が“富裕層ではなくなってしまった”ことが大きい。その結果、日本ではムリなく“家系・血統の重視”は排除されたも同然の考え方が主流となった。結婚に際して、男性側が“住宅を提供する”という考えも、いまの日本ではほとんど持たないが、それでも入籍数は増えていかないのだから、韓国報道が心配するような「住宅高騰が新婚数を低下させている」というのは必ずしも的確な捉え方とは言えないかもしれない。いまのところアジアをリードしている三カ国だが、このまま“婚姻数の低下”と“少子化”が続けば、インドとか、シンガポールとか、インドネシア、タイ、マレーシア、ベトナムなど新興勢力が抜き去っていくのに違いない。

「日本」は世界で6番目に「強い国」って本当⁉

2025-12-14
アメリカのビジネス誌がこのほど示したランキングによれば、わが「日本」は世界で“6番目”に強い国なのだそうだ。とても、そんなふうには思えないが、その“強い国”の基準が、われわれの考えるものとは微妙に違う。つまり、政治の安定、経済力、防衛予算、国際的な同盟関係、そして軍事力……などのトータルなデータを基にしてのランキングのようだ。まあ、それであったとしても、140ヵ国以上の中から、しかも1位から6位までは“それほど差がない”という形での6位なのだから、そういう意味では“わが日本の強さ”を少しだけ信じて良いのかもしれない。特に、この中で注目するのは“国際的な同盟関係”という部分で、確かに現代は、そういうものを持たず“強い国”では居られない時代なのかもしれない。そのせいなのかどうか、このランキングでは「北朝鮮」は34位と極めて低い。1位アメリカ、2位中国、3位ロシア、4位インド、5位英国、そして6位が日本なのだ。この順位の中で「インド」が意外な気がするのは、わたしの知識不足のせいなのか。それに7位韓国、8位フランスが日本より劣っているというのも、不思議な気がする。いま注目の「台湾」は20位のようだ。単純に、このランキングだけからいえば、日本は台湾を“守ってあげる”立場のようだ。それにしても、日本の軍事力とか防衛力とかは、外国から見ると、意外に“強力”ということなのかもしれない。確かに、災害時の時の自衛隊は強い。中国が日本を必要以上に“怖れている”のは、大昔のトラウマからだけではないのかもしれない。このランキングの上位には、ウクライナとかイランとかシリアとか、なんとなく“戦争好き”な国々は含まれていないのも気になる。欧州でもドイツなのは22位で、ランキングだけからいえば“弱い国”ということになる。高市政権となって、今後の防衛費はますます多くなっていきそうな雲域ではある。或る意味では、タイミングよく「中国」が日本を敵視した発言が多くなって、トランプ政権から“予算増額”を望む声も強いので、防衛費の増額が大多数の日本人からも“受け入れられやすい”状況にはある。もしかすると2~3年後の「日本」は、もっともっと強くなって上位ランキングされているかもしれないのだ。

「罪と罰」は必要だが「一筋の光」も与えるべき

2025-12-13
俳優で“神田沙也加の元恋人”として知られる前山剛久氏がSNS上で六本木のメンズラウンジに勤務し始めたことを報告している。源氏名「真叶(まなと)」という形での本格的な勤務だ。2021年12月に女優・歌手の神田沙也加氏は札幌のホテルで“飛び降り自殺”した。報道によれば、前山氏と電話で“口論した後”とも言われている。その後、前山氏は俳優を一度は辞めたのだが、もう一度復活して、決まりかけた舞台は最終的に休止となった。したがって俳優業に戻ったのだが、実質的には阻止された形のままで現在を迎えているようだ。わたしの観るところでは、俳優業としての復活は難しいだろう。おそらく自分でも“それ”を感じ取ったのか“夜の仕事”で生れ変ろうとしている。わたしは、この選択は間違っていないと思う。世間も、芸能界も、彼が沙也加氏を“死に追いやった”と観ている以上、舞台に舞い戻ることはできない。そうであるなら、新たな道を模索するのが“正しい選択”となる。沙也加氏のご両親とか、沙也加ファンとか、一般大衆も含めて、なかなか彼を許す気持にはなれないかもしれないが、男女間のトラブルは、必ずしも一方だけが悪いと決めつけられない場合もある。彼が新しく開始する仕事が“彼に相応しい”といえるかどうかわからないが、少なくとも一度“俳優業を辞めた”時点では、一般的な仕事も考えたはずだ。けれども、それはムリだと自覚をしての“復活・俳優業”だったはずだ。だから、そういう意味では未練を持ちながらの“接客業への転身”なのに違いない。ただ転身をする以上は、完全に意識を切り替えて挑まなければ、再び失敗してしまう可能性もある。もしかすると、彼の転身を悦ばない人たちから“邪魔される可能性”だってあるかもしれないのだ。世間には、こういう転身の仕方を「許さない」という人たちが多い。けれども、どういう人にであれ「一筋の光」は残してあげるのが「運命」という舞台なのだ。その「一筋の光」に必死にしがみつく姿こそ、舞台で輝いていた時よりも、もっと純粋に仕事をしている姿として、救いの手を差し伸べてくれる人がいるかもしれない。そして彼がおごることがなければだが、再び、新たな仕事で“輝ける時”を掴めるに違いない。「運命」とは、そういうふうに出来ているのだ。

愛ひとすじ「水原一平の妻」を、誰が演じるのか

2025-12-12
前々から、その可能性は指摘されていたが、ようやく本決まりとなったのが元通訳で大谷翔平選手の銀行口座から約26億円もの“不正送金”を行って“違法賭博で逮捕”された「水原一平のドラマ」だ。日本時間の12月10日、米国のケーブルテレビStarzでジャスティン・リン監督によってドラマ化されるとの正式報道があった。もちろん、このドラマ化に当たっては、契約社会のアメリカであるから、事前に本人や大谷選手からも承諾を得ていると思われる。なぜ彼らが承諾したのかと言えば、そこで支払われる契約金はアメリカの法律から本人に直接支払われることはなく、彼が返済すべき金額の一部となることが確実だからである。つまり水原受刑者は、自ら働かなくても“詐欺取得したお金”を返済できる(全額かどうかは判らないが…)可能性があるからなのだ。彼がどんなに頑張ったとしても、返済金(利子が加わるので30億円とも言われる)は普通では返しきれない。それを知っているから、大谷選手も承諾したに違いないのだ。ドラマの中で、水原受刑者が2018年に結婚している日本人女性妻N氏も出て来る形で描かれるかどうか、今の時点ではわからない。もし出て来るとすれば“愛ひとすじ”で、事件が発覚して以降も、懸命に罪が軽くなるよう嘆願書を提出していたN氏役を、誰が演じるのかが注目される。実際のN氏は入籍後も日本とアメリカを行き来し、その間に家族が亡くなり、ペットが亡くなり、自分はストレスから聴力を失い、円形脱毛症にもなって、それでも事件発覚後も懸命に彼を支え続けている。そういう彼女の姿を、いったい誰が演じるのだろうか。一般的には、水原一平役や大谷翔平氏役の方が注目されているようだが、いまのところ、キャストに関しては未発表のままだ。おそらくドラマ開始直前まで未発表を貫くのではないか。実はアメリカでは、野球界だけでなく、さまざまなスポーツ分野で密かに“違法賭博”が蔓延している…という噂が絶えない。このドラマは、各種アスリートたちに、そのことを強く警告する意味もあるのだ。

「バイ」と「パン」の“微妙な違い”を理解する⁉

2025-12-11
昨日の都議会で立憲民主党の東由貴議員が、自らを「パンセクシュアルである」と公表した。これまでわたし個人は「バイセクシュアル」というのは何となく理解していたが、この「パンセクシュアル」という用語は、初めて聞いたような気がした。そこで、二つの意味の違いを調べてみたのだが、正直、解かったような解からないような…やっぱり、よくは解からない。解かっている人が居るかもしれないが、解かっていない人が圧倒的だと思うので、一応説明しておくと「バイセクシュアル」というのは本来“二つの性”を愛することの出来る人たちで、具体的に言えば男性でも女性でも“恋愛対象に出来る”人のことだ。一方の「パンセクシュアル」というのは本来“全性愛”を意味する表現で、具体的に言えば、男性とか、女性とか、中性(ニューハーフ⁉)とか……そういう性区分を超越して“恋愛対象に出来る”人のことらしい。どこから、どこまでを“中性”とみなすのかよくわからないが、もしかすると、将来的には“AIヒューマノイド(人型ロボット)”なども、その対象となっていくのかもしれない。まあ、良く言えば“時代の最先端”を行く議員ともいえるし、悪く言えば“(動物なども含め)何でも好いタイプ”とも言える。う~ん、ちょっと怖いような……興味ある人物だ。都議会の議場で、堂々とこれを宣言した東議員(36歳)は、自らのこれまでの体験から、一般社会の対応はまだまだ“無理解”で「共生社会と呼ぶには程遠い」と主張している。それに関連して示された資料の中で、わたし個人が注目するのは、2022年11月から都が導入した「宣誓制度」の利用者が先月末時点の統計で“1915カップル”も居たことだ。もちろん、これは都内だけの数字で国内全土ではない。公的な「証明書」を得たカップルが、都内だけで1915組も居たということが、わたしには驚きなのだ。それだけ日本も“こういうこと”に対してオープンになって来たということだと思うが、或る意味では“世間に知られる形”を採る…ということでもある。これらに事情あって“公には出来ないカップル”が相当数いることになる。いや、もっと言えば、カップルの数字だけで、これだけの数なのだから、カップルにはなっていない“単身型の人々”は一体どれだけの数が潜んでいるのか。想像以上に、現代は“両性愛”や“全性愛”の人々が急速に増えていっているということで、この問題にももう少し本格的に取り組まないと、少子化の問題は解決など出来るはずがない。もしかすると漫画やアニメや特殊アイドルの影響も大きいような気がする。「共生していく」ということが、自然な流れなら良いのだが、もしかして何かに先導されるような形で、この種の人たちが増えつつあるとすれば、それはそれで考えなければならないことのような気も……。

これが「令和の作詞」なのだと感じさせる指原氏

2025-12-10
最近はプロデューサーとしての才能を発揮しだしている指原莉乃氏だが、その指原氏が自らが育てつつあるアイドルグループに託した「とくベチュ、して」という作詞で、レコード大賞の作詞賞を獲得していたようだ。このようなちょっと意味不明な日本語の詞が、今年のレコード大賞の作詞賞を獲得した最大の理由はたぶん年間カラオケランキングの1位であったことにあるのだろう。どんなに意味不明な日本語でも、それが多くの若い人たちの「歌いたい曲」になっているとすれば、それが“令和の日本語”だということになる。日本語は、当たり前の話だが“日本人が用いる言葉”で、それが令和時代の若い日本人達の絶対多数から支持されているなら、それは“現代の日本語”として世の中に通用しているのに間違いはないのだ。正直、わたしはいまのアイドルたちの歌を知らないので、改めて作詞の内容をネットで調べて確認してみた。わたし個人の感覚で言えば、日本の歌謡詞でもっとも優れていると思うのは既に故人となった“なかにし礼”氏の詞で、元々は洋楽から入った人だけに、とても新鮮な日本語の歌詞を数多く遺した。確か私が最初に彼の詞で「すごい‼」と思ったのは「人形の家」で「♬…ほこりにまみれた人形みたい 愛されて捨てられて 忘れられた部屋のかたすみ…」という情景描写がいい。「石狩挽歌」では「♬…破れた網は 問刺し網か(中略) わたしゃ涙でニシン曇りの空を見る…」という情緒性豊かな描写。「エメラルドの伝説」では「♬…湖に僕はひざまづき みどりの水に 口づける…」という幻想的世界。「別れの朝」では「♬…ふたりは 白いドアを開いて 駅につづく小径を 何も言わず歩いた…」という描写。「今日でお別れ」では「♬…優しく気を配る 胸はずむ仕事は これからどなたがするのかしら…」という日常。そして「時には娼婦のように」では「♬…淫らな女になりな(中略) バカバカしい人生より バカバカしいひとときがうれしい…」という刹那的感覚。そのいずれもが、眼に見えるようとでもいうか、映画のワンシーンのような情景として迫ってくる。なかにし礼氏ほど、情緒性豊かな日本語を操れる人はいなかった。もちろん、それは“昭和の日本語”なのに違いない。これからは“令和の日本語”が、ちょっと意味不明な日本語が、外国人を巻き込んで“心躍らせる日本語”として浸透していくに違いない。

「緊急地震速報」って、ほんとうに必要なのか⁉

2025-12-09
わたしは以前から「緊急地震速報」というものに疑問を持っている。あれは意味があるのか、ほんとうに役に立つといえるのか、不安心理をあおるだけではないか……と。昨日、午後11時30分頃、それは聴こえてきた。わたしは寝るのが早いので、ひと眠りした後のことだった。「ん⁉ 本当だろうか⁉」AI予測をあまり信用していない私は揺れ出さない部屋で首をかしげた。それから20秒ほど経ってから“横揺れ”が来たが、そんなに強いものではなかった。まあ、このマンションの耐震性が強いせいもある。揺れの中で起き上がり、灯かりを点け、TVを入れたてみた。画面ではアナウンサーが危機感をあおるような声で「津波が来ます」「高いところへ逃げてください」と繰り返している。確か、2011年3月の時の地震では、津波は12mと言っていたような記憶がある。それに比べると、今回の地震の津波予報は“3m”のようで、よほどの海岸沿いでもなければ、心配いらない高さのような気がする。だがアナウンサー達は「すぐ逃げてください」「高いところへ逃げてください」と必死のようだ。いつも思うのだが、ほんとうに危険なら、アナウンサー自身が逃げ出すはずで、せめて「海岸沿いに居住されている方達は…」の一言を加えるべきではないだろうか。そうでないと、夜中にTVを観ているだれもが危険でもあるかのように聴こえてしまう。北海道の場合、冬の夜中は気温が下がる。零度以下になる地域も多いのだ。そんな時に「早く逃げろ」「すぐに逃げろ」「高いところに逃げろ」と連呼するのは、あまり適切な知らせとは思えない。確かに、一刻も早く逃げなければ危険な地域はあるかもしれない。けれども、そういうところに居住している人たちは体感的に“危険”は察知するもので、アナウンサーが叫ばなくても、本能的に避難しようとするはずなのだ。海岸沿いの地域で、比較的地震の多い地域は、日頃から或る程度の“避難場所”とか“避難方法”とか“連絡先”とか、そういうものを与えられている。もし、そういうところではないのに、TV報道に誘導される形で夜中に極寒の中で飛び出せば、高台を求めて坂道を上がれば、いまの時期なら滑り落ちる可能性やクマに出くわす可能性だってある。確かに、前もっての予知報道は“それなりのプラス”もあるのかもしれないが、病気持ちの人、高齢で動くのに時間のかかる人、幼い子供、目や耳の不自由な人、近くには高台がない地域…など、さまざまな人達が居る。報道の立場として仕方がないのかもしれないが、あまり普段から「逃げて‼」ばかりを連呼しすぎると、どれが本当の危機なのか判らなくなる。むしろ、地震そのものの大きさ、深さ、位置などをきちんと伝えて、今回の場合に危険なのは、どの地域、どの地帯の人達で、どういう場所へ避難すれば良いか、連絡方法はどこか、そういったことを冷静に伝えるべきではないだろうか。

「背負うもの」「引き摺るもの」から逃れるとき

2025-12-08
多くの人は、何かを“背負って”生きている。また多くの人は、何かを“引き摺って”生きている。その、どちらもない人は、楽に生きられそうな気がするが、実際には“生きていく糧”を求めてあれこれ移ろいながら生きている。何かを背負ってというのは、その人に“課せられた業”である場合が多く、仕事の場合もあれば、プライベートでの場合もあるが、とにかく「これだけはやらなければ…」という意識の下で生きている。次の何かを引き摺ってというのは、その人の過去とか出生とかと関係があって、それがあるから「いまはこういう形で…」という想いの中で生きている。これらが何もない人は基本的には“自由に生きられる”はずなのだが、何かしら生きていることに“虚しさを覚える”ことが多く「何のために生きているのか」時々わからなくなる。つまり、人間というのは、その三つに大きく分けられるのだ。最近、日本の歴史の中で最後の将軍となった徳川慶喜氏の子孫、5代目当主に当たる(やしゃご)山岸美喜氏が「絶家」とする決断を下したという。徳川慶喜家の墓や遺品を守り続けてきたのだが、すでに限界に達したというのだ。その広大な墓地は維持していくだけで莫大なお金が掛る。そこで私有のものではなく「国」のものとして、これからは管理・運営してもらおうというわけだ。確かに、名家の子孫というだけで、さまざまな責任や負担がのしかかるのではたまったものではない。個人のものであれば、自由にお墓参りも出来るが「国」所有となれば、簡単には墓参りも出来なくなる。それでも、これまでの負担を考えると、むしろ“背負ってきたもの”を下すことの安堵の方が大きいようだ。過去の人生で、自分の生き方を決定づけた“出来事”とか“事件”とか“トラウマ”とかを持っている場合、それが、その人の“いま”を形作っているケースは多い。その人にとっては“そのこと”を除いて、人生とか、過去とか、運命とかを、語ることはできないのだ。そういう場合は、好むと好まざるとに関わらず、それを引き摺って生きている。おそらく、完全なる形で“そこ”から脱出することはできないのだ。そういった二つのものを持っていない人たちは、自由に、楽に生きられそうだが、実際には“そうではない”場合の方が多い。なぜなら、生きること自体の“核になるもの”が無いので、生きていくこと自体が虚しいからだ。結局、人は“何かに縛られている”方が、最後の最期まで“強い生命力”を保ち続けられるのかもしれない。

日中対立は海外の「リトル東京」が危険区域に⁉

2025-12-07
いまや「日本人街」ともいうべき地域は世界中にある。日本企業の海外進出も世界中にある。その一方で、中華系の人々も世界中に居る。純粋な中国人で海外に渡った人も多いが、現地とのハーフなど“中華系”と呼べる人達が世界中に分布している。海外の報道を観ていたら、現在、フィリピンのマニラ郊外マカティ市にある「リトル東京」がピンチに陥っている…というのだ。「リトル東京」の名称があるくらいだから、フィリピンにおける日本人街だと思っていい。つまり、日本人の海外駐在者たち多数が居住している地域だ。同時に、その人達相手の商売が行われている地域でもある。つまり、日本からの駐在者たちの多くは「リトル東京」の中に在る飲食店などに集うケースが多いのだった。ところが現地では今そこが“危険地帯”として避けられている。何しろ昨年の秋から急速に“物騒な地域”になっていて、多数の強盗とか拳銃事件が多発している。20件超も路上事件が発生すれば、だれもが用心するようになる。しかも今年8月には日本人男性2人が何者かに射殺されたのだ。不安が一気に現実となった。それ以降、多くの海外駐在者たちに企業側から、その地域での“夜の外出”は控えるよう通達が出ている。もちろん警察のパトロールなども頻繁になった。それによって事件は減ったが、夜の賑わいは戻らない。困るのは、そこで営業してきた飲食店主たちだ。そのほとんどは日本人オーナーで、売り上げが急減し、赤字続きで廃業していく者も続々と出てきた。改めて言うが、これはフィリピンのマカティ市の「リトル東京」での出来事だ。ただ、わたしには「ここだけで済むだろうか…」という疑問が生じる。世界各地には「リトル東京」のような日本人街がある。そして、世界各地には中華系の人々がいる。フィリピンの銃撃犯が中華系人物と断定できるわけでもない。ただ本国からの指令に、金で従う人々が世界各地に居る可能性は否定できない。もちろん安全な「リトル東京」も沢山あるに違いない。怯える必要はない。そうは思うのだが、世界に進出しようとする高市政権の主張や行動を“封じ込めたい”習近平政権は、世界に対して手段構わずの作戦を浸透させていきたい思惑が強い。そういう意味で、世界各地の「リトル東京」は警戒を強めていった方が良いのかもしれない。 « Older Entries Newer Entries »