前回が何年前だったか忘れてしまったが、真夏だったことだけは覚えている。そのせいで私は軽い日射病となりホテルで高熱を出したものだ。そういう記憶が離れなかったせいで、今回の台湾行きは春先と決めていた。ところが、事前に調べた台北の気候は25度前後だったのに、実際に着いてみると17度で肌寒ささえ覚えた。こんなに寒いなら、もう少し後になってから来れば良かったと悔んだが、滞在している間に徐々に暑さを取り戻していった。札幌の“肌寒い夏”に慣れている私には20度以上になれば“初夏”としての薄着の服装で十分過ごせる。現地で服を調達するという方法もあるが、私はそういうことを行ったことがない。気候だけでなく、今回の台北は何かが違った。昔の喧騒とした街の雰囲気が感じられない。全体に“落ち着いた大都会”のイメージなのだ。もしかしたら泊まったホテル&場所の影響もあったかもしれない。今回、泊まったのは昨年出来たばかりの最新式のホテルで、駅直結、デパート直結の便利な場所に在った。地域的にも新興地域の「信義新都心」で、台北101、統一阪急百貨、誠品書店旗艦店、新光三越新天地、信義威秀影城、世賀中心、ベラヴィータ等、次々新しいショッピング・エンターテーメント施設がオープンし続けている。台北で今もっとも勢いのある地域なのだ。宿泊したホテルの窓からも、道路を挟んだ向かい側に新たに建設中らしいビル基盤が見えた。あまり高層のビルが建つと、せっかく眺望が売りのこのホテルからの景観も違ったものに変わってしまうだろう。オーナーでもないのに余計な心配をした。それにしても、こだわりを持ってデザインされたに違いないホテル内には、いたるところでアップテンポの音楽が流れ、壁面がキラキラと輝き、今一つ落ち着かない。おそらく“癒されること”を目的として宿泊した客は茫然とされることだろう。クラブのような雰囲気のホテルだからだ。事実、日本人宿泊客は乏しかったが、ビジネスの関係から泊まったらしい高齢の紳士はエレベーターに迷っていたし、癒されるどころか疲れた様子だった。もちろん良い部分もあって、直結して日系の新しいデパートがあり、その地下のフードコートには日本でお馴染みの和食系列店がいくつも出店している。7回にも和食の高級店があり、海外でも食事に苦労することはない。ホテル向かい側の老舗日系デパートにも和食の店はあり、あらゆる日本食を注文できる。地域的に若干値段は高めかもしれないが、飲食店だけでなく日本語の通用する店が多い。何年か前に台湾に来た時、美味しい店だということでガイドさんに案内された店は、一言で言えば“ガサツな飲食店”で、出て来る食事以前の問題として雰囲気、接客態度、客質、衛生的問題、そのどれを取っても及第点を与えることは出来なかった。われわれ日本人は食事そのものもそうだが、どうしてもそれ以前に店そのものの雰囲気とか、接客態度とか、静かで落ち着いた環境で食べられること―を要求しがちだ。その最後の部分が人気店だから仕方がないといえば仕方がないのかもしれないが、全く満たされなかったのだ。とにかく、うるさい。食器の音、ウエイトレス同士の話声、笑い声、隣のテーブルを無造作に片付ける音と埃、さらに他のテーブルのあちこちから響く嬌声、怒鳴り声―確かに美味いのかもしれないが、どんな味だったか覚えていない。ところが、今回はあの時のようなマナーの悪さをどの店でも感じなかった。フードコートでさえも感じなかった。台湾人が変わったのか、たまたま新興地域で若い人達や洗練された人達が多かったから、そのように感じたのか…もしかしたら、半年ほど前、ベトナムへ行って喧騒とした街中で一週間ほど過ごして、無意識にあそこと比較してしまっているのか…とにかく信義新都心に“ガサツな台湾人”は消えて、生まれ変わったかのように“洗練された台湾人”を多く見掛けた。
この洗練された「新しい台北」は、飲食時に感じただけではなかった。さまざまなショッピングモールでも感じる部分があった。例えば誠品書店という台湾を代表する書店がそうだった。一応、書籍をメインにしたビルなのだが、信義店は生活用品全般を扱っている総合ショッピングビルで、最上階は飲食店で埋め尽くされている。興味深い雑貨も豊富で旅行者にとっても立ち寄り易い雰囲気を持っているビルだが、メインである書店は2~4階のフロアを使っている。そうすることで本を買う目的以外の人も、書店の階をエスカレーターで通過していくことになる。特に若い人達が立ち寄り易い店舗を書店の上下フロアに置くことで本屋に向かうという意識なく、ついで感覚で書店にも立ち寄る可能性が高いのだ。また、書店フロアにはいくつもの個所で“幼児教室”“親子体験”コーナーが設けられていた。日本ではデパートの片隅にあることが多いが、おそらく意識して書店の中に組み込ませるような形で各コーナーが設置されている。こうすることで幼い頃から自然に書籍と親しむ状態が生れて来るような気がした。おもちゃ売り場も併設されているが、多分意図的に学習教材的な要素が強いおもちゃが並べられている。遊びながら学べる―ということが無理なく行えるよう“体験・教室・おもちゃ・書籍”が一体感を持って計画的に同じフロアの中で配置されているのだ。
書籍類にしても、台湾で出版された本だけが並べられているのではない。全てのコーナーを点検したわけではないが、例えば占い関連の書籍でも、台湾で出版された書籍、香港で出版された書籍、上海で出版された書籍、それに日本で出版された書籍も多数翻訳出版され並べられている。また欧米の有名書籍も翻訳出版されている。それらすべてが何の隔たりも無く一堂に会しているというか、同じ分野別に「占星学」のコーナーとか「手相・人相」のコーナーとか「風水」のコーナーとかいう風な形で並べられている。したがって本を択ぶ側は、どこの国の本であるということをあまり意識せず手に取ることになる。つまり日本人占い師の書いた書籍を半年遅れくらいで違和感無く読むことが出来るわけで、選択の幅もおのずと広がるはずなのだ。しかも翻訳書なのだが、原著者名は比較的小さく記されていて、その点でも自国の本のような感覚で読む可能性が強いように思った。以前から中華圏の国では台湾、香港、上海等の書籍が同列に並ぶケースを見て来たが、日本や欧米の書籍まで同列化されていることを知って、書籍数そのものが膨大となっている秘密を知った気がした。さらに書籍価格は一般物価に比べ台湾は安い。これも書籍文化を旺盛にしている秘密のような気がする。これらが未来を担う青少年にとって好ましいことは言うまでもない。日本では出版不況と言われるようになって久しいが、他の物価に比べて書籍価格が高過ぎることも影響しているのは間違いないのだ。インドネシアでも書籍価格の安さに驚いたが、未来を担う子供たちの読書欲を促すためには安さも重要な起爆剤なのだ。
書店だけではない。私は今回「探索館」や「博物館」や「芸術館」や「偶戯館」等、一般の旅行者があまり訪れないような場所にも足を伸ばしたが、総じて子供達を意識して造られている―ということを強く感じさせられた。つまり無意識の内に興味を抱き、好奇心の中で自然に学ぶことが出来るような配慮のようなものをいたるところで感じたのだ。実際、訪れているのは旅行者や大人よりも子供達がほとんどであった。こういう環境の中で育ち、未来に希望を持つことが出来る子供達は黙っていても国際感覚が豊かで世界に羽ばたく人材として成長していくに違いない。新聞もカラフルで写真が多く芸能面やスポーツ面が充実し、子供達でも興味を持ちそうな紙面となっている。そして将来構想のようなものが語られている青写真も多かった。わが国でも、未来を担う子供達の為にもっと未来が輝いて見えるような紙面やTV番組や公共施設の充実が求められよう。
掲載日:2012年05月02日
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