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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


だんだん難しくなってくる「境界線」の問題


世界のいろいろなところで「境界線」というものが問題になっている。パレスチナとイスラエルなど2000年以上も“境界線”で揉め続けている。ロシアとウクライナも結局のところ“境界線”で揉め続けているわけだ。昨日は「日本保守党」が街頭演説をして、他の保守党との“境界線”を、解かったような解からないような主張で喝采を浴びた。もう一つ、きのう、20人ほどのほそぼそとしたデモが行われた。ところが、このデモに対して“抗議する集団”が、それよりもはるかに数多くの人数で“デモ阻止”を叫んでいた。要するに、ほんとうのデモの方は「女性スペース」の利用は「生物学的な女性に限らせて欲しい」という訴えを掲げているデモで、女性と子供の権利を考える団体が主催して行ったものだ。ただ意外なほど参加者は少なかった。それに対して、そのデモそのものが「差別」や「ヘイトスピーチ」に当たるという主張を展開する人々が“抗議に集まった形”のようであった。彼らの方は主として“トランスジェンダーの支持者たち”のようであった。ただ本来のデモ主催者によれば、別にトランスジェンダーを排除する目的ではなく、本来の「女性スペース」は“身体的な女性”だけが利用できるスペースに戻してほしいという“お願い”のデモであるという。ところが、デモの直前に、タランスジェンダー支持者たちから、そのデモに参加する女性たちは写真に撮って顔を晒す……という予告があったらしい。つまり「女性スペース」にトランスジェンダーを入れないのは差別だという考え方だ。これは、なかなか難しい問題で、もし「心は女性だ」という“いかつい身体の人物”がいた場合、その人物も入って良いことにしてしまうと、本来の女性が“デリケートな問題”で使用したくても、使用しにくいという問題が起こりやすい。そういう意味で“身体的な女性”だけを……という“お願い”には正当性があるよう私には感じられる。ただ、それがあちこちに存在してしまうと、それはそれで“差別的な印象”を与えないとも限らない。どうも、最近はどの世界でも「境界線」が怪しくなってきていることは間違いがない。そのうち、どの世界であっても「境界線」は、あるようなないような微妙な感じへと変わっていくような気がするのだが………。
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