「single-blog.php」* 有料カテゴリ:「今日の迷信・余言・禁言」は月額1,200円で読むことが出来ます。// ざっくりとは終了 // Header画像を変更する事

今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「ご苦労様」と声を掛けたい「壁から脱獄犯」


何事も努力をしている者に対しては称えるべきだろう。そうみんな頑張ったのだ。だから穴を開けることが出来た。正確には「穴」というより「トンネル」と言った方が良い。長年の努力が、やっと実ったのだ。ただ難点は、人ひとりが腹這いになってやっと通れるくらいのトンネルで、いったん“そこ”に入ったなら、もう後戻りはできない。次々と入って行って、腹這いになって前進し、壁の穴から抜け出す以外にない。途中で止まったら、あとに続く者に迷惑が掛かる。何しろ、後戻りできないのだ。そうやって、やっとのことで穴から顔を出し、上半身を抜け出たところで「引き摺り出してくれる人々」が居た。仲間が待って居てくれたのかと思ったが、なんと、その穴の両側で待って居たのは警察官だった。つまり、脱獄犯たちは長いトンネルからやっとのことで抜け出したところで“引き摺り出され”御用となる仕組みだった。これはベネズエラの警察署の留置場からの脱獄が失敗した様子がカメラに収められた貴重な例だった。通常、脱獄というのは、だれにも知られず行うから成功するので、警察官多数に目撃され、穴から顔を出してきた時点で引きずり出され、カメラにまで収められたのでは哀し過ぎる。このトンネルを掘るのにどれだけの時間と労力が掛かっていると思うか。どうして脱獄に気付いたのか。それは、たまたまその日ワークショップが開かれ、警察官のほとんどが広場に出て来ていたからだ。ワークショップなので拳銃を所持していなかったが、晴天だったこの日、嫌でも壁穴から必死に抜け出そうとして頭を突き出してきた犯人は目立つ。何しろ腹這いのままトンネルを脱出してきた囚人たちは疲れていた。穴の両側から手助けされれば、ありがたくその手に縋る。何しろトンネルの中は視界も遮られて息苦しく、やっとのことで光あるところに顔を出す。その両側から手を差し伸べるのが誰であろうと、その手に縋るのは本能のようなものだ。こうして、脱獄犯たちは次々と何の抵抗も示さず摑まっていった。だれか、一生懸命努力してきた脱獄犯たちに「ご苦労様」と声をかけてやらなければ、あまりにも苦労が報われなさすぎる。まぶしい光を浴びて「引き摺り出してくれた」と思ったら仲間ではなく警察官だったなんて、ちょっと哀し過ぎる。
「ex-module-past-post-list-01.php」出力:single-post用の過去記事ループ処理

過去の記事一覧今日の迷言・余言・禁言