「single-blog.php」* 有料カテゴリ:「今日の迷信・余言・禁言」は月額1,200円で読むことが出来ます。// ざっくりとは終了 // Header画像を変更する事

今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


ユネスコ「世界の記憶」候補として家康貢献⁉


ときどき歴史上の人物が、歴史遺産的な事柄に対して貢献していた事実を知る。今回の貢献も、地味だが貴重な貢献と言える。ユネスコの「世界の記憶」国内候補として文部科学省が「三種の仏教聖典叢書」と「広島原爆の視覚的資料」の二点を決めたことを公表した。このうち仏教聖典叢書の方は元々徳川家康が個人的に集めたものを浄土宗大本山の増上寺に寄進したもので、12~13世紀の頃に中国や朝鮮で作られた12000点に及ぶ木版による聖典群だ。しかも、それらは現在デジタル化されていて、その精密画像をウェブ上で公開している。こうしてウェブ上で公開することで、たとえユネスコで認められなかったとしても、永久に研究者とか信仰者とかは眼にすることが出来る。わたしは正直言って、あまりユネスコの審査官たちを信用していないので、そんなに「世界の記憶」に登録されることが重要とは思わない。それよりも、デジタル化されたことで、興味ある人はだれもが視ることが出来て、時代を超えても当時のまま伝承されることの方が重要だ。宗教的な文書などの場合、時代によって地域によって微妙に変貌していくことが珍しくない。原初のままだから正しいとか、書き加えられたからおかしいとか一概に言えないが、少なくとも“原初のカタチ”は記録としてとどめた方が良い。そういうものが世の中にはたくさんある。原爆の視覚的資料にしても、同じような戦争が今もまだ世界各地で行われている以上、その巻き添えとなった市民はどうなるかということを画像として、映像として残して置くのは大切なことだ。残して置くだけでなく一人でも多くの“令和”を生きる人たちに見せておくことが重要だ。同じ時代を生きた者は“肌感覚”で知っている事柄も、時代が遠ざかれば“肌感覚”は消えて行く。教科書に載れば良いというものではない。世界の人々が“戦争の犠牲者になる”ということの意味を考える資料として、ユネスコの審査官たちも各国事情など考えず“公平な眼”で「世界の記憶」として採用してほしい。
「ex-module-past-post-list-01.php」出力:single-post用の過去記事ループ処理

過去の記事一覧今日の迷言・余言・禁言