最近、久しぶりに角川春樹が週刊誌の誌面に登場した。40歳の年齢差ある新人女優ASUKA(27歳)に肩入れし“結婚”を周囲に公言している―というゴシップ記事だった。角川春樹といえば、一時期“映画界の風雲児”として話題作を続々と世に送ったものだ。そして今『笑う警官』という北海道警察内部の腐敗を扱った作品を映画化・監督し、現在公開されている。その映画でも抜擢された新人女優・歌手に入れ込み、カードによる贅沢三昧を許し、彼の事務所自体の経営状態がひっ迫していて企業として存続の危機に追い込まれている、と週刊誌は予測していた。
それはともかく、角川春樹という人物は“人間の運命”を研究している私からは大変に興味深い。まず本人自身の波乱万丈な人生。角川書店・創業者の長男として生まれ「角川」という名を隠して関連会社に就職し、その一方で夜はスナックを経営する―という形で社会人のスタートを切っている。角川に入社してからも、社長の反対を押し切って『ある愛の詩』を公開して成功を収め、社内の地位を固めたらしい。私がまだ10代のときに大ヒットした映画だ。その美しい音楽と共に「愛とは決して後悔しないこと」という台詞が記憶に残る。その後だったと思うが角川春樹は、新人女優・薬師丸ひろ子を売り出しに掛かる。私は当時たまたま東京へと旅立っていた。東京駅近くの車窓から「薬師丸ひろ子」という―ただそれだけを描いた巨大な看板が目に何度も飛び込んできたものだ。後にも先にも、あんな名前だけの巨大な看板は見たことがなかった。その時は新人女優ということすら知らなかったが、名前だけは印象的で記憶に残った。こういう売り出し方をしたのも、角川春樹が最初であった。
その後も『悪魔が来りて笛を吹く』や『人間の証明』の大ヒットで、映画製作プロデューサーとして手腕を発揮していく。松田優作が個性を発揮し始めたのも角川映画だ。『人間の証明』は森村誠一の原作だが、この映画化がなければ森村誠一という小説家もメジャーにはなれなかった。この作品以前から、私はこの作家に興味を持って愛読していたが、文章が硬く、情緒的深みに乏しく、ストーリーとして面白いが文学作品としては薦められないタイプの作家だった。ただ構成能力は大変に優れた作家であった。要するに素質はあるが人気の乏しい作家だったのだ。ところが角川春樹が映画化したことによって“ベストセラー作家”へと変身してしまった。もはや“過去の作家”であった横溝正史ブームを再び起こさせることに成功したのも、角川作品として巨費を投じて宣伝し、映画化に成功したからだ。新人女優として、原田知世を売り出したのも角川映画だった。つまり、彼は様々な“未知の才能を発掘する”ことにたけていたのだ。
自らも筆をとり、俳句集『花咲爺』で蛇笛賞を受賞するなど才能を発揮した。現在も俳句雑誌を出し続けている。古代船「野生号」を建造して航海するなど冒険家でもあった。出版社長業としては今では当たり前となっている文庫本に大衆小説を加えた功績が大きい。ただ、その半面、私生活は無茶苦茶だった。五度の結婚と離婚、コカイン密輸事件による逮捕と拘留、追われるような形で角川書店や角川春樹事務所のトップの地位を譲るなど、本当に波乱に満ちているのだ。
彼のような“生き方”には、当然批判もあるだろう。公私混同の激しすぎる人物でもある。自ら「魂はスサノオノミコト」と主張するなど“危ない部分”もある。ただ「運命」というのは不思議で、彼がいたからこそ松田優作や薬師丸ひろ子や森村誠一が“世に出て”それぞれの個性と才能を花開かせたことは間違いがないのだ。“個性”と“才能”と“狂気”は紙一重であり、“人間の運命”というのも又、紙一重で…大きく異なった方向へと切り変わっていくものなのだ。
掲載日:2009年12月15日
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