携帯電話の新コンテンツである『前世からの約束』(波木星龍監修)の配信が開始されて2カ月が経った。このコンテンツでは毎月2名に対して「公開無料鑑定」を行うことが最初から決まっている。実はもう一つのモバイルコンテンツ『波木星龍』の方でも無料鑑定は行っているのだが、当初からあまり大きな反響はなかった。したがって私は『前世からの約束』の方でも、それほどの反響はないだろう…とたかをくくっていた。
実際、制作の人から打診された時にも「無料鑑定をやっても、応募がない、なんてこともあるかもしれないなぁ」と冗談交じりで云ったら「先生、そんなことは絶対ありません。これまでの経験からして30~40くらいは寄せられますので…」と云われていた。その時、私は内心、他の占い師がそんなに来ているのなら応募ゼロじゃさみしいなぁ…と思っていたものだ。ところが、実際にふたを開けてみると実質1ヶ月半の間に寄せられた無料鑑定の応募数は300件を優に超えていたらしい。そのうちの16件ほどを送信してもらって、どの相談事を掲載するか選別に掛かった。送られてきた相談事はいずれも真摯な内容で、中には800文字以上の長文で相談事を書き込んで来た人がいたことには正直驚かされた。
無料鑑定と云うイメージ上、あまり複雑な内容や大きな問題を抱えている相談事は来ないだろう…と勝手に決め込んでいたが、そうではなかった。もしかしたら、これは「前世からの約束」と云う名称がそうさせたのかもしれないが、それぞれが心の痛手を抱えながら、人生の岐路、恋愛の岐路に立っているかのような内容のものが圧倒的に多かった。中には、結婚を1ヶ月前に控えて婚約破棄をし、職場も辞めてしまっていたため途方に暮れている女性からの相談もあった。二人のうちのどちらが「運命の相手か?」と云う相談も多かったが、もっとも多かったのは、過去の大きな恋愛の別れのショックから立ち直れないで、その傷口を舐めながら、行くも戻るも出来ずにさまよい続けている人たちの嘆き…叫びのような…魂の懊悩を訴える内容であった。
それらを読みながら、私は自分自身の過去を思い起こさずにはいられなかった。私は20代後半の時、或る女性と深い恋に落ちた。毎日が薔薇色のように輝き、職場を抜け出して逢いに行き、彼女の顔を見ているだけで倖せだった。私は彼女と一緒に暮らすことを夢み、新しい住居を求めた。私の乏しい収入を彼女がピアノ教師として補うはずであった。ところが彼女の身内から反対が出た。雲行きがにわかにおかしくなった…。
結局、新居には彼女の持ち運んでいた洋服類が残され、ダブルベッドが置かれ、大きな冷蔵庫は空のまま使われず、独りの部屋でロッキングチェアーに揺られたまま放心したように何カ月かを過ごした。
あの時私は、もう2度と恋はしない、と自分に誓った。二人の約束は何だったんだろう…とベッドを涙で濡らした。心から愛していただけにその反動は大きく、しばらくは女性そのものが信じられなくなった。
ドラマ仕立てのような私たちの恋は、別れて1度だけ再会している。街角で彼女の方から声をかけて来て、すぐそばにあった喫茶店でコーヒーを飲んだ。その時の情景を私は忘れることが出来ない。二人ともほとんど無言だった。何も言えなかったのだ。何も言わなくても伝わるものがあった。「私を連れて東京へ逃げて…」絞り出すように彼女は云った。
私にはその勇気がなかった。
結局、いったん途切れた赤い糸は戻らず、そのすぐ後で皮肉にも『流氷の愛』という私の作詞が新聞公募の大賞を受けてレコード化したりしたのだ。もっとも全く売れなかったが…。
あれから月日は流れて、もう恋はしないと云う誓いは守られず、さまざまな出会いと別れを経験し、美しい思い出として、あの頃の情景だけがある。たまたま私が希望したわけでもないのに『前世からの約束』と云うタイトルになったが、誰であっても命をかけるほどの恋は一生に一度か2度しかできない。それだけは間違いない。それが前世からの約束かどうかはともかく、宿命的とさえ思えるような出会いがあるのは事実だ。そういう恋に出逢えると云うことは、それだけでも価値のあることのような気が私にはする。
恋の苦しみにのたうちまわることのできる人だけが、美しい思い出を手にできるのだ。
掲載日:2008年05月15日
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