5月, 2026年

相談者に対する「AIの回答」は癒し系占い師⁉

2026-05-20
日本人というのは、何に対しても“用心深い”ので、最初からすぐ利用する人は少ないが、周りにじわじわ“AI相談者”が多くなるにしたがって、本格的に普及しつつあるような気がする。確かに“調べ物”等では便利なことも多い。さて、そのAI相談だが横須賀市が、市の取り組みとして実証実験的に「ほっとAI相談」というコーナーを設けて、市民対応を行った結果が公表されている。それによると確か3か月間だったと思うが、1255件の相談があったようだ。そのサンプリングが公開されているが“傾聴型AI”というものが使われ、とても親切・丁寧な回答というか、相談役となっている。ただ、わたしはその回答を読んでみて「占いサイト」などで展開されている回答と“ほぼ同様な印象”を受けた。わたし自身は“そういう回答の仕方”をほとんどしないが、巷に多く存在している“癒し系の占い師”には、そういうような回答を行っている人たちが多い。つまり、占いそのもので回答するというより、相手の状況から見て、現在、もっとも“癒しに繋がるだろう回答”で応じようとする。もちろん横須賀市で使われているのは“占いヒューマノイド”ではなく、一般的な市民相談なので、より“あいまいさ”が多くなりがちかもしれないが、極力、相談者の立場に沿った回答に徹しているよう感じられた。たぶん、日本で公共的な形で用いる“傾聴型AI回答”においては、そういう回答の仕方がもっとも適切なのに違いない。そして、日本各地の市民相談や福祉施設などで徐々に浸透していくのに違いない。もっとも、軽い相談事である場合には、それらの回答で十分なのだが、人生上の重要な岐路に立つときの相談相手としてAIヒューマノイドが役立つのかというと、それは難しいことで、やはり本人の“先天運”や“現在の運勢”の両面から視てのアドバイスというのが、運命学的な観点からは優位なように思われる。ところが、人間というのは奇妙なもので、実際にそういうような状況の時に運命学(占い)や占い師を活用しようとする人は意外なほど少ない。「AI相談」が個々の状況をも把握してアドバイスしてくれるのであれば、もしかすると占い師にとって代わるかもしれないが、それまでには少々時間が掛かりそうな…“どっちも信用できない時代”がしばらくは続きそうな……。

「バーチャルで育つ」世代“危うさ&潜在能力”

2026-05-19
新進の起業家として一部で注目されていた飯田祐基氏が自ら創始した株式会社「これからミステリー」に関して、店舗運営以外の事業から「撤退する」と表明した。2年半前に立ち上げた「ダーマ―ミステリー」と呼ばれる仮想空間事業が上手く軌道に乗らず、会社が2億8千万円の赤字、自らが1億1千万円の借金を抱えたことによる。巨額の負債に、早くもギブ・アップ宣言を出した…ということらしい。近年、こういう“摩訶不思議なショービジネス”というものが、若い世代に急速に受け入れられている。もちろん、或る程度の年齢以上の世代になると、何やら不可思議な世界だとは思うが、特に、それ以上は興味は持たない。それが普通だ。つまり、ほんとうに“それ”を受け入れているのは、若い年齢層の人達に限られている。したがってSNSなどで人を集めることは可能なのだが、それがそのまま“お金を集めること”には繋がっていかない。少なくとも、いまの「日本」においては“そういう段階”だと思う。おそらく、この人はまだ若いので、その“現状把握”というものが、よく解かっていなかったに違いない。大体、現在の日本は、一般的に言えば“金銭的余裕のある世代”と“新しいものを直ぐ取り入れる世代”とには微妙な差があって、だから、目新しいものを商売として取り入れる場合、若い人向けの場合には“薄利多売型”でなければ成立しないし、余裕ある世代向けである場合には“価値観の優劣”を前面に出すことが重要になってきている。若い人たちや、これから育っていく世代はバーチャル(仮想空間)が“当たり前の世界”となっていくかもしれない。ただ、その場合に注意すべきは“現実との違い”なのだ。ここをきちんと把握させないと、バーチャルでは比較的簡単に行えて、善悪さえも伴わない“殺人”が、現実の世界においては“途方もない代償を払う”ことになる。16歳の高校生四人が「依頼されて殺人を行った」という栃木の事件など、まさにバーチャルと現実の“違い”を知らせる出来事として受け取るべきなのだ。仮想空間は、潜在能力を引き出す上では極めて有効なのだが、その反面、犯罪を誘発しやすい“倫理観の希薄さ”を生み出しやすいことを、われわれ世代は伝えておかなければならない。

怖いのは長期金利「3%」に接近して来ること⁉

2026-05-18
なんでも“不気味に思うもの”が接近してくると、人は本能的に怖がる。今回の場合、眼に視えないし、しかも“その実態”がよく解からないだけに、なおのこと怖い。長期金利の上昇だ。「なあんだ、そんなことか…」とほとんどの人は思う。わたし自身も、ほんとうのところは、よく解からないし、怖いのかどうかも、よく解からない。ただ「日本」だけでなく、世界各国で急速に長期金利が上昇している。徐々にであれば問題ないが、急速に上昇している。こういう時には、世の中で何かが“表に出ていない”形で急激に変化している時の特徴なのだ。この種の指標というのは、日々変わるのが自然だが、通常の場合には急速に変化するものではない。急速に変化する時には、何か目に見えない形で“起こりつつある”ことを暗示する。われわれは「日本」に暮らしているから、日本のことはよく解かっているが、他の国の事情に関しては、正直、よく解からない。特に経済事情なんかに関しては、なおのこと解からない。ただ最近の世界情勢を見聞きしていて思うのは「世界は繋がっている」「繋がって変化していっている」ということぐらいだ。だから、長期金利の上昇ということなんかも「まあ、世界的に上昇してきているのかもね」という受け止め方だ。それが自然だし、大方の人は、その程度で十分なのだ。ただ、最近は、地球上の一部分での出来事が妙に日々の暮らしにまで影響してくる。石油がどうとか、ナフサがどうとか、金がどうとか…いうヤツだ。それで日本の長期金利の方はどうなっているかというと、現在は2.73%くらいだ。ドイツが3.18%で、アメリカが4.6%で、イギリスが5.18%…といったあんばいだ。別に大したことなさそうな気がする。ただ、ここで問題なのは、つい最近まで「日本」というのは、これらの国々とは大きく違って極端な低金利を続けて来ていた……という点だ。だから、金利上昇にも、インフレにも慣れていない。それが徐々にではなく、一気に各国に接近しようとし始めている。そして、その各国も、日本に足並みを合わせるかのごとくに長期金利を上昇させ始めている。これで日銀の6月の“利上げ”は確実になったが、それだけで“済むのかどうか”という問題が見え始めているのだ。「倍速利上げ」とか「連続利上げ」とかの可能性が出てきているのだ。そうすると、どうなるのかと言えば、インフレが加速しローンを組んでいる人達は窮地に立つ。企業や商店でバタバタと倒産するところが出てくる。まあ、こういう予測が外れることを強く願うばかりだが……。

「ちょうど良い体重」保つことが健康の秘訣⁉

2026-05-17
お笑いタレントのだいたひかる氏が“痩せすぎてきた”ことの心配をSNSに投稿している。その体重計の数値は「44.9」を示していて、本人も言うように“ダイエットの成果”であれば嬉しいのだろうが、普段50㌔くらいはあった体重が普通の暮らしをしていて“痩せていく”のは不安が大きいに違いない。この人の場合、2016年に“乳がん”により右胸を全摘出している。さらに2020年には医師から“骨頭壊死”という特殊な病気も宣告された。本来は手術が必要な病気らしいが、子供が大きくなるまでは、出来れば手術しない方針のようだ。以前の投稿には「地上からの引っ越し」という表現も使って、自らの命が“そう長くない”可能性をも暗示している。大体、人間というのは40~50代にもなれば“自分にとっての健康体重”というものを何となく把握していく。もちろん、人によっては目まぐるしく“体重変化をし続ける”人もいるだろうが、大概の人は、或る程度“普段の平均的な体重”というものを感じ取っている。それより、極端に太るとか、極端に痩せるとかすると、少々体調面での不安がよぎる。暮らし方の変化や飲食生活の変化などで徐々に増えていくとか、徐々に軽くなるとか、そういうのはOKなのだが“何も変えていない”のに目立って変化していくのは、身体からSOSサインが発せられている場合が多い。もっとも、表面上、極端に太っていても、或いは痩せていても、普段から“そういう体形”でずっと来ていた人なら心配はない。一見、不健康そうに見えても、それがその人にとっては“ベストな体重”で、むしろ永年の暮らし向きとか遺伝性とかが、そういう体形を与えている場合もある。ただ問題は自分でもよくわからないし、特に違った暮しや食生活を始めたわけでもないのに、なぜか急に太り出すとか、食べても食べても痩せていく場合が問題なのだ。自分にとっての“規則正しい暮らし方”と“美味しい食事”と“ちょうど良い体重”を維持できれば、多少持病的なものがあっても、一応それなりの健康状態は保つことが出来るような気が、わたしにはする。

「60代の女性達」は「人間」より「AI」信頼⁉

2026-05-16
謎の調査結果が出た。もちろん、この調査結果がすべてとは思わないが、興味深いアンケート結果であることは間違いがない。調査会社が、ネット上で18歳~79歳までの人達に「あなたは対人関係の悩みをどちらに相談するか」という問いで「人間」と「AI」の二つを用意したところ、他のすべての年代と性別では「人間」の方を択ぶ確率が圧倒的に多かったのに、なぜか“60代(60歳~70歳)の女性”に限ると、47.8%の人達が「AI」の方を択び、37.3%の人達が「人間」の方を択んだという。明らかに、人間よりもAIの方を“信頼している”ことになる。奇妙なのは、もっとも身近にAIを活用しているはずの“10代”でも“20代”でも、AIの方を択ぶ確率はそんなに高くなかったことだ。それなのに、なぜか“60代の女性達”だけが「人間」を信頼していない。そう、AIを信頼しているというよりも、人間を信頼していない……という解釈の方が正しい結果のような気がする。60代の女性達にとっては「人は裏切るが、AIは裏切らない」ということなのだろうか。つまり、60代の女性達は、周囲の人たちが対人関係の悩みや相談に乗ってくれても、その人達の言葉や対応には“偽り”があったり“裏切り”があったりしやすいと経験上感じている…という結果であるような気がする。早い話が“人間不信”に陥っているのだ。だから周囲の人達には相談できない。特に“女性同士の対応”では、味方と信じていた相手が敵に廻ったり、口が堅いと思っていた相手から噂が広がるなど、信頼しすぎて全部を話すと“危険な場合”が往々にしてある。そこへいくとAIの場合には、そういう“逆転劇”の心配がない。また感情というものが加わらないので、冷静・公平に判断できるのではないか、という勝手な思い込みがある。確かに、身近な人達というのは、自分に対しても、相手に対しても、或る種のイメージというものを持っていて、それを基準として聴いてしまいそうな不安感が生じやすい。ということで、ほんとうに“信じ切れる相手”を持たない60代女性達の周囲に対する“人間不信の念”は相当に強く、哀しくも「AIの言葉の方が、まだ信じられる」という結果に過ぎないことが見てとれるのだ。

「ベビーカー生産終了」というベビーの企業⁉

2026-05-15
眼に見えないところで、さまざまな分野の企業が窮地に立たされている。各資材の高騰や不足によって“年内生産終了”を宣言したのが、ベビー用品大手のピジョンという企業だ。全てのベビー用品を扱っていることで知られる企業だが、今回、資材などの急騰によってベビーカーなどの23品目の“製造打ち切り”を公表した。生産終了に関しては「断腸の思いである」としている。そりゃ、そうだ。ベビーカーというのは“ベビー用品”として、なくてはならないものなのは誰でも知っている。ベビー用品の大手として、その生産を終了する決断には相当な勇気が必要だったに違いない。そうはいっても、東証に上場している大手企業であるから、相当数の従業員を抱えている。赤字になることが解り切っている製品を製造し続けるわけにはいかない。もちろん“値上げする”という方法がないではない。おそらく、それも十分に検討されたに違いない。ただ、極端な値上げは、この商品の性質上出来ないのだ。そうであれば、他のメーカーに任せて、そのメーカーが“食いつなげるような状況”を作ってやった方が良い、という判断に至ったに違いない。或いは“輸入品で賄う”形を取らせた方が良い、という判断だったかもしれない。確かに、他国の製品なら、もっと安くなる可能性もある。ただ日本のベビー用品は“安心・安全”という点で「世界一」とされている。そういう意味では、文字通り「断腸の思い」であったに違いないのだ。この種のことが、他の分野でも、続々と出てきている。建築資材でも、不足が深刻になって来ているようだし、化学製品の製造会社、それを使用する各種の企業、たとえば美容業界とか、医療業界とか、飲食業界とか、印刷業界とか……どちらかと言えば、これまで日本ではあまり“窮地に立つことが少なかった企業”が窮地に立っている。こういう現象を観ると、やはり人類の運命というのは、ITやAIなどの“科学的な予測・データ的な推論・現時点からの予見”では測り切れない“得体のしれない部分”があるとしか思えない。ほんとうの未来は「神様だけが知っている」と思った方が良い。そして、その補足をするのが「運命学」なのだ。

孫正義「評価の分れる人物」ほど価値がある‼

2026-05-14
当たり前の話だが、人間は神様ではないから、その人の評価を“正しく下す”ことなど土台が出来ない。ただ、われわれは過去の“歴史の中の人間たち”というものを何となく知っている。そこに登場するのは、ほんの一握りの“目立っている人達”だ。そして、そういう人達によって、いまの世の中が成り立っている。だから、われわれは“そういう人達”を嫌でも知ることになるのだ。そういう意味で言って、いまの日本では、歴史の隙間に“埋もれていく人”がほとんどなのだが、稀に、その未来の歴史に“ちょっとでも顔を出している可能性ある人”がいるとすれば、ソフトバンクグループ(SBG)の創設者である孫正義氏は、その代表的な存在の一人だ。大昔、まだ「ソフトバンク」という名称を多くの人が知らなかったとき、路上で無料で携帯電話を配っていた人たちがいて驚いたが、それこそ、彼が最初に“世の中に知られる”きっかけを作った宣伝行為だった。「日本」にパソコンと携帯電話を普及させた“第一の功労者”こそ孫正義という人物だったのだ。もう、あれから何十年と経って、いまや彼は「世界の孫正義」になった。昨日SBGの決算が出て“5兆円の利益”であることが報道された。これは日本の企業としては最大の利益であるようだ。もっとも、この企業は製造業などと違って、実益を伴っているわけではない。したがって、今期良くても来期も良くなるという保証はない。そうではあるのだが、この人は、これまで何度も「危い」とか「危ない」とか言われて、ギリギリのところから立て直して今日を得ている。実際、5兆円の利益を出した報道に関しても、ネット上の評価はさまざまで、どちらかと言えば、それに見合った税金を納めていないことに対しての反発が多い。だが法律的にそうなっているのであれば、その部分を批判するのは考え方としておかしいので、どんな企業の経営者でも、それなりの節税対策を心掛けている。それよりも、いま世界で、日本の経営者の中で“世界的に知られている人物”がどれほどいるだろう。何年も前から「AIの時代」を予見していた経営者がどれほどいるだろう。投資家には“先見の明”というものが何よりも必要だが、その“先見の明”を文句なく持っているのが「孫正義」という人物だ。もっとも「AIバブル」が弾ければ、いち早く“莫大な借金”を抱えて“破産してしまう可能性”があるのも彼なのだ。実際「ITバブル」が弾けたとき、株価は暴落して「倒産ほぼ確実」とまで言われた。「波乱万丈」という言葉が、これほど当てはまる人生も滅多にない。運命学的な観点から言えば、歴史に名を遺す大成功者としてより、最期は「すべてを失った」という“名の遺し方”の方が、より魅力的なのだが……。たぶん、そうはならない。

「寛容さ」「多様な観方&考え方」否定の現代

2026-05-13
所ジョージ氏がMCのバラエティー番組で、イランで“古くからの風習”として今も行われている“結婚の習わし”を扱ったところ、それが思わぬ反響を呼んでいるようだ。番組内では、父親を亡くしている家族を扱い、まだ14歳の長男が父親の“身代わりのような形”で家族を仕切る。その家族の中で最初に嫁いでいた長女が亡くなり、3歳の男児が義父の元に遺された。そこで、古くからの風習として、妻を亡くした人物は、その妻の妹を“嫁に貰う”のがイランでは一般的だったようだ。そこで親戚たちが代わる代わるやって来て、双子の妹のうちどちらかを“後妻として嫁がせる”よう説得しようとする。けれども、14歳の長男は頑としてそれを拒否する。「妹たちはまだ12歳で、結婚するには早すぎる」と主張する。もっとも、その妹たちは「お嫁さんになっても良いよ」と比較的乗り気のようなのだ。母親は“遺された3歳の孫”が気掛りのようで「どうしてよいかわからない」と途方に暮れている。イランの風習の中で、わたしが注目したのは、まず“家長絶対”という考え方にある。本来であれば、兄と言ってもまだ14歳なのだから“家長”としては心もとないような感じだが、イランにおいては家長の考えは“絶対”のようで、大人たちも皆、その言葉を一応尊重するのだ。本人が「嫁いでも良い」と言っても、まずは“家長”がOKを出さなければ、結婚として成立しない仕組みになっている。結局、番組の後取材で、この家族の妹たちは“結婚”ではなく“学校”を選択したことが伝えられた。ただ、番組内では出演者たちのさまざまな感想や意見が取り上げられたが、その中で、発した所ジョージ氏の感想が「現代にそぐわない」としてネット上で猛反発を食らっているという。「日本」の“令和の時代”の発想としては「12歳での結婚などありえない」「姉の後妻としての結婚などありえない」「バラエティー番組として扱う問題ではない」ということなのかもしれないが、どうしてネット民は、すべての日本人を“令和の正しさ”“日本人的な正しさ”“世界的潮流に沿っていること”に統一しようとするのだろう。実際には今から百年前の日本人だって、似たような発想を持っていた。男性が戦争に狩り出されている間に、妻が亡くなった場合、その妹を“後妻として嫁がせる”ということが平然として行われていたのだ。その当時の日本人たちは“それ”に対して違和感を持っていなかったようなのだ。時代が変わり、地域が変わり、宗教が変われば“何が正しい”のかも変わってくる。一つの考え方だけを、あまりにも絶対視する「今の日本」は、ちょっと危険かもしれないのだ。

「欧米型の家庭⁉」を先取りする役者・大悟‼

2026-05-12
TVで最初に千鳥の大悟氏を観た時「ずいぶん“田舎丸出し”の雰囲気を持った芸人だな」と思ったものだ。今どき自分のことを「わし」と表現するのも珍しい。わたしの幼い頃には、よく耳にした表現だったが…。そういう大悟氏も、もう、いつの間にが“よく見る芸人”に変わっていった。そうして、今回は“芸人”としてではなく“役者”として、映画初主演し、しかもカンヌ国際映画祭に出品される是枝監督作品であるという。ただ今回の「箱の中の羊」という作品は、どうも内容的には“近未来的な話”のようで、息子を亡くした自営業の一家がヒューマノイドの息子を迎える話…ということになっている。ただ、その一部を観たが、どうも、わたしには“近未来の世界”には感じられず、いまの日本社会そのもので、設定だけを近未来にしているようにしか感じられなかった。この種の設定は欧米の映画界が好んで用いるが、そういう場合、なんとなく“何十年後かの未来らしい”雰囲気が感じられるものだが、今回の映画では、わたし個人は“それ”はあまり感じられなくて“情緒的な部分だけ”を全面的に押し出している…よう感じられた。そういうところが、欧米人たちからはどう評価されるのか解からないが、ただ“近未来の話”とはいうものの、実際には数十年先になれば、この家族たちに近い“家族たち”は実際に生まれて来るに違いない。最近はAIとの会話をする人たちも多くなったが、なんとなくの“癒し”を求めるのであれば、それで“ペットと同じような家族感覚”を持つことが可能になっていくのに違いない。しかも、ペットの場合、言葉は返してくれないが、ヒューマノイドの場合には“言葉で還って来る”というのが情緒的には素晴らしい。ただしワンパターンだし、日本人の好む“感覚的に理解する能力”はない。したがって、どちらかと言えば、日本人より、欧米型の思考というか、感覚というか、そういうものの方がスムーズに受け入れられるような気がする。たぶん、役者・大悟氏を起用した是枝監督は、だからこそ“泥臭い雰囲気の大悟氏”を主役として持ってきたのに違いなく、言ってみれば、欧米人たちに「日本人はヒューマノイドでは満足できない」ということを“暗に教えたい”気持ちがあるのかもしれない。そうなのだ、この作品は大悟氏だからこそ“ヒューマノイドの父親”なのだ。

令和の時代「ハラスメント」の難しい境界線

2026-05-11
時代の変遷の中で、ときどき解からなくなる。たとえば種々の「ハラスメント」とか「コンプライアンス」とか「イジメ」とか「ストーカー」とか……時代や国家や宗教や地域によって、何が許され、何が犯罪で、何が正しくて、何が罪なのか……一つだけ解かっているのは「難しい時代になったな」ということだけだ。わたしは知らなかったが、お笑い芸人の間で“イジメ発言”というものがあり、それがネット上で拡散し、伏せていた名前が暴露され、その結果、その双方ともがSNS上で謝罪した。先日TV番組で「10年間ぐらいずっとイジメられていた」と発言したのは芸人・中山功太氏で、その時に名前は伏せたのだが、その具体名としてネット上で拡散したのはサバンナ・高橋氏の名前だった。ところが、その騒動を“横目で視ていたはず”のサバンナ・八木氏が双方の仲を取り持ち、両者に連絡を取り、自らも「相方の責任はコンビとしての自分の責任でもある」といち早くネット上で謝罪したのは、八木真澄氏の方だった。それを受ける形で、和解したサバンナ・高橋茂雄氏、そして発言した中山功太氏の双方もネット上で“騒動に発展したことを謝罪”した。わたしは思うのだが、今日でこそ“ちょっとしたイジメ発言”でも問題にされるが、昔は、ごく日常的に一般社会で、特に先輩・後輩の間では妙な言い方だが“軽いイジメ”は行われていた。そういう時代が長く続いた。もちろん、それが良いとは言わないが、罪の意識なく発言してしまうこと、行なってしまうことは、芸人でなくても、さまざまな職場や学校で行われていた。イジメだけでなく、パワハラやセクハラやモラハラなどのハラスメント行為はもっと多かった。宗教的に異なる国においては、現代でもなお「日本」などから視れば、信じられないようなハラスメント行為や、イジメ行為や、権力が絡むストーカー行為などが行われている。もちろん、われわれは“令和の日本”において暮らしているのであるから、それに沿った“暮らし方”をしなければならない。ただ性格的なものも加わって、切り替えの利きやすい人と、切り替えの利きにくい人がいる。感覚が研ぎ澄まされすぎると、ちょっとした発言や行為でも「ハラスメント」とか「イジメ」とか言い出す人もいる。一時期「鈍感力」という言葉が流行ったが、ちょっとした言葉程度なら“鈍感に聴き流す”くらいの余裕があった方が良い。世の中を“正していく”ことは必要だが、生き方としての“柔軟性を持つこと”は、世の中を“衝突せずに生き抜く”賢い知恵でもあるのだ。

「11000カラット」ルビー発見、日本では…⁉

2026-05-10
「巨大ルビーの原石を発見する‼」そういうニュースは、わが日本国では残念ながら…ない。たぶん、今後も…ない。地下資源の乏しい「日本」では、そのほとんどを海外からの輸入に頼っている。高いお金を出して、運んでこなければならない民族なのだ。丁度、わたしの幼い頃のように、お金持ちのお家の子には、たくさんおもちゃがあるのに、貧乏な親の“我が家”には、何もない…と、しょぼんとしていた想い出と重なる。4月中旬、ミャンマーの北部モゴック近郊で1万Ⅰ千カラットのルビーの原石が発見された。日本円に換算すると、少なく見積もっても10億円以上の宝石の発見だ。市場では「金」「銀」「銅」が値上がりしているが、もちろん「ルビー」などの宝石類も、じわじわと値上がりしている。ミャンマーがそういう“お宝”を眠らせている国とは知らなかったが、現軍政権のトップは「巨大ルビーの発見は、昔から国の繁栄を示す吉兆と言われてきた」と古来からの言い伝えを内外に示している。実はこの地域は、昔から“お宝”の宝庫らしく、1996年にも巨大ルビーが発見されている。その時には今回よりも大きな原石だったが、今回の方が色や透明度が優れているらしい。さて日本には、そういう“お宝らしきもの”はまったく存在していないのだろうか。実はそうでもない。資源としては「石灰石」というものが世界で3~4番目に採れる国、また「ヨード(ヨウ素)」が世界で2番目に採れる国として、一応、記録されている。ただ、これらはそんなに高額なものとも言えず、重要度から言っても、まあまあ程度のものと言える。だから、それらでは“お金持ちの国”になれないのだ。可能性として存在しているのは「メタンハイドレート」と呼ばれるものと「レアアース」と呼ばれるものがある。メタンハイドレートとは、判りやすく言うと「氷の中のガス」のようなもので、これが精製できれば“日本のお宝”になり得るのだが、どうもコスト的に現在のままでは難しい。またレアアースの方は「産業のビタミン」とも呼ばれていて、IT分野などで欠かせないものとなっているので、上手く精製までこぎつけられれば“お宝”になり得るが、その実現までにはいくつものハードルがある。つまり「日本」には一応“お宝”も存在してはいるのだが、それが実際に“お金に変る”存在になるには、相当な時間や費用や技術が必要らしいのだ。まあ、あと20年くらい先になれば……というのが希望的観測なのだ。ということで、わたしは“おもちゃ”を得られないまま大人になったのだった。

Net flix「日本作品」を世界中に“押し”上げる⁉

2026-05-09
わたしは“その種のこと”に疎いので、どうしてそうなっているのか解からないのだが、日本のABEMA作品は、その多くがNet flixから世界配信されている。その影響が大きいと思うのだが「世界」各地域における「日本文化」への評価が、ここ数年で飛躍的に高まっているよう感じられる。元々日本は“自らをアピールする”ということの少ない民族であるから、海外からの評価が、その実力ほどには認識されていない傾向があった。その結果、ネットやデジタルの時代になって、情報があっという間に世界を駆け巡る時代になって、改めて「日本」全体が“再評価されつつある”ように思われる。その一角である“日本のドラマ”が、ドイツの国際映像祭「ワールド・メディア・フェスティバル2026」で、ABEMA「MISS KING」がグランプリ、同じく「スキャンダルイブ」が金賞、「警視庁麻薬取締課MOGURA」が銀賞…を得たという。世界34カ国から集まった作品の中からの各賞だ。もちろん、これはABEMAの作品群が素晴らしいからだが、同時に、そのいずれもがNet flixから世界配信されている。ドイツの国際映像祭の前に、既に世界配信されている…という事実が、これらの作品を“世界に押し上げている”のだ。実際、アジア配信国の多くで高視聴結果をたたき出している。この国際映像祭に、日本からはABEMA以外は出展していないのかどうか知らないが、少なくとも、既存のTV局にはない自由度や経済力など、いくつかの部分で“創りやすさ”を与えていることは間違いがない。そして何よりも、事前に世界各国での高視聴率がある。国内のTV既存各局は、現在、あまりにも各種の規制に縛られ過ぎている。ドラマも、コンプライアンスとか、俳優の偏り選択とか、漫画原作のドラマ化とか、スポンサー重視とか、予算枠縮小とか、どれをとっても日本人の多くが“本当に望むドラマ”とはかけ離れてきている。最近は、純粋に楽しめるものが少なく“生き方”や“正義”や“専門性”を押し付けるドラマも多くなった。その道の専門性などは、本来、知る必要性があるのかどうか、わたしには疑問なのだ。日本のドラマが国際的に評価され、グランプリや金賞や銀賞を得たこと自体はたいへんに悦ばしいが、世界配信されなくても国際的に評価される作品となることの方が、ほんとうは重要なことではないだろうか。 « Older Entries Newer Entries »