5月, 2026年
2026-05-31
2026-05-31
まだ5月だというのに、欧州では既に“異様に暑い夏”がやってきているらしい。1週間以上も30度台半ば~後半の気温がポルトガルやイタリヤやフランスやイギリスなどで続いているらしい。欧州はなぜかエアコンの普及率が日本ほどには良くない。イギリスなどは一般家庭におけるエアコンの普及率は5%だというから驚く。元々欧州は5月の気温は、日本なら北海道と同じくらいで、それほど平均気温が高くない。それに人種的にも、アジア人よりも、欧州人の方が“暑さに弱い”傾向がみられる。だから、欧州人の方が“地球温暖化対策”に熱心なのだ。一方アジア各地では、暑さよりも“雨”や“風”に要注意の様相を呈している。もちろん日本でも、それに関しては“要警戒”といったところだ。要警戒と言えば、明日から、日本の大手銀行では住宅ローンの「固定金利」の方が“引き上げ”になる。三井住友信託銀行が一番高く4.015%、続いてりそな銀行が3.745%、三井住友銀行が3.50%、三菱UFJ銀行が3.27%、みずほ銀行が3.25%といったところだ。それぞれの銀行が微妙に金利を違えているのが興味深いが、この切り替えは「変動金利」の方には採用されない。現在は8割以上の人達が「変動金利」の方を選択しているということなので、そういう意味では“世の中的な騒ぎ”として、それほど大きく取り上げられないだろう。ところが、では変動金利を選択していれば大丈夫なのかといえば、実はそうではない。金利上昇の時期が若干ズレるだけなのだ。つまり、変動金利の改定は“年2回”と定められているので、9月後半に改定額が公表される。そして実質的には10月から採用されるので、住宅ローンで変動金利を選択している方達の“嘆き”は10月から始まることになる。住宅ローンだけでなく、生活用品の多くが実質的には今後2~3か月経ってから“値上げ”となっていく可能性が強いので、日本にとっては異常気象よりも“そっちの方”が多くの人達に影響力が強いものと思われる。わたしはそうとう昔に、日本の場合、長らく“デフレ状態”が続いていたので、インフレがやって来る時には一気にやってくる。そしてすべてが一気に値上がりしていく。その最初は“経済指標の先駆け”である日本株の急上昇になる……ということを述べていたのだが、もう、あれから4~5年が経ってしまった。大体が、わたしが言うことは、その時には“よく解からない”ことが多く、だから、ちょっとだけ寂しい想いをする。
2026-05-30
昨日、日経平均は6万6千円台に達して“史上最高値”を記録した。ところが、それで「日本」は盛り上がっているのかと言えば、何かしら“浮かない表情の人達”の方が圧倒的に多い。日本経済の指針である「日経平均」が史上最高値、それも6万6千円台という急騰価格にもかかわらず、国民の多くは、どこか浮かない表情なのだ。それもそのはず、その恩恵を受けられるのは、ほんの“一握りの人達”に過ぎない。通常なら、日本株を購入している人であれば、だれもが“その恩恵”を受けそうなものであるが、実際にはそうではない。そのうちの“ほんの一握りの人達”なのだ。どうしてかというと、いま急騰しているのは“AI関連の株”に過ぎないからだ。日本株全体が買われているわけではない。昨年の秋から年初くらいまでであれば、日本株の多くが“足並みをそろえて”上昇してきた。ところが、いまは異なる。奇妙なことに、ホルムズ海峡の封鎖が起こって以降、日本株の多くが下落している。そう、急騰ではなく、下落しているのだ。それなのに「日経平均」の構造上、株価の高いAI関連株だけが日本株を牽引していく形となって、実質的に“それら”が急騰していれば、日経平均も急騰する仕組みとなっている。だから、一部の株(全体からすると2割にも達しない)だけが急騰しているのだが、日本株の指数はアナリストたちの予想をも超えて急騰し続けている。ところが、イラン戦争以降は日本経済そのものの“二極化が拡大する”との懸念から、AI関連株以外は低迷し続けているのだ。しかも、各企業の業績は良いのに低迷している。だから、業績の良い企業の株を今年に入って購入している人たちは、けっして“AIバブルの恩恵”など受けていない。むしろ、意味不明に低落を続ける株を握って窮地に陥っている人も多いのだ。経済的な知識のある人ほど「こんなはずではない」と首をかしげている。株価というのは“人気投票のようなもの”なので、実際の企業収益とイコールではない。むしろ“ぜんぜん違うもの”と心得た方が良い。だから、堅実な企業で、確実に収益を上げているはずであるのに、それが株価には反映されていないケースも多いのだ。特に、いまのように外国人投資家たちが、こぞって“AI関連株”を求めているような時期には、それを嫌でも“受け入れる形”に切り替えないと「AIバブルの恩恵」など文字通り泡のごとくに消えていく。
2026-05-29
個性派ミュージシャン・椎名林檎氏が率いる芸能事務所が、気鋭の経済学者・成田悠輔氏とマネジメント契約を結んだことが波紋を呼んでいる。成田氏はかつてTVで「高齢者は集団自決すべき」という“問題発言”をして大炎上した人物だからだ。確かに、どこをどう擁護しようにも、擁護のしようがないような問題発言だ。この発言は今後の“少子化対策”について問われての発言だったようで、今後ますます長寿命となっていく可能性が強い日本の高齢者たちを、若者たちで支えていくことは難しいので、どこかで高齢者たちの集団自決でもすれば解決するかも知れないのだが……という趣旨の発言だったらしい。仮にそうだったとしても「集団自決」という表現は用いるべきでなく、そういう意味では言葉の選択として誤っている。その成田悠輔氏を椎名林檎氏が“引き受けた形”が、今回のマネジメント契約だ。ネット上では、椎名氏の“受け入れ”に対して“拒絶反応”が強いようで「見損なった」的な発言が多い。だが、椎名氏がふだん自らの楽曲の中で表現している歌詞の内容にも、なかなかに過激なものが含まれていて、そういう点から言えば、或る意味では“過激発言の仲間同士”として自然な流れであったような気もする。そして、わたしは思うのだ。二人とも、まだまだ若いんだなぁと……。人間、どんなに過激なことを発言していた人物でも、齢を取って来ると、あまり過激なことは言わなくなってくるものだ。というか、言えなくなってくるものだ。たとえば、わたしは自分の父親が嫌いだったが、その嫌いな要素の一つとして、下腹が出ていたとか、食事のあとすぐ眠りこけていたとか…いうのがある。ところが、自分も齢を取って来て、いつの間にか下腹が出てきているし、食事のあとすぐ眠くなってしまう。つまり、父親の“嫌だった部分”を“そのまま受け継いでいる”自分が居る。若い日々には、そうなるはずがない、と思っていたようなことでも年齢が行くことで“受け入れていくしかないこと”というのが世の中にはたくさんある。しかもそれらは、実際に自分が齢を取ってみた後でなければ、解からない。表面上、解かったような顔をしていても、ほんとうの気持ちとか状態とかは、その年齢にならないとわからない。だから、逆に、そういう“勇ましい発言”をする人たちを、案外、微笑ましく思うこともある。そう、その内、きっと言えなくなる。言えなくなってから、自らが犯していた過ちに気付くのも人生なのだ。
2026-05-28
東京の紀伊国屋ホールという大舞台で、日本文芸家協会創立100周年を記念した「文士劇・風と共に去りぬ」が5月23日24日に上演された…という記事が出ていた。「文士劇」という但し書きがある通り、作家、脚本家、文芸評論家などによる舞台演劇で、大昔はTV中継などもされて注目されたものだが、本そのものが売れなくなって、いつの間にかなくなっていたものを“復活させた形”だ。昭和の全盛期には、三島由紀夫とか石原慎太郎とか有吉佐和子とか野坂昭如とか井上ひさしとか……そうそうたるメンバーが出演していたことでも注目を浴びた。今回の場合には、林真理子氏や綿矢りさ氏などが出演らしいが、出演者たちに昔ほどのインパクトはない。演目も「風と共に去りぬ」の日本風というか、正直、やや中途半端な印象を受ける。こういうものは、やるなら本格的に“二刀流の意気込み”で行うか、それとも完全に“おふざけ全開”でコミックショー的に演じるか、どちらかでないと観る者たちを陶酔させるのは難しい。なにしろ全席指定・8000円もの料金の舞台なのだ。…と書いて来て、わたしは自分が大昔、まだ20代半ばだった頃の舞台を想い出す。その当時、わたしは何故か自己主張全開の頃で、いろいろなことに興味を持っていた。もちろん、占いも行ってはいたのだが、それこそ趣味で小説も書き、演劇も行っていた。さらにはボランティア的なグループにも加わって忙しかった。特に演劇は、以前に経験のある女性と2人で主宰し、ゼロから始めたのだが、途中ですったもんだがあって空中分解の危機を迎えた。なにしろ、わたしは“ハチャメチャな舞台劇”を望んでいたのだが、経験者の女性は“本格的な素人劇”を望んでいて、なかなか嚙み合わなかった。結局、わたしの方が妥協し、古典的な演目を主役で演ずることになった。早稲田の演劇科を出ている人が監督となり、文化センターという晴れ舞台で、一応、主役で出たのだが、出る前から、今回一回だけ…と決めていた。わたしが思い描いていた舞台とは違うからだった。それでも、わたしは、わざと本番でアドリブで茶化して客席は大いに沸いたのだが、後から監督から大目玉を食らった。もちろん、そんなことは承知でやっていたので、翌年も強く誘われたが、それっきり舞台に立とうとは思わなかった。いまとなっても、どっちの方が正しかったのかはわからない。
2026-05-27
世の中には“不可思議なこと”がいろいろとある。カルビーという企業が何故か急に昨日の供給分から「ポテトチップス」や「かっぱえびせん」などの14商品の包装パッケージをモノクロに変えた。供給分なので、実質的にはもう少し後から商品棚に並んでいく可能性が強い。どうしてモノクロに変えたのかというと、ナフサ不足でカラー印刷が難しくなる可能性を考慮し、前もってそれに備える変更であるという。なんとなく、わかったような、わからない変更理由だ。なぜなら、他のメーカーは、何一つ“それ”に関してコメントを発していない。同じようにカラー印刷でパッケージをしている食品群が山ほどあるのに、カルビーの一社だけが宣言している措置なのだ。政府も「供給分は不足していない」と答えているし、それにホルムズ海峡だって、どうやら“無事に通れそうな雰囲気”が出てきたし……なんか、バツが悪いというか「5月25日供給分から…」というタイミングが絶妙に悪い。それに、他のメーカーは、未だに一社も“そのこと”に対しては反応を示していない。だから、困っていないのだ。これが建築資材のように、実際に不足している…供給不足に陥っている…ということであれば、だれもが同情・共鳴する。けれども、そうではなく、あくまでも“それを懸念しての措置”というところが不可解なのだ。そこで考えられることの一つは、では、この措置を講じた場合、どのくらい印刷料金は違ってくるのか、ということだ。当然、14商品すべてに対してであれば、相当な違いが出てくる。わたしは若い頃、印刷会社に居たので、その違いの大きさが判るのだ。では、その違いを“販売価格”に転嫁するのだろうか。その点に関しては、カルビーは沈黙を守っている。つまり、価格を“下げる意識”はないようだ。なんとなく、この企業を応援しずらい。実際の売れ行きがどうかに関しては、いまのところ分からない。まだ出回っている店がないような感じだからだ。もしかすると、供給不足が解消されそうだから“実行せず終わる”なんてことにならなければ良いが……それだと、あまりにもバツが悪いではないか、自分が言い出したけど、他のメーカーは“そ知らぬふり”で、なんとなくモジモジして「やっぱり、なかったことにして…」って、なんかヘンな気がして……
2026-05-26
巨人の阿部慎之助監督が“暴行容疑”で現行犯逮捕された。このニュースは大きく取り上げられたが、何のことはない父親が自宅に戻った時、十代の娘同士が言い争っているのを見て、それを注意したのだが、その時に長女の方が反論して来たので“突き飛ばす形となった”というのが真相らしい。わたしは、その時に、すぐ長女の取った行動を観て“時代”を感じるのだ。わたしが子供の頃であれば、その父親のことを児童相談署に通報するなど、夢にも思わなかった。父親は“怖いところを持っている”のが当たり前で、子供達は仮に“理不尽さ”を感じたとしても、一応はそれに従ったものだ。もちろん当時は携帯電話もなかったし、そういうことを訴える場所もなかった。令和の時代には、子供たちもそれぞれが携帯電話を持ち、それぞれが“訴える場所”を知っている。おそらく、阿部氏の長女は父親に似て“勝気なところ”を持っているに違いない。幼い頃と同様に“父親の権威”を力で発揮しようとしたら、警察沙汰にまでなってしまった……ということであるらしい。ただ一部報道では日常的にも“娘に暴力をふるっていた”節もあるらしく、それが警察まで狩り出す結果となったようだ。球団としては、今後の処分を検討中ということで、頭を抱える問題となった。基本的にプロスポーツ選手は普段から身体を鍛えているので、何らかの暴力事件が起きた時など、よほどの“正当防衛”でもない限り、不利に働きやすい。アスリートは喧嘩をしてはいけないのだ。わたしは彼の仕事上のことよりも、今後の家庭・家族としての“しこり”の方が気になる。娘さんの方も18歳と言えば、もう、通常は“父親の管轄外”に入りつつある年齢だ。ましてや勝気なところを持っている娘さんであれば、今回のような騒動になった以上、このまま自宅に留まっているかは大いに疑問なのだ。言ってみれば、今回の事件は、実際には大した暴行等ではないのだが、父親も娘たちも、双方ともに受けたショックと“心の傷”は大きく、後々まで“その傷あと”を引き摺るものになってしまうのではないだろうか。
2026-05-25
イランの“停戦報道”に関しては、いつも疑問符が付く。何日間の停戦とか、何十日間の停戦とか…「終わった」「交渉合意した」という報道もあれば「いくつかの部分で違っている」「一方的な合意は成立しない」などという報道もある。要するに、微妙な部分で、妥協できない部分が、それぞれにあって、まだまだ“ほんとうの終結”までには時間がかかりそうだ…というのが大方の見方だ。当事者同士であれば、いくらでも交渉に時間を掛けて良いのだが、それによって“とばっちりを食らう国々”はたまったものではない。特に、石油とか、ナフサとか、職業的にも絡んでくる人たちにとっては「早く何とかしてくれ‼」というのが本音のところだろう。それにしても、イランという国は「ホルムズ海峡」という“値千金の要所”を見事に行使し続けている。ホルムズ海峡が、アメリカだけでなく、世界中の国々にとっての“要所”となっていることを、巧みに利用している。一応、今回の合意書が成立すれば、60日間はホルムズ海峡が解放される。なにしろ一時期は2000隻にも及ぶ船舶が身動きできずにいたのだ。その影響は“今すぐのモノ”ばかりではなく、今後じわじわと影響が出て来るものを含んでいる。「日本」の場合、さまざまな分野の製品に“品不足”と“価格高騰”をもたらす可能性がある。せっかく「日本」経済が“上向き始めた”かのように感じられる一方で、あらゆる製品や食料品の値上げラッシュが止まらない。いまでも大変なのに、これ以上値上がりしたら……と誰でも思う。その“これ以上”が間近に迫っている。このところ日本は、ウクライナ戦争でもエネルギー価格の上昇を招き、今回のイラン戦争ではもっと広範囲なモノの価格上昇を招き「どうか戦争だけはしないで‼」と“お百度参りの旅”にでも出るしかなさそうな高市政権ではないか。そういえば最近は外遊が多くなったではないか。どこの国に行っても良いから、なんと言われても良いから、各首脳たちに「仲良くしよう」と抱き着いて、それぞれの国の教会やら寺院やらに出向いて必死に“手を合わせて来る”のが良いかもしれない。ん⁉ 人のこと言う前に「自分がやれ‼」って、そうです…そのとおりなのです…そんなふうに私のことを見抜いている…あなた様はナニモノ…もしかして化け物‼
2026-05-24
最近は、どこの国でも“この種の問題”が政治の中で争われている。多様な“性自認”をどう取り扱うか…という論争だ。ニュージーランドでは2013年から「同性婚」の解禁に踏み切った。ところが与党側の政党では、その結果として「一般女性の公共施設における安全性や権利などが損なわれ始めている」として、新たな法案の提出を審議中なのだ。そこには男女を「生物学的な根拠に基づいて女の成人、男の成人で区別する」と定義してある。この法案審議に対して、野党側は猛反発で「百年前に逆行していくつもりか」という議員までいるらしい。確かに、双方とも、それぞれの主張には一理あって、最近ではアメリカでも“似たような動き”がないでもない。アメリカの場合、世界でもっとも古くから現在のLGBT(各種の性愛志向)を認めてきた国だが、現トランプ大統領などは「生物学的な男女しかない」と強く主張している。ニュージーランドの場合、公共施設の“安全性”が損なわれつつある…と主張しているのが特徴で、確かに“性自認”だけで各種の公共施設を利用した場合、女性用トイレに男性が“普通の姿”で入って来たとしても拒否しようがない。各国とも“女性の保護・権利”を訴えているのは保守系の政党に多いが“男女平等”を掲げる政党にとっては、改めての“生物学的な根拠”に基づく法案というのは、時代への逆行というふうに視えるのかもしれない。ただ、わたしはニュージーランドという国が、いち早く「同性婚」の解禁に踏み切りながら、その結果として“種々な問題”が生じて、元に戻すことも含めての論議が生じたのは完全なことのような気がする。「日本」の場合、何であっても法案を通すまでには時間を掛けるが、いったん、それに舵を切ったなら、なかなか“元に戻す”ような審議をしようとはしない。そういう意味では、とにかくやってみて、それでダメなら「元に戻せばいい」というスタイルには学ぶ部分もあるような気がする。世界的な潮流として観ても“国際的な協調”が語られていた時代から、近年は“自国優先”が一般化しつつある。個人の「生き方」「暮らし方」「将来の方向」を考える場合にも、一度やってダメなら、また“元に戻せばいい”という考えも、ぜひ取り入れるべきであるような気がするからだ。その場合、中途なく戻すことが大切で、人は何度でも再出発が可能な“生き物”だからだ。
2026-05-23
いったん“崩れかけた”かに思われた日本株だが、ホルムズ海峡に“明るい兆し”が視えただけで見事に好転し、昨日「日経平均」は再び6万3千円台の“新高値”を更新した。一時的には6万円台を割り込みそうな気配もあっただけに、昔の「日経平均」を考えると、復活力が逞しくなったなと感じる面が大きい。もっとも指数的には良好だが、個別銘柄を観ると必ずしも喜べない。前にも書いたが、いまの日本株指数は、世界における景気敏感株の色合いが強く、今後における“世界景気の前触れ”を予兆する動きに過ぎない。したがって“AI景気”を先取りしているだけで、それも「日本」のというより「世界」の“それ”なので、どうしても庶民感覚とはズレが生じる。ただ“株価の動き”というのは“先行指標としての動き”なので、未来を見定めようとする眼を養うには格好の材料なのだ。株価の動きをみていれば、いかに「運命としての未来」というものが、変幻自在な“動き”の中で周りの状況を取り込みながら、徐々に方向を定めて形成されていくものなのかを感じる。考えてみれば、個人の人生(運命)でも、世の中の動き、そして身近な人達の動きと無関係ではありえない。個々の人生における“未来への兆し”というものも、最初は“ほんのわずかな動き”から始まる。良い前兆としての“動き”であっても、悪い前兆としての“動き”であっても、最初は“ほんのちょっとした動き”から始まる。それがいつの間にか“大きなうねり”となって日常を支配するようになる。或る意味では、それだからこそ「運命」なのだ。ところで「AIバブル」の方だが、前にも述べたように「バブル」と呼ぶからには、最終的には“泡となる”可能性を秘めているのだが、だれもが知っているように「泡」というのはそんなにすぐ消えてなくなるものでもない。わたしが思うに、あと数カ月先、或いは半年先までは大丈夫なのだ。つまり後から振り返った時「あの年はまさにAIバブルの年でした」という感じとなる。それが今年なのだ。ただ「AIバブル」というくらいだから「AI」以外に恩恵はない。そして今後の“AIバブルの覇者”は今後3ケ月で決まる。今後の3カ月で“急騰していくもの”が覇者となる。但し、その期限は、あっという間に切れる。みんなが熱狂しだした頃に消えていく。バブルは常にそうだった。みんなが熱狂しだした頃、急落への序曲が流れ出す。
2026-05-22
いまさら言うことでもないが、人間というのは、いつからでも、どういう状態からでも、変わろうと思えば、変わっていくことが出来る。それを証明しているのが昔の「新加勢大周」現在の「坂本一生」だ。彼が最新の髪色を公開しているインスタがアップされていたが、見た目が大きく変わったというだけでなく、精神的にも“何事にも動じなくなった”印象を受ける。わたしもハッキリとは記憶していないのだが、この人は最初「新加勢大周」という奇妙な名前で芸能界デビューした。確か事務所がそれまで人気があった「加勢大周」という名前に拘ったからだった。名前そのものが“裁判沙汰”となり、そのままでは使えないということで“新”を加えた奇妙な名前となった。もっとも、こういう“紛らわしい名前”というのは、大体が長続きしない。彼の場合も、結局は事務所側が折れる形で「新加勢大周」から「坂本一生」という“新たな芸名”を与えることになった。だから、この人の場合、自分自身が名乗りたくて名乗ったのではない名前で、騒動が広がり、結局、新たな名前で再スタートを切る…という形となった。その後、かれは事務所などを変わったせいもあり、さまざまな名前に途中で変えたりしている。結局は、再び「坂本一生」で落ち着いた形だ。大体、どういう職業や履歴の人であっても、名前をさまざま変えている人には、人生遍歴の激しい人が多い。この人の場合も、デビュー以後、さまざまな職業にも携わって本人は“転職14回”と語っているようだ。トラック運転手や探偵業やプロレスラーを目指したこともある。それでも、ここ十年近くは落着き「スポーツジムのトレーナー」として、自身がジムを経営して順調に続いているようだ。ただ私生活の方は二度結婚し、二度とも別れているらしい。とにかく、その風貌は芸能界デビュー当時とは大違いで、文字通り“キン肉マン”そのものの身体つきとなっている。たぶん、彼は一時期、多くの人からバッシングを受けた時期があるようで、強い自分になろうと黙々とマシンに向かったに違いない。人は、外貌が大きく変わると、その中身というか、精神的にも変わっていく。必ずしも“強くなれる”とは限らないのだが、新たな精神を身に着けていくことが出来るのは確実なのだ。
2026-05-21
奇妙なことに、われわれは“宇宙人の外貌”を何となく知っている。それは、これまで映画とか雑誌とかネットとかで視た姿を憶えているからだ。もっとも、それがホンモノかと問われれば、大方の人は答えに窮する。まあ“イメージとしての宇宙人”とでも言っておこうか。ところが、ここに新たな証言として、過去に墜落したUFOの残骸から回収された宇宙人たちがいて、それらは実際には“四種類のタイプ”に分かれていた…という証言が出てきた。しかも、それを証言したのは、マニアックなUFO研究者とか、ジャーナリストとかではなくて、アメリカでは著名なエリック・デイビス博士であるという。彼によると、俗にいう「宇宙人」には、その外貌から四種類に分けられ、それぞれ「グレイ」「ノルディック」「インセクトイド」「レプティリアン」と名付け慣れているらしい。この中では「グレイ」が、過去に雑誌とかネットとか映画とかでも、よく画像化されている。つまり、小柄で手肢が細く、眼が異様に大きく、全身毛のない宇宙人の姿だ。次に「ノルディック」というのは、地球人に極めて近く、身長も高くて、丁度、北欧系の人々のような外貌を持っているらしい。「インセクトイド」は、一言で言えば“カマキリ人間”で昆虫のような人型生物であるらしい。「レプティリアン」は、一言で言えば“トカゲ人間”で鱗状の皮膚を持ち人間型の手肢と“長い尾”が付いていることが特徴であるらしい。確かに、地球上でもかつては恐竜達が栄華を誇っていた時代がある。そのままの進化を遂げれば“トカゲ型人間”が誕生していた可能性はある。そして、わたしは同時に、これらが現在の地球人たちが開発中のヒューマノイド(人型ロボット)とも“似ていないことはない”ような気がするのだ。世界中で“開発競争”が進んでいるが、その形状は同一ではない。大きく分ければ“人間に近いモノ”と、手足の部分のみを進化させた“カマキリ型”と、四つ足動物にも近い“トカゲ型”と、ひょろひょろ歩く“グレイ型”と、四種類に分けられないこともない。だから、そういう意味では、ヒューマノイドに慣れておくことが宇宙人に出逢っても“通じ合うこと”が出来る一番の秘訣かもしれないのだ。一人で寂しがっている人は、あと数十年先にはヒューマノイドか、宇宙人か、どちらかと親しくなれるチャンスが待っている⁉
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