5月, 2026年
2026-05-17
お笑いタレントのだいたひかる氏が“痩せすぎてきた”ことの心配をSNSに投稿している。その体重計の数値は「44.9」を示していて、本人も言うように“ダイエットの成果”であれば嬉しいのだろうが、普段50㌔くらいはあった体重が普通の暮らしをしていて“痩せていく”のは不安が大きいに違いない。この人の場合、2016年に“乳がん”により右胸を全摘出している。さらに2020年には医師から“骨頭壊死”という特殊な病気も宣告された。本来は手術が必要な病気らしいが、子供が大きくなるまでは、出来れば手術しない方針のようだ。以前の投稿には「地上からの引っ越し」という表現も使って、自らの命が“そう長くない”可能性をも暗示している。大体、人間というのは40~50代にもなれば“自分にとっての健康体重”というものを何となく把握していく。もちろん、人によっては目まぐるしく“体重変化をし続ける”人もいるだろうが、大概の人は、或る程度“普段の平均的な体重”というものを感じ取っている。それより、極端に太るとか、極端に痩せるとかすると、少々体調面での不安がよぎる。暮らし方の変化や飲食生活の変化などで徐々に増えていくとか、徐々に軽くなるとか、そういうのはOKなのだが“何も変えていない”のに目立って変化していくのは、身体からSOSサインが発せられている場合が多い。もっとも、表面上、極端に太っていても、或いは痩せていても、普段から“そういう体形”でずっと来ていた人なら心配はない。一見、不健康そうに見えても、それがその人にとっては“ベストな体重”で、むしろ永年の暮らし向きとか遺伝性とかが、そういう体形を与えている場合もある。ただ問題は自分でもよくわからないし、特に違った暮しや食生活を始めたわけでもないのに、なぜか急に太り出すとか、食べても食べても痩せていく場合が問題なのだ。自分にとっての“規則正しい暮らし方”と“美味しい食事”と“ちょうど良い体重”を維持できれば、多少持病的なものがあっても、一応それなりの健康状態は保つことが出来るような気が、わたしにはする。
2026-05-16
謎の調査結果が出た。もちろん、この調査結果がすべてとは思わないが、興味深いアンケート結果であることは間違いがない。調査会社が、ネット上で18歳~79歳までの人達に「あなたは対人関係の悩みをどちらに相談するか」という問いで「人間」と「AI」の二つを用意したところ、他のすべての年代と性別では「人間」の方を択ぶ確率が圧倒的に多かったのに、なぜか“60代(60歳~70歳)の女性”に限ると、47.8%の人達が「AI」の方を択び、37.3%の人達が「人間」の方を択んだという。明らかに、人間よりもAIの方を“信頼している”ことになる。奇妙なのは、もっとも身近にAIを活用しているはずの“10代”でも“20代”でも、AIの方を択ぶ確率はそんなに高くなかったことだ。それなのに、なぜか“60代の女性達”だけが「人間」を信頼していない。そう、AIを信頼しているというよりも、人間を信頼していない……という解釈の方が正しい結果のような気がする。60代の女性達にとっては「人は裏切るが、AIは裏切らない」ということなのだろうか。つまり、60代の女性達は、周囲の人たちが対人関係の悩みや相談に乗ってくれても、その人達の言葉や対応には“偽り”があったり“裏切り”があったりしやすいと経験上感じている…という結果であるような気がする。早い話が“人間不信”に陥っているのだ。だから周囲の人達には相談できない。特に“女性同士の対応”では、味方と信じていた相手が敵に廻ったり、口が堅いと思っていた相手から噂が広がるなど、信頼しすぎて全部を話すと“危険な場合”が往々にしてある。そこへいくとAIの場合には、そういう“逆転劇”の心配がない。また感情というものが加わらないので、冷静・公平に判断できるのではないか、という勝手な思い込みがある。確かに、身近な人達というのは、自分に対しても、相手に対しても、或る種のイメージというものを持っていて、それを基準として聴いてしまいそうな不安感が生じやすい。ということで、ほんとうに“信じ切れる相手”を持たない60代女性達の周囲に対する“人間不信の念”は相当に強く、哀しくも「AIの言葉の方が、まだ信じられる」という結果に過ぎないことが見てとれるのだ。
2026-05-15
眼に見えないところで、さまざまな分野の企業が窮地に立たされている。各資材の高騰や不足によって“年内生産終了”を宣言したのが、ベビー用品大手のピジョンという企業だ。全てのベビー用品を扱っていることで知られる企業だが、今回、資材などの急騰によってベビーカーなどの23品目の“製造打ち切り”を公表した。生産終了に関しては「断腸の思いである」としている。そりゃ、そうだ。ベビーカーというのは“ベビー用品”として、なくてはならないものなのは誰でも知っている。ベビー用品の大手として、その生産を終了する決断には相当な勇気が必要だったに違いない。そうはいっても、東証に上場している大手企業であるから、相当数の従業員を抱えている。赤字になることが解り切っている製品を製造し続けるわけにはいかない。もちろん“値上げする”という方法がないではない。おそらく、それも十分に検討されたに違いない。ただ、極端な値上げは、この商品の性質上出来ないのだ。そうであれば、他のメーカーに任せて、そのメーカーが“食いつなげるような状況”を作ってやった方が良い、という判断に至ったに違いない。或いは“輸入品で賄う”形を取らせた方が良い、という判断だったかもしれない。確かに、他国の製品なら、もっと安くなる可能性もある。ただ日本のベビー用品は“安心・安全”という点で「世界一」とされている。そういう意味では、文字通り「断腸の思い」であったに違いないのだ。この種のことが、他の分野でも、続々と出てきている。建築資材でも、不足が深刻になって来ているようだし、化学製品の製造会社、それを使用する各種の企業、たとえば美容業界とか、医療業界とか、飲食業界とか、印刷業界とか……どちらかと言えば、これまで日本ではあまり“窮地に立つことが少なかった企業”が窮地に立っている。こういう現象を観ると、やはり人類の運命というのは、ITやAIなどの“科学的な予測・データ的な推論・現時点からの予見”では測り切れない“得体のしれない部分”があるとしか思えない。ほんとうの未来は「神様だけが知っている」と思った方が良い。そして、その補足をするのが「運命学」なのだ。
2026-05-14
当たり前の話だが、人間は神様ではないから、その人の評価を“正しく下す”ことなど土台が出来ない。ただ、われわれは過去の“歴史の中の人間たち”というものを何となく知っている。そこに登場するのは、ほんの一握りの“目立っている人達”だ。そして、そういう人達によって、いまの世の中が成り立っている。だから、われわれは“そういう人達”を嫌でも知ることになるのだ。そういう意味で言って、いまの日本では、歴史の隙間に“埋もれていく人”がほとんどなのだが、稀に、その未来の歴史に“ちょっとでも顔を出している可能性ある人”がいるとすれば、ソフトバンクグループ(SBG)の創設者である孫正義氏は、その代表的な存在の一人だ。大昔、まだ「ソフトバンク」という名称を多くの人が知らなかったとき、路上で無料で携帯電話を配っていた人たちがいて驚いたが、それこそ、彼が最初に“世の中に知られる”きっかけを作った宣伝行為だった。「日本」にパソコンと携帯電話を普及させた“第一の功労者”こそ孫正義という人物だったのだ。もう、あれから何十年と経って、いまや彼は「世界の孫正義」になった。昨日SBGの決算が出て“5兆円の利益”であることが報道された。これは日本の企業としては最大の利益であるようだ。もっとも、この企業は製造業などと違って、実益を伴っているわけではない。したがって、今期良くても来期も良くなるという保証はない。そうではあるのだが、この人は、これまで何度も「危い」とか「危ない」とか言われて、ギリギリのところから立て直して今日を得ている。実際、5兆円の利益を出した報道に関しても、ネット上の評価はさまざまで、どちらかと言えば、それに見合った税金を納めていないことに対しての反発が多い。だが法律的にそうなっているのであれば、その部分を批判するのは考え方としておかしいので、どんな企業の経営者でも、それなりの節税対策を心掛けている。それよりも、いま世界で、日本の経営者の中で“世界的に知られている人物”がどれほどいるだろう。何年も前から「AIの時代」を予見していた経営者がどれほどいるだろう。投資家には“先見の明”というものが何よりも必要だが、その“先見の明”を文句なく持っているのが「孫正義」という人物だ。もっとも「AIバブル」が弾ければ、いち早く“莫大な借金”を抱えて“破産してしまう可能性”があるのも彼なのだ。実際「ITバブル」が弾けたとき、株価は暴落して「倒産ほぼ確実」とまで言われた。「波乱万丈」という言葉が、これほど当てはまる人生も滅多にない。運命学的な観点から言えば、歴史に名を遺す大成功者としてより、最期は「すべてを失った」という“名の遺し方”の方が、より魅力的なのだが……。たぶん、そうはならない。
2026-05-13
所ジョージ氏がMCのバラエティー番組で、イランで“古くからの風習”として今も行われている“結婚の習わし”を扱ったところ、それが思わぬ反響を呼んでいるようだ。番組内では、父親を亡くしている家族を扱い、まだ14歳の長男が父親の“身代わりのような形”で家族を仕切る。その家族の中で最初に嫁いでいた長女が亡くなり、3歳の男児が義父の元に遺された。そこで、古くからの風習として、妻を亡くした人物は、その妻の妹を“嫁に貰う”のがイランでは一般的だったようだ。そこで親戚たちが代わる代わるやって来て、双子の妹のうちどちらかを“後妻として嫁がせる”よう説得しようとする。けれども、14歳の長男は頑としてそれを拒否する。「妹たちはまだ12歳で、結婚するには早すぎる」と主張する。もっとも、その妹たちは「お嫁さんになっても良いよ」と比較的乗り気のようなのだ。母親は“遺された3歳の孫”が気掛りのようで「どうしてよいかわからない」と途方に暮れている。イランの風習の中で、わたしが注目したのは、まず“家長絶対”という考え方にある。本来であれば、兄と言ってもまだ14歳なのだから“家長”としては心もとないような感じだが、イランにおいては家長の考えは“絶対”のようで、大人たちも皆、その言葉を一応尊重するのだ。本人が「嫁いでも良い」と言っても、まずは“家長”がOKを出さなければ、結婚として成立しない仕組みになっている。結局、番組の後取材で、この家族の妹たちは“結婚”ではなく“学校”を選択したことが伝えられた。ただ、番組内では出演者たちのさまざまな感想や意見が取り上げられたが、その中で、発した所ジョージ氏の感想が「現代にそぐわない」としてネット上で猛反発を食らっているという。「日本」の“令和の時代”の発想としては「12歳での結婚などありえない」「姉の後妻としての結婚などありえない」「バラエティー番組として扱う問題ではない」ということなのかもしれないが、どうしてネット民は、すべての日本人を“令和の正しさ”“日本人的な正しさ”“世界的潮流に沿っていること”に統一しようとするのだろう。実際には今から百年前の日本人だって、似たような発想を持っていた。男性が戦争に狩り出されている間に、妻が亡くなった場合、その妹を“後妻として嫁がせる”ということが平然として行われていたのだ。その当時の日本人たちは“それ”に対して違和感を持っていなかったようなのだ。時代が変わり、地域が変わり、宗教が変われば“何が正しい”のかも変わってくる。一つの考え方だけを、あまりにも絶対視する「今の日本」は、ちょっと危険かもしれないのだ。
2026-05-12
TVで最初に千鳥の大悟氏を観た時「ずいぶん“田舎丸出し”の雰囲気を持った芸人だな」と思ったものだ。今どき自分のことを「わし」と表現するのも珍しい。わたしの幼い頃には、よく耳にした表現だったが…。そういう大悟氏も、もう、いつの間にが“よく見る芸人”に変わっていった。そうして、今回は“芸人”としてではなく“役者”として、映画初主演し、しかもカンヌ国際映画祭に出品される是枝監督作品であるという。ただ今回の「箱の中の羊」という作品は、どうも内容的には“近未来的な話”のようで、息子を亡くした自営業の一家がヒューマノイドの息子を迎える話…ということになっている。ただ、その一部を観たが、どうも、わたしには“近未来の世界”には感じられず、いまの日本社会そのもので、設定だけを近未来にしているようにしか感じられなかった。この種の設定は欧米の映画界が好んで用いるが、そういう場合、なんとなく“何十年後かの未来らしい”雰囲気が感じられるものだが、今回の映画では、わたし個人は“それ”はあまり感じられなくて“情緒的な部分だけ”を全面的に押し出している…よう感じられた。そういうところが、欧米人たちからはどう評価されるのか解からないが、ただ“近未来の話”とはいうものの、実際には数十年先になれば、この家族たちに近い“家族たち”は実際に生まれて来るに違いない。最近はAIとの会話をする人たちも多くなったが、なんとなくの“癒し”を求めるのであれば、それで“ペットと同じような家族感覚”を持つことが可能になっていくのに違いない。しかも、ペットの場合、言葉は返してくれないが、ヒューマノイドの場合には“言葉で還って来る”というのが情緒的には素晴らしい。ただしワンパターンだし、日本人の好む“感覚的に理解する能力”はない。したがって、どちらかと言えば、日本人より、欧米型の思考というか、感覚というか、そういうものの方がスムーズに受け入れられるような気がする。たぶん、役者・大悟氏を起用した是枝監督は、だからこそ“泥臭い雰囲気の大悟氏”を主役として持ってきたのに違いなく、言ってみれば、欧米人たちに「日本人はヒューマノイドでは満足できない」ということを“暗に教えたい”気持ちがあるのかもしれない。そうなのだ、この作品は大悟氏だからこそ“ヒューマノイドの父親”なのだ。
2026-05-11
時代の変遷の中で、ときどき解からなくなる。たとえば種々の「ハラスメント」とか「コンプライアンス」とか「イジメ」とか「ストーカー」とか……時代や国家や宗教や地域によって、何が許され、何が犯罪で、何が正しくて、何が罪なのか……一つだけ解かっているのは「難しい時代になったな」ということだけだ。わたしは知らなかったが、お笑い芸人の間で“イジメ発言”というものがあり、それがネット上で拡散し、伏せていた名前が暴露され、その結果、その双方ともがSNS上で謝罪した。先日TV番組で「10年間ぐらいずっとイジメられていた」と発言したのは芸人・中山功太氏で、その時に名前は伏せたのだが、その具体名としてネット上で拡散したのはサバンナ・高橋氏の名前だった。ところが、その騒動を“横目で視ていたはず”のサバンナ・八木氏が双方の仲を取り持ち、両者に連絡を取り、自らも「相方の責任はコンビとしての自分の責任でもある」といち早くネット上で謝罪したのは、八木真澄氏の方だった。それを受ける形で、和解したサバンナ・高橋茂雄氏、そして発言した中山功太氏の双方もネット上で“騒動に発展したことを謝罪”した。わたしは思うのだが、今日でこそ“ちょっとしたイジメ発言”でも問題にされるが、昔は、ごく日常的に一般社会で、特に先輩・後輩の間では妙な言い方だが“軽いイジメ”は行われていた。そういう時代が長く続いた。もちろん、それが良いとは言わないが、罪の意識なく発言してしまうこと、行なってしまうことは、芸人でなくても、さまざまな職場や学校で行われていた。イジメだけでなく、パワハラやセクハラやモラハラなどのハラスメント行為はもっと多かった。宗教的に異なる国においては、現代でもなお「日本」などから視れば、信じられないようなハラスメント行為や、イジメ行為や、権力が絡むストーカー行為などが行われている。もちろん、われわれは“令和の日本”において暮らしているのであるから、それに沿った“暮らし方”をしなければならない。ただ性格的なものも加わって、切り替えの利きやすい人と、切り替えの利きにくい人がいる。感覚が研ぎ澄まされすぎると、ちょっとした発言や行為でも「ハラスメント」とか「イジメ」とか言い出す人もいる。一時期「鈍感力」という言葉が流行ったが、ちょっとした言葉程度なら“鈍感に聴き流す”くらいの余裕があった方が良い。世の中を“正していく”ことは必要だが、生き方としての“柔軟性を持つこと”は、世の中を“衝突せずに生き抜く”賢い知恵でもあるのだ。
2026-05-10
「巨大ルビーの原石を発見する‼」そういうニュースは、わが日本国では残念ながら…ない。たぶん、今後も…ない。地下資源の乏しい「日本」では、そのほとんどを海外からの輸入に頼っている。高いお金を出して、運んでこなければならない民族なのだ。丁度、わたしの幼い頃のように、お金持ちのお家の子には、たくさんおもちゃがあるのに、貧乏な親の“我が家”には、何もない…と、しょぼんとしていた想い出と重なる。4月中旬、ミャンマーの北部モゴック近郊で1万Ⅰ千カラットのルビーの原石が発見された。日本円に換算すると、少なく見積もっても10億円以上の宝石の発見だ。市場では「金」「銀」「銅」が値上がりしているが、もちろん「ルビー」などの宝石類も、じわじわと値上がりしている。ミャンマーがそういう“お宝”を眠らせている国とは知らなかったが、現軍政権のトップは「巨大ルビーの発見は、昔から国の繁栄を示す吉兆と言われてきた」と古来からの言い伝えを内外に示している。実はこの地域は、昔から“お宝”の宝庫らしく、1996年にも巨大ルビーが発見されている。その時には今回よりも大きな原石だったが、今回の方が色や透明度が優れているらしい。さて日本には、そういう“お宝らしきもの”はまったく存在していないのだろうか。実はそうでもない。資源としては「石灰石」というものが世界で3~4番目に採れる国、また「ヨード(ヨウ素)」が世界で2番目に採れる国として、一応、記録されている。ただ、これらはそんなに高額なものとも言えず、重要度から言っても、まあまあ程度のものと言える。だから、それらでは“お金持ちの国”になれないのだ。可能性として存在しているのは「メタンハイドレート」と呼ばれるものと「レアアース」と呼ばれるものがある。メタンハイドレートとは、判りやすく言うと「氷の中のガス」のようなもので、これが精製できれば“日本のお宝”になり得るのだが、どうもコスト的に現在のままでは難しい。またレアアースの方は「産業のビタミン」とも呼ばれていて、IT分野などで欠かせないものとなっているので、上手く精製までこぎつけられれば“お宝”になり得るが、その実現までにはいくつものハードルがある。つまり「日本」には一応“お宝”も存在してはいるのだが、それが実際に“お金に変る”存在になるには、相当な時間や費用や技術が必要らしいのだ。まあ、あと20年くらい先になれば……というのが希望的観測なのだ。ということで、わたしは“おもちゃ”を得られないまま大人になったのだった。
2026-05-09
わたしは“その種のこと”に疎いので、どうしてそうなっているのか解からないのだが、日本のABEMA作品は、その多くがNet flixから世界配信されている。その影響が大きいと思うのだが「世界」各地域における「日本文化」への評価が、ここ数年で飛躍的に高まっているよう感じられる。元々日本は“自らをアピールする”ということの少ない民族であるから、海外からの評価が、その実力ほどには認識されていない傾向があった。その結果、ネットやデジタルの時代になって、情報があっという間に世界を駆け巡る時代になって、改めて「日本」全体が“再評価されつつある”ように思われる。その一角である“日本のドラマ”が、ドイツの国際映像祭「ワールド・メディア・フェスティバル2026」で、ABEMA「MISS KING」がグランプリ、同じく「スキャンダルイブ」が金賞、「警視庁麻薬取締課MOGURA」が銀賞…を得たという。世界34カ国から集まった作品の中からの各賞だ。もちろん、これはABEMAの作品群が素晴らしいからだが、同時に、そのいずれもがNet flixから世界配信されている。ドイツの国際映像祭の前に、既に世界配信されている…という事実が、これらの作品を“世界に押し上げている”のだ。実際、アジア配信国の多くで高視聴結果をたたき出している。この国際映像祭に、日本からはABEMA以外は出展していないのかどうか知らないが、少なくとも、既存のTV局にはない自由度や経済力など、いくつかの部分で“創りやすさ”を与えていることは間違いがない。そして何よりも、事前に世界各国での高視聴率がある。国内のTV既存各局は、現在、あまりにも各種の規制に縛られ過ぎている。ドラマも、コンプライアンスとか、俳優の偏り選択とか、漫画原作のドラマ化とか、スポンサー重視とか、予算枠縮小とか、どれをとっても日本人の多くが“本当に望むドラマ”とはかけ離れてきている。最近は、純粋に楽しめるものが少なく“生き方”や“正義”や“専門性”を押し付けるドラマも多くなった。その道の専門性などは、本来、知る必要性があるのかどうか、わたしには疑問なのだ。日本のドラマが国際的に評価され、グランプリや金賞や銀賞を得たこと自体はたいへんに悦ばしいが、世界配信されなくても国際的に評価される作品となることの方が、ほんとうは重要なことではないだろうか。
2026-05-08
女性と男性では“決定的に違っていること”というのがある。女性の側は「妊娠・出産して母親になる」ということの“選択肢”が残されていることだ。つまり、自分の“お腹の中”に“我が児を宿す”という体験は、女性にしか出来ない。どんなに社会が「男女平等」を唱えたところで、所詮“妊娠・出産”というものは、平等にはなれない。いまのところ、男性が“性転換手術”によって、男から女に変ることは出来るようになったが、妊娠・出産までの道のりは遠そうだ。その“女性だけの体験”は、或る意味で“女性だけの特権”でもある。通常、女性は“初産”によって、その体験・特権を良くも悪くも味わうことになる。もちろん、二度目でも三度目でも、似たような経験はするが、初産のように未知なるドキドキ感は無いに違いない。ところが、結婚し、妊娠・出産し、子育てを行い、仕事に戻り……離婚した場合、その時点で“女としてのワンクール”は消化したような形となる。そして20年が経つ。モデルでタレントの冨永愛氏は昨年末、新たなる男性と“事実婚していること”及び“その男性の児を身ごもったこと”を公表した。その新しい命を、無事に出産したと先日SNS上で報告した。43歳の高齢出産で、また20年以上時を経た再婚・妊娠で、或る意味では“初産のような感覚”での出産であったに違いない。正確に言えば、事実婚での出産は法律上“シングルマザーとしての出産”でもある。そういう意味では、すべてが新鮮だ。通常、体験できないようなことを、日本を代表するような国際派モデルが“やってのけた”ということでもある。一度目は、きちんと入籍して、結婚した後の妊娠・出産で、或る意味では“オーソドックスな母親”となり、20年以上が経って、もう一度生れ変ったような形で、新たな男性と事実婚をし、その相手の児をシングルマザーの形で高齢出産をし、再び子育てをしていく。モデルとしても、いろいろと“先駆け的な存在”であった人だが、今度は一人の女性として、大きく間を開けた再婚・出産で、生まれ変りのような“生き方”を世間に示して、女性たちを牽引していく…とも言えそうだ。
2026-05-07
昨日、日本の金融市場が休んでいる間に、韓国の総合株価指数が史上初「7000」の大台を超えた。また時価総額でも6000兆ウォンを突破した。これは今年2月3日に5000兆ウォンを突破してから約3か月という短期間のうちに1000兆ウォンも増えたことを意味する。もちろん、これらを牽引しているのは、韓国のサムスン電子やハイニックスといった半導体関連の企業で、昨日もサムスンは12%も上昇し、ハイニックスは10%も上昇している。日本は連休が続いていたので、今日からが“休み明けの市場”ということになり、間違いなく“大幅高”からスタートするものと思われる。前にも述べたが、韓国指数や日経平均はどうしても値がさの半導体関連の株が平均値を引っ張る構造になっている。したがって、すべての株が急騰するのではなく、一部の“AI関連株”と呼ばれるものだけ急騰して数値を引き上げていく。こういう現象は前にもあって、いわゆる“バブル経済時”の特徴と言える。したがって「韓国」も「日本」も、いまはアメリカの半導体指数に押し上げられる形で、AI関連企業の株価が急騰し、今年はそれに引き摺られる形で、モノの価格も高騰していく。つまり経済は、偏りがありながら右肩上がりとなって物価が上昇し、収入の方は“上昇型”と“膠着型”の二分化が進み、その結果として日本国全体として観れば“潤う人達”と“窮する人達”の二極化が鮮明となっていく。だから、これからは「平均」を取るのが難しい。その「AIバブル」だが、バブルというからには「泡となってはじける結果」に行き着くものと思われる。なぜなら、半導体指数の上昇が急騰過ぎるからだ。急騰したものは急落するように、昔から金融市場では出来ている。急落は「日本」より、半導体の比率が高い「韓国」の方が、その影響がより強い。したがって、あと半年くらいかもしれない急騰は、必ず“急落を招く”ということを意識して、投資をすることが重要なのだ。ただ日本企業の場合、半導体企業の比率はそれほど高くないので、まだ急騰の恩恵が“実社会の隅々”にまで達していないことが問題なのだ。したがって、こと日本に関して言えば、あと2年くらいは“AIバブル”が続いていかないと、実質的に“経済全体が上向く”というところまでは行かない。もし日銀が6月に利上げすれば、二極化はより鮮明になる。
2026-05-06
う~ん、不思議な時代がやってきた。いつの頃からかタレントの松尾伴内氏が自らのファッションに対し「男女兼用でございます」と言って、笑いを取るTV出演が多くなっていった。これが俗にいう“女装者”とかが着ているのなら違和感がないのだが、文字通り“ゴリラ顔”とでもいうか、美白とは程遠い松尾伴内氏がフリフリのブラウスなど着ると妙に面白い。だが、それが今“Z世代”の若者たちによって“最新のファッション傾向”として受け入れられつつある。どういうことかというと、スーツメーカーがこぞって「男女兼用スーツ」を売り出し始めたからだ。それも男性用スーツと、女性用スーツの中間に“その売り場”を用意し、どちらからも試着しやすい配慮までしているらしい。令和の時代となって「男子・女子」の垣根が取り払われつつあるが、その証明のように、Z世代の男性は“日傘”を好んで購入したがり、Z世代の女性は“ネクタイ付きスーツ”を好んで着用したがるという。特に女性の“ネクタイ付きスーツ”の流行は、今後、より本格化していく可能性があるという。ネクタイとは言っても、女子用は少し細めで短めで柔らかめで、ネクタイそのものに“或る種の女らしさ⁉”を取り込んでいく可能性もある。ただ基本は「男女兼用=ジェンダーレス」という意識なのだ。男子の方は“日傘”と共に“ランチ用トートバック”も需要性が急増しているらしく、確かに、実用性から考えても職場に“弁当持参”の場合には、その方が合理的だ。そう言う点から考えると、ただ単に世代的な違いというよりも、或る種の合理性が加わっての流行の変化と言えるかもしれない。最近は就職前に“脱毛医療”を試みる男性も多くなったようだ。日本では“女性受け”があまり良くない多毛症だが、欧米とか、アラブ系とかでは話が違っていて、髭や体毛の多い男性が好まれる社会もある。特にイスラム教の国などでは、男子は“髭を蓄えていること”が成人男性として重要な要素の一つだったりする。日本や韓国で体毛の濃さに悩んでいる男性たちは、アラブ世界に旅立ては“立派な男性”として迎え入れられることになる。世代が変わり、時代が変わり、地域が変わることで、世の中は大きく変貌していく。何が正しいとか、何が善いとか、一概には決めつけられないのだ。
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