6月, 2026年

「フジテレビ」→「テレビ朝日」徐々に鞍替え

2026-06-05
旧村上ファンドの代表・村上世彰氏の長女で“フジテレビの株”買い占めで俄然、世間的な注目を浴びた野村絢氏だが、現在はフジテレビのライバルともいうべき“テレビ朝日の株”を大量買いしていることが最近の報告書から明らかになった。昨年9月まで記載がなかった大株主の欄に、それ以降の大量買いで、その名が第8位として登場したからだ。こういうマスコミ関連の株というのは、大体がその関連会社や関係者が“その株”の多くを保有する。だから本来であれば、あまり急激には動かない。ただ安定している分「その財源を眠らせたままにしている」として海外の投資ファンドなどから狙われやすい。先のフジテレビの場合、結局、村上氏側に対して“或る程度の妥協案”で応じた形のようだ。もちろん、それによって村上氏、いや野村氏側は短期間で莫大な富を得、次の標的であるテレビ朝日の方にターゲットを移した…かのようにも視える。このように書くと、まるで野村絢氏が“悪徳ファンド”のように思う方がいるかもしれないが、それは違う。あくまでも企業そのものの“資産の活かし方”を提案し、それによって株価も上昇し、企業そのものも活性化していく…というのが本来の趣旨だ。もちろん、それらを知って、一般投資家も追従して“その株”を保有すれば、ほとんどの場合にはその上昇分の“利益”を得られるようになる。或る意味では「この株はもっと上がりますよ」と無言ではあるが世間に広報してくれているようなものだ。そういう意味では、大昔は村上氏のような投資家を「総会屋」と呼んだ。株式総会の時に目立った発言をして注目されるからだ。そして“荒れた株式総会”を嫌う企業側は、その総会屋の人に前もって“違法な金銭交渉”を行ったりした。正直、そんな時代のことを私は詳しく知らないが、わたしの好きだった小説家の黒岩重吾氏は元々が証券会社に勤めていた方であるから、その辺の事情に詳しく、よく小説内で取り上げていたものだ。考えてみると、黒岩氏は病み上がりの時期に“トランプ占い”で生計を立てていたこともある。その外貌も少しだけ私に似ていたので、より親近感を持っていた。古代史にも精通していて、その時代を描いた小説も多い。もう、黒岩氏が亡くなってどれくらいになるのだろう。

難しい時代の難しい業種となった結婚相談所⁉

2026-06-04
結婚相談所を運営していた「Blanc(株)」が破産申請を出した。この相談所は、婚活サービス大手といわれる「IBJ」のネットワーク下にあって結婚相談所を経営していたようだ。ところが最近は入会者との間でトラブルが生じて、それがSNSなどで拡散化されていたようだ。元々、一つの企業として捉えた場合、結婚相談所には“零細な企業”が多い。したがって、今のような時代に入会者との間で金銭トラブルなどが生じると、それが致命傷となりやすい。いまのような「結婚」そのものが必然の環境ではなくなった状態の中で、またあらゆる情報が瞬時に拡散化されやすい時代に、昔ながらの“会員制商売”というのは難しくなっている。おそらく入会の段階で、それなりの入会金とか毎月の維持費とか紹介料とかを、その相談所と結ぶだけでなく、何らかの金融機関のローンに連動するような形になっているシステムではないだろうか。詳しいことは解からないが、この種のシステムというのは、エステや脱毛美容などでもそうなのだが、昔から何かとトラブルが生じやすい。しかもその結果、泣きをみるのは入会者だけでなく、その入会書類にサインさせた企業側も、結局は評判を落として社会的なバッシングを受けたりする。大きな金額になる可能性ある金融ローン的な契約は、元々収入が乏しい人たちと行ってはいけないのだ。経済的に余裕のある人は、いったん契約したものに関しては、後からどうこう言うようなことはほとんどない。けれども経済的に余裕がなくて、余裕がないのに“願望を叶えたい”気持ちの強い人たちは、あとになって「そんなことは知らなかった」とか「そういう風には聴いていなかった」とか何かと“難癖”を付けやすい。また、どういうものか“逆恨みしやすい”傾向もある。だから、本来であれば「結婚を望んでいる人たちのお手伝いを出来れば…」という崇高な気持ちで始めた事業でも、徐々にカップリングがなかなか成立できないと、相談所側も、入会者側も、双方ともあれこれと注文が多くなる。そうして徐々に入会者との間に亀裂が生じてしまったりする。結局、結婚というのは、条件的なものだけで成立できるものではない。この種のトラブルや、その結果としての破産申請は、残念ながら今後も多くなっていきそうな気がする……。

「イエスの塔」完成披露のNHKにイエス降臨⁉

2026-06-03
今年は偉大なる建築家ガウディの死から100年になるという。その没後100年を記念してサグラダファミリアに「イエスの塔」が誕生する。その完成披露の中継をNHKが世界で唯一独占映像放映が許可となったらしい。NHK自体が、この放映に力を入れていることは、その関連番組を特別番組として三つも用意していることでもわかる。どういうものか、NHKは昔からサグラダファミリアに御執心で長期密着取材を続け、これまでにもことあるごとに現場から特別放映を行ってきた。ということは、それだけ日本の特に高齢者たちにサグラダファミリア観光を好む人たちが多いということかもしれない。日本人の場合、ほんとうの意味でのキリスト教徒は少ないので、ほとんどの人達は信仰心から好むのではなく、上手く言えないが或る種の“魂の拠り所”として、この建築物を好む人が多い。つまり、その芸術性と、精神的な崇高性、建築物としての巧みさ、或る種の癒し……とにかく奇妙なほど日本人好みの建築物なのだ。考えてみれば、多くの日本人というのは、こと宗教に関しては“中途半端な民族”だ。日本人全体として観れば、純粋なキリスト教徒などほんの数パーセントにすぎない。では「神道」が日本人の宗教なのだろうか。確かに、毎年神社を訪れる人は多い。各地域に各種の神社も多い。正月は殆どの人が神社に出向く。だが、冠婚葬祭で神道式を採用している人は驚くほど少ない。神前結婚など滅多に視ないではないか。では仏前結婚の方はどうかといえば、これも特定の宗教に属している人以外は、ほとんど行わない。但し、こと葬式に関しては“仏教徒的な葬式”を行う人は多い。葬式といえば、お坊さんを連れて来る…などするからだ。イスラム教はどうかといえば、こちらはもっと少数派で、まあ普通の日本人でイスラム教徒であると言えば、何かしらの事情があるのかな…と誰もが思う。そういうわけで、日本人というのは、宗教的には“よく解からない民族”なのだ。ただ、ここが面白いところで、それでは信仰心が乏しいのかといえば、そうではない。むしろ、大々的に宗教を掲げている国の人々よりも、宗教的な意識や考え方を重視する“生き方”をしている民族なのだ。だから、そういう意味ではNHKが世界で唯一サグラダファミリア側から許可を得た…というのも不思議ではない。さて、NHKは我が「日本」にイエスを降臨させることが出来るだろうか。ただ、わたしは思うのだ。イエスはずっと貧しかった。みんなでパンを分け合うのも……ちょっとなぁ。

「AIの助言」に従って「後悔する」人が急増⁉

2026-06-02
最近、人生相談、就職相談、結婚相談の分野でも、じわじわ普及し始めているのが「AIの助言・回答」だ。確かにAIというのは、いったん使い始めると“自分仕様”に変化していく性質を持っているので、まるで親友でもあるかのように、自分の気持ちを理解した助言を与えてくれる。実は、ここに問題点があるのだ。ところが多くの人達は、その問題点に気付いていない。というか気付こうとはしない。なぜなら、親友だってそうだが、常に“こっち側に寄り添った助言”をしてくれると嬉しい。こっち側に寄り添った助言というのは、だれだって“心地良い”ものだが、ほんとうの意味での客観性には欠けている場合が多い。つまり“落とし穴”を持っているのだ。そういうことを判らせてくれるような体験者の事例が増えてきている。つまりAIの助言を信じて、それまで長年勤めてきた会社を辞め、転職しようとしたのだが、予想以上に難しく、希望条件を落としてやっと採用されたが、年収が200万も減ってしまったという事例などだ。実は占い師でも、AIと同じように“相手側に寄り添った回答”を示してくれる占い師が、特に女性の癒し系占い師の場合は、圧倒的に人気を掴みやすい。必ずしも、ほんとうに“運勢から視ての正しい回答”を示してくれる占い師が人気となるわけではない。なぜなら、たいていの人の場合、占いは自分の運気が低迷している時に“助言を求めて”いく場合が多い。そういう時に、必ずしも本人にとっての“心地良い回答”は得られないのが、本来の“運勢回答”なのだ。だから、いつでも“心地良い回答”をしてくれる占い師というのは、ほんとうは“信頼に値するか”疑問なのだ。まあ、精神的な癒しを求めている場合には、それで良いのだが……。AI回答というのも、基本的には“それ”と同様なのであって、常に“心地良い回答”を与えてはくれるが、必ずしも、それが“適切な回答”とはなっていないのが難しいとことだ。ところが、AI助言があっという間に普及したのは、この“心地良い回答”が求められるからだ。そこでいつの間にか、人生上の重要な出来事なども相談していくことになる。そして、ここからがもっと重要な点だが、AI助言というのは、基本的に無責任なのだ。なぜなら“責任感”というものが組み込まれてはいないからだ。その人の今後の人生を本気で考えたなら、やたらに奨められない事柄でも、本人が“望んでいる”場合には、そちらの方を選択するよう回答していく。無責任であると同時に、当然のことながら“本人の運勢”等お構いなしだ。こうして、AI回答・AI助言に“後悔する人々”がどんどん増えていく。

当時としては珍しかったが今はもう「普通」⁉

2026-06-01
不登校の子供たちが年々増加している……という記事を読んだ。いろいろな意味で、そうなりやすい環境が出来ている。我が子が不登校になったからといって、昔ほど親は心配しなくなった。昔は、不登校は“珍しい存在”だったから、不登校になる子は「ふつうではない」とされたものだが、今では誰もそういう風には思わない。昔といっても、わたし自身の場合には大昔だ。わたしは中学一年生の終わり頃から二年生にかけて不登校だった。なぜ不登校になったのか、今では明確には思い出せない。ただ、わたしは体育の授業が嫌いで、健康状態を理由としてさぼるようになった。確か、それが最初だったような気がする。いや、もっと前にわたしは学級委員長だったのだが、バザーのお金を集計していて、足りなくなってしまったのだ。つまり、わたしが一人で必死に食券販売の対応をしていた時、そこに置かれた生徒たちのお金を“素早く盗む奴”がいたのだ。ところが、当時から“のほほん”としていた私は、それに気づかなかった。それで、担任の先生に呼ばれて、しこたま怒られた。たぶん、それが最初だった。自分が勉強など出来なければ、委員長などやらされることもなく、金銭トラブルも起きなかったのに……と勝手に解釈し大いに落ち込んだのだ。だから、自分の成績を落とすために最初は体育の授業をさぼり、その後、なぜか不登校にまでなった。ところが、これと似たようなことを、わたしの娘は行っていた。いまから30年ほど前のことになる。もっとも、その理由は大いに異なり、わたしが妻と離婚して、わたしだけが家から出ていったからだった。娘は半年間くらい小学校に行けなくなったらしい。ところが離婚直後であったから、わたしは、その話を知らなかった。何年も後になって、その話を聴いた。つまり、わたしも、わたしの娘も、不登校の体験者なのだ。だが、わたしの時には、特にそうだったが、不登校児に対しての対策とか窓口とか、そういうものは一切なかった。わたしは、毎日、一人だけで過ごしていた。それが苦痛ではなかった。そういうわたしでも、ちゃんと卒業は出来た。娘の方も、ちゃんと卒業が出来たばかりではなく、そのかなり先になってだが高校も、専門学校も、娘は学業トップで卒業した。だから、家庭環境など関係ないし、不登校も関係ない。人間、一時的に“躓く期間”などあったって、長い人生にはどうってことはないのだ。いまは、あまりにも不登校児たちに対しても優しい。そして、いろいろ手厚い印象がある。必ずしも、優しい環境だから、手厚く保護されているから、それが学習に良いとは限らないのだ。 Newer Entries »