6月, 2026年

「AIの助言」に従って「後悔する」人が急増⁉

2026-06-02
最近、人生相談、就職相談、結婚相談の分野でも、じわじわ普及し始めているのが「AIの助言・回答」だ。確かにAIというのは、いったん使い始めると“自分仕様”に変化していく性質を持っているので、まるで親友でもあるかのように、自分の気持ちを理解した助言を与えてくれる。実は、ここに問題点があるのだ。ところが多くの人達は、その問題点に気付いていない。というか気付こうとはしない。なぜなら、親友だってそうだが、常に“こっち側に寄り添った助言”をしてくれると嬉しい。こっち側に寄り添った助言というのは、だれだって“心地良い”ものだが、ほんとうの意味での客観性には欠けている場合が多い。つまり“落とし穴”を持っているのだ。そういうことを判らせてくれるような体験者の事例が増えてきている。つまりAIの助言を信じて、それまで長年勤めてきた会社を辞め、転職しようとしたのだが、予想以上に難しく、希望条件を落としてやっと採用されたが、年収が200万も減ってしまったという事例などだ。実は占い師でも、AIと同じように“相手側に寄り添った回答”を示してくれる占い師が、特に女性の癒し系占い師の場合は、圧倒的に人気を掴みやすい。必ずしも、ほんとうに“運勢から視ての正しい回答”を示してくれる占い師が人気となるわけではない。なぜなら、たいていの人の場合、占いは自分の運気が低迷している時に“助言を求めて”いく場合が多い。そういう時に、必ずしも本人にとっての“心地良い回答”は得られないのが、本来の“運勢回答”なのだ。だから、いつでも“心地良い回答”をしてくれる占い師というのは、ほんとうは“信頼に値するか”疑問なのだ。まあ、精神的な癒しを求めている場合には、それで良いのだが……。AI回答というのも、基本的には“それ”と同様なのであって、常に“心地良い回答”を与えてはくれるが、必ずしも、それが“適切な回答”とはなっていないのが難しいとことだ。ところが、AI助言があっという間に普及したのは、この“心地良い回答”が求められるからだ。そこでいつの間にか、人生上の重要な出来事なども相談していくことになる。そして、ここからがもっと重要な点だが、AI助言というのは、基本的に無責任なのだ。なぜなら“責任感”というものが組み込まれてはいないからだ。その人の今後の人生を本気で考えたなら、やたらに奨められない事柄でも、本人が“望んでいる”場合には、そちらの方を選択するよう回答していく。無責任であると同時に、当然のことながら“本人の運勢”等お構いなしだ。こうして、AI回答・AI助言に“後悔する人々”がどんどん増えていく。

当時としては珍しかったが今はもう「普通」⁉

2026-06-01
不登校の子供たちが年々増加している……という記事を読んだ。いろいろな意味で、そうなりやすい環境が出来ている。我が子が不登校になったからといって、昔ほど親は心配しなくなった。昔は、不登校は“珍しい存在”だったから、不登校になる子は「ふつうではない」とされたものだが、今では誰もそういう風には思わない。昔といっても、わたし自身の場合には大昔だ。わたしは中学一年生の終わり頃から二年生にかけて不登校だった。なぜ不登校になったのか、今では明確には思い出せない。ただ、わたしは体育の授業が嫌いで、健康状態を理由としてさぼるようになった。確か、それが最初だったような気がする。いや、もっと前にわたしは学級委員長だったのだが、バザーのお金を集計していて、足りなくなってしまったのだ。つまり、わたしが一人で必死に食券販売の対応をしていた時、そこに置かれた生徒たちのお金を“素早く盗む奴”がいたのだ。ところが、当時から“のほほん”としていた私は、それに気づかなかった。それで、担任の先生に呼ばれて、しこたま怒られた。たぶん、それが最初だった。自分が勉強など出来なければ、委員長などやらされることもなく、金銭トラブルも起きなかったのに……と勝手に解釈し大いに落ち込んだのだ。だから、自分の成績を落とすために最初は体育の授業をさぼり、その後、なぜか不登校にまでなった。ところが、これと似たようなことを、わたしの娘は行っていた。いまから30年ほど前のことになる。もっとも、その理由は大いに異なり、わたしが妻と離婚して、わたしだけが家から出ていったからだった。娘は半年間くらい小学校に行けなくなったらしい。ところが離婚直後であったから、わたしは、その話を知らなかった。何年も後になって、その話を聴いた。つまり、わたしも、わたしの娘も、不登校の体験者なのだ。だが、わたしの時には、特にそうだったが、不登校児に対しての対策とか窓口とか、そういうものは一切なかった。わたしは、毎日、一人だけで過ごしていた。それが苦痛ではなかった。そういうわたしでも、ちゃんと卒業は出来た。娘の方も、ちゃんと卒業が出来たばかりではなく、そのかなり先になってだが高校も、専門学校も、娘は学業トップで卒業した。だから、家庭環境など関係ないし、不登校も関係ない。人間、一時的に“躓く期間”などあったって、長い人生にはどうってことはないのだ。いまは、あまりにも不登校児たちに対しても優しい。そして、いろいろ手厚い印象がある。必ずしも、優しい環境だから、手厚く保護されているから、それが学習に良いとは限らないのだ。 Newer Entries »