6月, 2026年

「殺人衝動」という“謎の病気”をどうすべきか

2026-06-18
昨日、さいたま地裁で女性二人を殺害した「承諾殺人事件」に対しての求刑が行われ、懲役13年の求刑が行われた。この事件は、あまり大きく報道されていないが、多くの問題を含んでいる。被告・齋藤純(32歳)は無職だが、最初から“殺人罪”で逮捕されたのではない。最初はエスカレーターの上昇時に女性のリックからスマホ機を盗み取った窃盗の現行犯として逮捕されたのだ。その後の取り調べて、余罪がないか警察官が自宅捜索を行ったところ、自室の中に頭蓋骨を展示してある箇所が見つかった。そこで、改めて取り調べたところ、十年ほど前の“承諾殺人”を供述しだした…という経緯なのだ。裁判過程の中で、被告は殺人衝動は「少年時代から有った」と供述している。それが強くなったのは、周辺の聞き込みなどを合わせると、実兄が交通事故で亡くなった辺りかと思われる。実際に同級生の首を刺そうとしたり、路上で女性を後ろから襲おうとしたりしている。同時に、このころから“本格的な引き篭もり”になっていったようだ。ここで注目すべきは、今回の事件は被告の自宅内で行われたと思われるのだが、年月が経過しているので、実際にはよくわからない。本人の供述では、自殺願望の強い女性とSNSで知り合い、自宅に招いて、自室の中で睡眠薬を使用して眠らせ、ロープで首を絞め殺害して、その後に身体をバラバラに処理して、頭蓋骨だけを標本のように飾った……ということらしい。その間の出来事について、家族は何も知らなかったようなのだ。確かに、完全な“引き篭もり”で家族との接触もほとんどなければ“暴れるタイプ”とは異なり、家族とも“関わりない状態”が保たれやすい。また“殺人”そのものに対して、本人の中に“通常の精神構造”が備わっていない場合、その後の暮らしにも、頭蓋骨を飾っておくくらいだから、何らの変化もなかったに違いない。その結果として、十年近くも、誰にも知られることなく、罪の意識に問われることもなく、普通に暮らし続けることが出来たのだ。これは或る種の“病気”以外のなにものでもなく、今回は懲役13年だが、それが済めば、再び同様の殺人衝動が生じてくる可能性が強い。こういう“病気”はどうすべきなのか、どうすれば“治せるもの(⁉)”なのか、おそらく何らかの機能さえ正常に戻すことが出来れば、まっとうな人生を送れると思うのだが、その“殺人衝動の抑制法”について、現代の医療科学は、お手上げ状態にあるような……。

次々と「友達」「仲間」を作る作戦が大成功⁉

2026-06-17
何事に対しても高市首相は決断が早い。そして行動力がある。「いま」という時代に相応しい。イギリスやイタリアとそれぞれ個別に連帯・協定を結び、今度はブラジル(他5ヵ国)と経済協定を結ぼうとしている。こうして“一体化”出来ることろとは次々と連帯や協定を交わして、さまざまな分野で“協力関係”を築いていく。これこそが、資源の乏しい「日本」が将来に活路を見出していく道なのだ。こうしておくことによって、何よりも良いのは、何かが生じた時“孤立せずに済む”ということだ。「日本」は島国なので、軍事・防衛の面からも、経済・金融の面からも、孤立できない事情がある。いままでは、あまりにも“アメリカ頼み”的な部分があった。それだと、何かが生じたときに、他からの協力や支援が得られなくなる可能性がある。各国と個別に“友達・仲間”を増やしていくことで、どういう状況がやって来ても、切り替えが利き、別ルートの交渉が容易になる。自国ファーストは重要だが、同時に“多様性の国(⁉)”として、さまざまな供給網を持っておくことは、より重要なこととなる。それにしても最近の日本には、外国人が多くなった。旅行者として多いのか、移住者として多いのか分からないけれども、とにかく外国人が多くなった。そして何よりも驚くのは“日本語を話せる外国人”が多くなったということだ。いまやカタコトの日本語ではなく、フツウの日本語を話せる外国人が本当に多くなった。ここ数日、札幌では各種“お祭り”をやっているのだが、多分、それ目当てと思われる外国人が多数訪れている。ホテルのエレベーターが開いた時、わたしは外国人だと思わず、載っていた女性二人組に「このエレベーターは上に行きます⁉」と日本語で訊いてしまった。ところが、ちゃんと通じたらしく「上いきます」と返してくれた。ただ、よくあることだが、その内の一人が、わたしが降りた階で一緒に降りて出て来てしまい、もう一人から「ここじゃないわよ(日本語じゃないので、たぶん、そういう感じの言葉)」と呼び止められていた。どこの国でも、似たようなウッカリはあるもので、いまや“世界”はヒューマノイドも含めて“みんな仲間”として手を繋いだ方が良い。いがみ合ったって、結局は“心の傷あと”と“経済的な損失”をもたらすだけなのだ。そういう意味でも、高市外交は素晴らしい。思想がどうのこうのとかいう人がいるけど、まずは決断力、そして行動力、そして積極果敢であること、令和のリーダーには“それ”が求められているのだ。

「芸人タレント」の自覚がなければ「怖い人」

2026-06-16
タレントにもいろいろなタイプの人がいるが、基本的にはTVなどにたくさん出ていた人は、基本的に“或る種のイメージ”で一般の人達に記憶されている。例えば「ボビー・オロゴン」という人物、元々は貿易関係の仕事で来日していたようだが、いつの間にか“面白い日本語を話すタレント”という形でお茶の間に浸透し、いつからか完全な芸人タレントとして扱われるようになった。日本人女性と結婚し、四人の子を設けているが、昨年、正式に離婚して後は、子供との交流も乏しくなっているようだ。そのボビーだが、今年4月に知人女性の自宅で、彼女に対し“性的暴行”を行ったということで、捜査が続き、最近になって逮捕された。間が開いたのは、彼が事件後、海外へと出向いていたからで、羽田空港に戻った時点での身柄拘束となった。但し、本人は“不同意性交”を否定している。なぜか警察ではその可能性もあるとみて、すぐに逮捕には踏み切らず、防犯カメラの追跡など慎重に捜査を続けていた模様で、その結果として身柄の拘束が遅れたものとみられる。ボビーにとって不利なのは、この人が元格闘家でもあることだ。プロとしてリングに上がったこともある人物の場合、こういう事件が起きた時、仮に微妙な“暴行事件”でもクロとして判断が下されやすい。プロ格闘家は常人とは異なる身体だからだ。またボビー一家の人達が、自宅周辺の人々と交流を持とうとしていなかったことも、印象としては不利に働く。なぜなら、彼は“普通の人”ではなく“芸人タレント”だったからだ。本人の中では“芸人”の意識はなかったと思うが、一般の日本人には“芸人的なタレント”として記憶に残っている。最近は“投資家”として成功したという話もあるが、仮にそうだとしても、一般的な人達の記憶の中では“芸人タレント”のイメージは消せない。したがって特別な交流などいらないが、少なくとも“にこやかに挨拶する”くらいのことは行っていた方が良い。今回、どのような結末になるかはわからないが、日本中に浸透しているイメージというのは、そう簡単に“無くなるものではない”ということは憶えていた方が良い。そして、TV向けに“面白く振舞う”のではなく、通常の生活の中でも“楽しく愉快な男性”で居ることが出来れば、DV要素さえ自制できれば、女性との“新たな関係”や“良い関係”も生まれて来るのに違いない。

消えたのは「愛⁉」だけ「事実婚」を解消の謎

2026-06-14
元F1レーサーであったジャン・アレジ氏と30年間続いた「事実婚」を解消したことを、女優の後藤久美子氏が公表した。既に成人している娘さんや息子さんもいるので、後々のためには「公表しておいた方が良い」との判断からだろう。どうして解消したのかは知らないが、フランスにおいては珍しいことでもなく、基本的には“そういう形”で出逢いと別れを繰り返すのが“フランス式”なのだと誰かが言っていた。フランスは入籍率が低い。つまり“正式な結婚”にはいろいろと“煩わしい手続き”を経なければならず、日本式の“入籍すれば成立”という単純なものではないらしい。いかにもフランスらしい“格式張った結婚観”が未だに継続されている。そういえば韓国でも中国でも、未だに結婚と言えば“家族間での結びつき”“親の許しを得る”という風習・伝統が根強く継続されている。日本の場合、幸いなことにというべきか、戦後になって以降は、そういった“悪しき風習”は急速に失われていった。同じ日本でも、昭和の三十年代くらいまでは、結婚に関する“昔からの風習”を継続し続ける地域もあったが、TVの普及が“地域格差”を無くし、いまやどこへ行っても“悪しき風習”を継続しているような地域はない。その結果、今度は“生涯独身率”が急速に増え、少子化に拍車が掛かってはいる。結局、何が善いことなのか、悪いことなのか、一概には言えないということかもしれない。ただフランスのように“証明書”を得る形の事実婚であれば良いが、そうではない事実婚は何かと後になって問題が生じることが多い。例えば配偶者が病気になって入院しても、日本の場合、証明書のない事実婚だと個室に入ることも出来ない。家族だと言っても“規則”的に入れることを禁じられている場合が多い。遺産相続などもっと面倒で、裁判でも起こすとか、遺言書があれば別だが、通常は“未入籍”の場合には受け取ることが難しい。親子関係でもそうで、子供がいても“自分の児”として認められるのが難しい場合もある。とにかく融通性の乏しい「日本」では少なくとも今のところは“入籍”という事実が、後々さまざまな場面で有利に働くケースが多い。もっとも「愛」を重視した場合、はたして入籍し続けていることが正しいのか、疑問の場合も多いわけで、どういう法律や制度であろうと、実質的に本人が“幸せを掴むことの出来る形”が、いちばん大切なことのような気がするのだが……。

中村玉緒氏グランドクロス(大十字架)引き摺る

2026-06-13
晩年は女優としてよりタレントとして活躍した中村玉緒氏が逝った。享年86歳だから、まあ平均的な寿命で、冬に転倒骨折したのが元で介護施設へと移り、そのまま肺炎で死去した形だ。若い頃は女優として活躍したが、勝新太郎氏と結婚されてからは“その妻”としての役割が目立っていた。その勝氏は波乱の人生で、俳優としては“座頭市シリーズ”で大人気を博したが、その後、勝プロダクションを創設、借金地獄に見舞われ破綻してしまった。その後も、勝氏は大麻事件など巻き込まれ“その妻”として気丈な振る舞いが目立っていった。勝氏の死亡後も、私生活では息子の問題などあり、さらに晩年は娘さんとの関係もギクシャクして、孤立した人生を歩んだ。一時は“夜中に徘徊する姿”がニュースとなったこともある。中村玉緒氏の先天運は四柱命式も、ホロスコープも、共に“そういう人生”がよく表れている。命式の方では月支蔵干に“正官”あって、本来は成功者の生れで、社会的な地位や名誉を得られやすい素質を持つ。実際、女優としての地位を築いたのは早かった。その一方で、月干のみ“劫財”あって、こういう人は“事件トラブル”に巻き込まれやすい。本人に問題なくても“身内”等の火の粉が降りかかってきやすい。また“金銭問題”も生じやすい。勝プロは借金で倒産したので、その借金(12億円⁉)は“その妻”として、勝氏の死後にものしかかって来ることとなった。また息子は映画出演で誤って真剣を用い、役者を死なせてしまった。せっかく俳優としてエリートコースを歩み始めたばかりの時だった。とにかく種々な不運が続いた。ホロスコープでは先天的に一般的には「グランドクロス(大十字架)」として知られる特異なアスペクト図形(正方形)がみられる。安部昭恵氏にもグランドクロスがあるが、こういう人達は最終的に“重い十字架”を引き摺りながら、孤独に人生を歩まねばならない宿命のようなものがある。ただグランドクロスの所有者には社会的に“成功者が多い”のが特徴だ。孤独な人生にはなるが、そうして思わぬアクシデントには見舞われるが、社会的には“大いなる栄光”を与えられている場合が多い。或る意味では、予期せぬ形で女優からバラエティータレントへと“見事な変身”を遂げた先駆けの人物だった…と言えるかもしれない。

トンネルを抜けたら、そこは「雪国」だった⁉

2026-06-12
多くの人が奇妙なほど「トンネルを抜けたら、そこは雪国だった」という一節だけを憶えている。そうじゃない人もいるかもしれないが、わたしは“そこ”しか知らなかった。だから…というわけでもないのだが、どういう小説なのかも、よく知らなかった。ただ川端康成の代表的な作品で、海外でも評価が高いと言われている。その「雪国」を、若き日の岩下志麻主演で映画化した作品がBSで放送されていたので録画して観てみた。小説そのものは昭和10年代の作品なので、その当時の雪国で生まれ育った芸者と、そこを訪れた東京の自営業者との出逢いを主軸として展開している。若き日の岩下志麻氏が“温泉芸者”に体当たりで挑んだ作品と言って良く、なかなか興味深かった。この人は“ヤクザの姉御”を演じても様になっているし、こういう地方芸者の雰囲気でもムリがない。文字通り、現代では数少ない“さまざまな役柄”に憑依できる女優なのだ。男優でも女優でも、この種の役を演じさせたら……という俳優はいくらでもいるが、さまざまな役柄を“憑依しているかのよう”演じられる役者は、そうそう居ない。ということで、我が国の経済も「トンネルを抜けたら……」という感じに早くならないものだろうか。先日、マレーシアの大統領に日本の記者がインタビューする番組を観たが、大統領は将来のマレーシア経済に対して自信満々だった。AI分野における様々な投資が、マレーシアの国に対して各国から来ているというのだ。確かに、マレーシアというのは位置的にも、政治的にも、金融的にも、或る種の安定感と中立性があり、投資しやすい環境にあるような気がする。東南アジアの各国は、いまや「日本」に追いつけ、追い越せの状況にある。いや、もう実質的には追い越しているのかもしれない。「日本」も高市政権になって、ようやく株価も本格上昇して、将来に対して“灯り”が視えて来つつある。それなのに、このところ、どうも日本株はトンネル状態で、指数で示されている以上に、個別の株は一部を除いて低落傾向が続いている。多くの人は気付いていないが「今年の最安値」がじわじわと増えているのだ。早くトンネルを抜けて……「雪国」じゃなかった、再び本来の「全体的な急騰局面」に戻らなくっちゃ…。

「敵を作りたくない」がもっとも“敵”を作る⁉

2026-06-11
植田日銀総裁が内臓の感染症とかで入院されたようだ。二週間程度の入院見込みということで、15日からの「金融政策会合」には“書面参加の形”をとるようだ。最近、植田氏の発言はいろいろと疑問を浴びせられることが多い。どちらかというと“あいまいな表現”が多いからだ。今月初めには「利上げはしない」かのような発言をし、それが数日後には「利上げをする」かのような発言に変った。どちらも“あいまいな表現”で、ハッキリ言ったわけではないのだが、元々この人の発言は慎重な性質のせいなのか“判りにくい表現”が多い。総じて慎重な性質の人は、ウッカリ発言が出来ない時、慎重な物言いをする。それはそれで良いのだが“だれからも嫌われたくない”意識の強い人、どこからも“批判を受けない表現”を用いたがる。ところが、それが、かえって様々な憶測を呼び、後から批判や疑問を生むことになる。日銀総裁のような大役を引き受けた場合、さまざまなところから批判を受けても、動じないような神経に切り替えないと心身とも持たない。なにしろ、日本国民の“懐事情”に直結する仕事なのだ。だから、だれからも嫌われないとか、だれからも恨まれないとか、そういう意識に立ったら、もう、この仕事は出来ない。わたしにしたって、占いの仕事というのは、その人の人生の“意思決定を左右する”ことも多い。だから、占い師の中には、そうならないような“慎重な判断”“慎重なアドバイス”をする人も多い。けれども、その結果として「結局、よくわからない占い」になってしまう場合もある。わたしも“人の子”だから、一応はその人の心情も察して“オブラートに包んだような言い方”をすることはある。そうでない場合もある。その人の性格によっては、ズバリ言ってあげた方が良い人と、やんわり諭してあげた方が良い人と、人それぞれなので、その人の性格をみながら、わたしの場合は言葉を択ぶ。そういう配慮の出来ない占い師も多い。わたしに言わせれば、占いの仕事を択ぶ以上は、嫌われたり、恨まれたり、もう、そんなことなど気にすることなく、占い結果として示された状況や或いは占い中に得た直感で判断していくのが良い。直感を重視するのは、その方が最終的に正しい場合もあるからだ。物事の決定に、何が正しいのかなんて、ほんとうは誰にも言えない。正しいと信じた言葉を、そのまま紡ぐしかないのだ。

こだわる人はこだわる「姓を変えない」事実婚

2026-06-10
TBSの山本恵里伽アナが、自らが出演したラジオ番組の中でその日のテーマに沿う形で“事実婚”を選択したことを公表した。「日本」の場合、事実婚は公正証書を作成して役所に提出することで成立するらしい。わたしは同棲し周りに宣言すれば成立するのかな…と思っていたのだが、そういうものでもないらしい。わざわざ役所に公正証書を提出するくらいなら、ふつうに“結婚”で良いような気もするのだが、人それぞれ“それなり”の理由があって、こだわる人はこだわるらしい。山本氏の場合には「姓を変えるのが嫌だった」というのが一番の理由のようだ。そういえば前に、わたしの占いのお客さんで特殊な姓の人がいて、日本に数百人しかいない姓で、それも“何となく気味が悪い姓”なので、離婚の話が出た時、真っ先に「それを変えたい」「子供達に嫌な想いをさせたくない」と言っていた。確かに、その姓は、まあ普通に考えて子供時代にイジメの対象となりそうな姓だった。現代では、だから「妻側の姓に入籍する」というようなケースもある。いっそのこと「姓」そのものを“変えても良い”ようには出来ないものだろうか。例えば、読み方は同じだけど、別な漢字を当て嵌める…というのはどうだろう。実際、パッと見では100%読めないような姓もある。裁判などしなくても、役所に行けば、そういう“変更手続き”が簡単にできるよう、改正できないものなのだろうか。何が理由だったか忘れたが、わたしの大昔の同人誌仲間の女性で、毎年、結婚と離婚を繰り返し、そのたびごと“夫側の姓”→“妻側の姓”を繰り返していた人がいた。ところが6~7年経って、もう面倒だからと止めてしまった。役所手続きが大変だったらしい。本人たちも面倒だったかもしれないが、周りの親戚たちはもっと面倒だったに違いない。たまに姓名判断で「画数が悪くなる」から、夫側の姓に入りたくない…という女性もいる。正直、そういう相談には答え方が難しい。そういう人は、ほとんどの場合、あらかじめ調べていて言って来るからだ。「画数だけで決まりませんよ」と一応、言いかけて「旦那様になられる方に“画数が悪くなる”と話されてみたら…」「話しましたけど、信じない人なので…」そこで「画数よりも文字配置としてのバランスの方が重要です」と言ってみる。「……そうなんですか」私は、彼女の手相の結婚線が二股に別れていることを、話した方が良いかどうか迷っていた。「ご両親を安心させたいのなら、入籍して、週末婚のような形で過ごしてみるという方法もありますけど…」とヘンな提案をした。あの時、彼女は、最終的にどういう風に決めたのだったか……。

「皇室」も「皇族」も、よく解からないけど…

2026-06-09
「皇族数確保」ということが重要であるらしい。とにかく「皇室」や「皇族」のことって、なんだか面倒だし難しい。それでも「皇室典範」の改正に向け、その第一段階に向かっての「総意」を“七つの政党”が賛成したようだ。日本って、七つも政党があったんだと思ったら、なんと賛成していない政党が三つ以上あるのだという。う~ん、意外と日本も存在感の乏しい政党がいろいろあるんだ。それにしても、七つもの政党が“賛成”しちゃうと“反対”するのは勇気がいるような気がする。よくネット上なんかでも、皇室問題に関してあれこれ書く人がいるけど、そういう人は多分、この世の中が永久に“公平”になどならない…ということが、解かっていないのに違いない。大体が、世の中なんて“不公平・不平等だらけ”で、そういう風に思えば気楽に生きられるのに、ヘンな思想の人達は「万人が平等・公平な世の中にしよう」なんて“神様のなりそこない”みたいな考え方を本気で抱いている。神様じゃないのに、そういう考え方をすること自体が“傲慢であること”にどうして気付かないのだろう。たとえば私、わたしは母方の先祖は“大名”で、父型の先祖は“百姓”で、その中間的な形で生まれている私は“ニューハーフ”にも成り損ねて、結局は何から何まで“中途半端な人間”として、もう年齢だけが上へ上へと偉そうに進んでいく。そういう場合、そうして“我が児”が居ても、その我が子が何十年も“顔さえ見せず”状態が続いているような場合、もう血縁もへったくれもあったものではない。だいたい私は、もう娘に街中で出逢ったとしても、娘の方は気付くかも知れないが、わたしの方はまったくわからない……認知症状態なのだ。「そこの視線のあった娘さん」とか声を掛けたら、ぶん殴られそうな時代なのだ。ところがだ、そうはいっても、わたしには“大名の血”が流れている。その“優雅な立ち振る舞い(⁉)”は天性のものなのだ。その一方で、ドン百姓らしく“清楚な食卓”にも不足を抱かない。感謝の気持ちで牛乳を飲みドーナッツパンを戴く。それだけで満たされた気持ちになれるのは“イエスの生れ変り”だからではないだろうか。結局、いつまでもこんなことを続けていられるわたしはナニモノなのか。

「桜島の噴火」で想い出す「灰色の街」の世界

2026-06-08
既に6月5日から始まっていたらしいが、一時間近くにも及ぶ連続噴火とその後の降灰とは6月7日の朝に起こった。ただ地元の人たちにとっては、もう慣れっこになっていることでもあるらしく、あまり驚いている様子もない。鹿児島市内では、そういう時のための準備や対策が既に用意されているようで、ロードスイーパーと呼ぶ災害対策車が各所に手配されていた。それでも風向きがもたらす降灰によって覆われた景色は「灰色の街」としか表現のしようがない。同じような光景を見たのは、いや体験したのは、いつだっただろう。あれは20代だったと思う……文字通り、街は灰色に染まっていった。わたしは当時室蘭市に居たので、普段から製鉄工場の方角からもたらされる煤煙には慣れていた。晴れていても、その方角の部分の空だけはいつも汚れていた。ところが、そういう活気ある暗煙の空ではなく、なんとも気味が悪い得体のしれない“灰色に満ちた空”が静かに押し寄せて来る……そういう感じの降灰の降り方だった。だから、丁度、真冬に雪がしんしんと積もっていくような感じで“灰が降って来る”のだ。あれば経験したものでなければ分からない不気味さだった。人間というのは、本能的にそれが“怖いもの”かどうか察する力がある。なぜなのか理由は判らないのだが、それは“怖いもの”だと本能が教えていた。だから、わたしは急いで帰宅し、それが収まるのを待った。確かあれは有珠山の噴火だったように思う。室蘭市は有珠山から遠く離れているのだが、それでも降灰が襲ってきた。もっと昔に、子供の頃に、もっと大きな噴火を窓から眺めた記憶があるのだが、それが、いつ、どこの噴火だったか、今となっては想い出すことが出来ない。地震も一度だけ、ものすごく大きな地震を十代の時に体験している。ほんとうに大きな地震に出くわすと、家の中に留まって居られるものではない。人は本能的に外へと飛び出す。そして地面近くにへばりつくような姿勢を取る。立ってなど居られないからだ。そういう体験を何回もするうち、人はだんだん「大自然には勝てない」と思うようになる。所詮、人間は大自然になど勝てない。生きている地球に、文字通り這いつくばって生きていくしかないのだ。

「元世界王者」としてのイメージ&実際の人生

2026-06-07
元WBC世界フライ級王者であった内藤大助氏に密着したTV番組が放映されたらしい。現在はフィットネスジムを経営していて、その開業資金として借り入れた3000万円超の返済に必死であるようだ。この人は、いろいろな意味でライバルともいうべき亀田三兄弟と対比される。その長男である亀田興毅氏は今やボクシング界のプロモーター的な立場で名を高めている。次男である亀田大毅氏と2007年に世界王座戦を戦ったのが内藤大助氏だった。大毅氏側に反則があって、その結果、内藤氏は“判定勝ち”となった。要するに、ほぼ互角の相手だったということだ。亀田三兄弟は、世間からのバッシングを浴びて、中には未だに“そのこと”で毛嫌いする人たちもいる。けれども、いまや立派な経営者となった亀田興毅氏は、どんなに中傷を浴びても、もはやカッとなったりしない。冷静に、穏やかに、当時のことを詫びるなどの対応している。内藤大助氏も亀田三兄弟も経済的には貧しい中から努力して“世界王者”となった。どちらかといえば、比較的早くにボクシング業界から離れたのが内藤大助氏の方だ。タレント的な立場で仕事をしていた時期もあるが、現在は“ジム経営”が主力だ。通常、世界王者となった人物は、引退後は“育てる側”に廻りたがるものだが、彼の場合は“楽しめるフィットネスジム”を志しているようで、プロ格闘家を育てる気持ちはあまりないようだ。わたしが思うに、この人は性格的にもあまり“プロ向きに指導する”ということが向いているとは思わない。優しすぎるからだ。優しすぎる人は“楽しんで学ぶ”教室の指導者としては最適だが、優秀な素質・能力を見つけ出し“プロとして”育て上げる指導法は向いていない。それで良いのだ。人にはそれぞれの“役割”があり“腰の落ち着けどころ”がある。それを勘違いして“自分の持ち場”ではないところ“自分のやり方”ではない方法を試みることで、本来の倖せから“遠ざかっていく”ケースが多い。そして元に戻ろうとしたときには、もう“自分の居場所”がなかったりする。周りの目など気にせず、世間の声に惑わされず「我が道を行く」という姿勢を貫くことが、もっとも無理のない人生を与えてくれるのだ。

「一時的失速」か「バブル終焉」か微妙な状況

2026-06-06
アメリカの半導体指数が急落している。元々この「半導体指数(SOX)」が現在の「AIバブル」を形作ってきた一番の基だ。その半導体指数が急落している。まあ、ここ数日、異様なスピードで急騰してきたので、一時的な調整が入るのは当然なのだが、それにしては急落の幅が大きい。これだけ大きいと、当然のことながら、アメリカの「ナスダック」も急落し、日本の「日経平均先物」も急落している。半導体指数の急騰は今年の4月からが本格的で、それまでは“緩やかな上昇”に過ぎなかった。したがって、実質的にはまだ2か月余りしか経っていない。通常、バブルが崩壊するときには最低でも半年間以上続いてからが多いので、そういう意味では“一時的調整”に過ぎない可能性が大きい。ただ10%近くも急落しているので、当然、その影響を各国の株価指数は受ける。アメリカのナスダックよりも、日本の日経先物の方が下落率が大きいが、その日本株よりも韓国株指数の方が、もっと下落率が大きい。前にも述べたが、韓国株の方が“AIバブル”の恩恵を受けやすく、その代わり、崩壊していくようなときには日本株よりも壊滅的な被害を受ける。そういう風に出来ているからだ。こういう急落の仕方は、通常、2~3日でストップし、反転して急上昇ということもあり得る。また、逆に“底なし沼”に向かう場合もあるが、それにしては“バブルの期間”が短すぎる。最低でも半年以上は続くのが本来の姿だからだ。今回の急落で、同時に急落しているものとして“銀・プラチナ・銅”などの先物がある。これらに比べると“金”はそんなに下がっていない。もしかすると世界情勢の急激な変化で、逆にドルから金へ“乗り換えている”人たちがいるのかもしれない。日本円は丁度というか1ドル160円になっている。日銀の6月利上げは、もはや決定的となっているが、もし今回の状況が長引けば“利上げできない”状況が生まれて来るかもしれない。それにしても近年の「世界情勢の変化」「日本社会の変化」「文化・芸能の変化」「金融情勢の変化」など、あまりに世の中の変化が早すぎる。もう少し“ゆっくりと歩んでいく”形に変えていかないと、倖せを“掴み損ねてしまう”人たちが増えていきそうで怖い。世の中が“早くなった”からといって個々の“倖せ”が早く掴める保証はないのだ。 « Older Entries Newer Entries »